シダネルとマルタン展 | 展覧会・イベント | 山梨県立美術館 | YAMANASHI PREFECTURAL MUSEUM of ART
山梨県立美術館で開催されている「シダネルとマルタン展」に行って来た。この企画展は9月にひろしま美術館で開催されていた。おそらく来年もう一か所、多分鹿児島あたりを回り、来春にSOMPO美術館に来る予定だと聞いている。
9月のひろしま、行ってみようかとも思ったが、広島はあまりにも遠い。まだコロナ終息が微妙だったこともあり断念した。車で行くとなると途中含めて4泊くらい覚悟しなくてはいけないし、なかなか難しい。
アンリ・シダネル、アンリ・マルタン、日本ではどういう評価なんだろう。この企画展は最後の印象派というタイトルがつけられている。美術史的には外光派、点描技法を用いた作品が多いので新印象派、また作風から象徴主義などに加えられている。なんとなく印象派のフォロワーという感じがする。自分も割とそういう理解でいた。
マルタンはあまり印象に残るような絵はない。シダネルはというと、東京富士美術館で何度か観ている。『森の小径、ジェルブロワ』、『黄昏の古径』だったか。いずれも人の不在、なのに人の気配は感じさせるちょっと不可思議な感じの絵という印象がある。
年代的にいうとマルタンは1860年生まれ、シダネルは1862年生まれで、モネ、ルノワール、シスレーといった印象派の面々よりも20くらい下の世代になる。同年代ということでいうと、アンリ=エドモン・クロス(1856生)、スーラ(1859生)、ランソン(1861生)、レイセルベルヘ(1862生)、シニャック(1863生)、ポール・セリュジェ(1864生)、ロートレック(1864生)、ボナール(1867生)となる。世代的にも点描派=新印象派といえるかもしれない。
シダネル、マルタンともに美術史の中ではどちらかというとあまり重要視されていない。モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャンといった大御所からするとかなり低い評価のようだけど、同時代的には若い時から評価を受け20代前半からサロンに入選していて経済的にも成功を収めている。美術史的にはこの二人によってサロンは印象派的な絵画を受け入れるようになったということもいわれている。いずれにしろ1900年前後のあたりでの世間的評価は前述した印象派、新印象派の大御所よりも高いようだ。
二人ともフランス芸術家協会、国民美術協会などに参加し、国際的な美術展にも招待されている。シダネルは1912年、ピッツバーグの美術展に審査員として招待されているが、その時の受賞作についてこんな風に語っている。
「私の擁護にもかかわらず、ルノワールも悪かった。結局、名誉のためマルタンに3等を受賞させることしかできなかった」
20世紀初頭においてシダネルやマルタンはフランスを代表する画家であり、印象派の大御所たちよりはるかに格上の存在だったということなのだろうか。それがしだいに美術史的な評価の中では忘れられた存在になっていったということなのだろう。そして近年になって再評価が始まっているという、多分そういう理解でいいのかもしれない。
二人とも印象派的な技法をベースに、象徴性や抒情性を取り込んでいる。シダネルが静的な抒情性溢れる作品を、マルタンはより明るい情熱的な色彩の作品を描いている。
10月に岐阜県美術館で観た『日曜日』(1898年)と同系統の作品のようにも思えるのだが、『日曜日』には象徴主義の影響があるといわれている。それよりも10年近く前の作品で、写実性や詩情に溢れる作品。
二つの肖像画は印象派の技法に象徴性、ミステリアスなものを込めた作品。
今回の企画展でシダネル作品で一番気に入ったのはこれかもしれない。シダネルの得意なモチーフ、人物の不在とその濃い痕跡が美しいバラに囲まれた庭の中に強く感じられる。ジェブロワは一時期シダネルが住んだ城壁のある町で、シダネルはこの家の周囲にバラを植え、さながらバラ園の中の家のようにした。その後、この町のあちこちでバラが育てられ、ジェブロワは現在ではバラの町として有名なのだという。
マルタンで一番気に入った作品がこれ。色彩感覚にあふれた美しい作品。最後の印象派という意味でいえば、この絵は印象派的技法の完成形みたいな感じもする。
今回の企画展は、アンリ・シダネル、アンリ・マルタンの大回顧展といえる。二人の作品だけで70点を超える作品が展示されている。何度か訪れたい企画展だが、さすがに山梨はやや遠い。来春のSOMPO美術館での巡回時にはもう一度行きたいと思う。
山梨県立美術館は常設展示のミレーやバルビゾン派のコレクションも充実しているし、周囲の公園も美しい。お勧めの美術館、企画展だ。