埼玉県立近代美術館「2021MOMASコレクション第2期」

  埼玉県立近代美術館の常設展はコレクション第2期ということらしい。いつものようにモネの『つみわら』の展示があったり、丸沼芸術の森から委託されているドラクロアがあったりとなかなか充実している。

 丸沼芸術の森は丸沼倉庫の社長須崎勝茂氏が若い芸術家を支援するために立ち上げた事業で、さらに丸沼氏が蒐集したコレクションもかなり豊富なようだ。たしかアンドリュー・ワイエスの国内コレクションとしては最高峰にあるという話も聞いたことがある。丸沼芸術の森自体は常設展示を行っていないので、これはぜひMOMASでワイエスの企画展をやって欲しいと常々思っているのだが。いや、以前すでに行っていたら観に行けなかったのが残念としかいいようがないのだけど。

 コレクション第2期展示でちょっと気になったのがこの作品。

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『鏡の前』(里見明正)

 ちょっとマティスを思わせる色彩、人物のデフォルメである。さらにいえばどことなくキース・ヴァン・ドンゲン的なモダンな雰囲気もある。とはいえ習作的模倣ではなく、きちんとオリジナリティを持った作品。どことなく心に残る作品だ。

 里見明正はこれまでも何点かは観ているのかもしれないけど、ほとんどひっかかりのない人。埼玉県出身の画家だということだ。

里見明正 - Wikipedia

 ウィキペディアの記述によれば浦和在住だった画家たちを総称して「浦和画家」ということらしい。

浦和画家 - Wikipedia

 鎌倉文士と同じく浦和に集まった画家たちを浦和画家というのか。不勉強だけど初めてしる。埼玉県に住んでいる美術愛好家的には常識の範疇なんだろうか。MOMASにも当然こうした画家たちの作品が多数あるのだろうし、瑛九を蒐集しているのもご当地画家ということからなのだろう。

 でも、こういうのは繰り返しアッピールしてもいいと思うし、常設展示でもご当地画家ということでもっとスポットライトをあてるべきではないかと、そんなことを思ったりもする。ここ数年小旅行のたびに少なからず各地の公立美術館に行く機会が増えている。だいたいどこでもご当地の画家にかなりの力を入れ、蒐集展示に務めているように思う。そしてけっこう詳しく解説も行われている。

 岐阜県立美術館で川合玉堂や山本芳翠が岐阜に所縁の画家だということ知ったし、茨城県近代美術館で五浦の大観や春草だけでなく、洋画の中村彝がご当地画家だったことを知った。そしてけっこう代表作的な作品を蒐集していることも。三重県立美術館の元永定正もそうだし、市立美術館でも先日行った水野美術館でも長野出身の菱田春草、菊池契月などのコレクションを目にした。

 そういう点でいうと、MOMASはもっとご当地画家を教育普及を含めてもっと多く常設展示期間を増やしてもいいのではないかと思ったりもする。オシャレで攻めの現代芸術ばかりが美術館の使命ではないとそんなことを思ったりもする。たしか田中保もけっこうもっているはずなんだけど、かれこれ両手近く通ってもつい最近の「四つの水紋」で初めて複数の作品に触れることが出来たような気がする。

 そして今回のコレクション第2期の肝がこれ「色彩と軌跡-ジャコモ・バッラ《進行する線》」である。

2021.7.17-10.17 MOMASコレクション第2期 - 埼玉県立近代美術館

 ジャコモ・バッラのカーペットから収蔵現代美術を類似展示しているのだけど、正直判りにくいなとも。展示作品は瑛九、オノサト・トシノブ、菅井汲などそれぞれ興味深いんだけど、ジャコモ・パッラとの関連というところが今一つ。バッラのそれはただのカーペットなんだし。

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 ジャコモ・パッラはイタリア未来派の画家、動きやスピード感をキャンバス上で表現しようとした画家っていうくらいの知識しかない。ここ何年も年賀状の図柄には干支にちなんだ絵画を使っているんだけど、たしか戌年の時には彼の代表作の一つといわれている『鎖に繋がれた犬のダイナミズム』を使った。なのでちょっとは知っているつもりだけど、彼の未来派的なスピード感の表現とかとの関連が、展示してある現代美術からは感じられなかった。

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『鎖に繋がれた犬のダイナミズム』(ジャコモ・バッラ)

 もう一つ思ったことだけど、夏休みというとどこの美術館も教育的な部分や集客性から子ども向け企画を取り入れることが多い。アニメ的なものが割と多いとは思うけど、それ以外にも参加型とかもある。そういう点からいうとMOMASはちょっと敷居が高いかなと思ったりもする。

 以前、確か茨城県近代美術館で観たのだが、白髪一雄の作品の横にビデオで放映されていて、白髪がまさしく天井が吊り下げられ足を使ってキャンバスにあの独特の形状を描く様が映されていた。あれを観て、テキストで説明される足を使ったドローイングみたいなものというのがよく理解できた。近代美術館にはああいう教育的な面も含めた展示が必要なのではないかと思ったりもした。

 いろいろと注文が多くなったけど、MOMASは自分にとってはお気に入りの美術館の一つであることは間違いない。願わくばより面白く、県民にとって誇るべき美術館になって欲しいとは思っている。

 最後に以前も書いたが2019年に公開されたシニャックの『アニエールの河岸』について。

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『アニエールの河岸』(ポール・シニャック

 この作品は2018年に2億9千万円で購入したものだという。さらにいうと2000年以降で初めて購入された西洋近代絵画の作品なのだとか。

シニャック絵画、2.9億円で購入 埼玉県立近代美術館: 日本経済新聞

3億円の絵画「アニエールの河岸」、埼玉県立近代美術館で国内初公開 - 産経ニュース

 ほぼ同時期でも瑛九の作品をまとめて購入する以外に新規購入品がないというのがMOMASの実情なのだともキャプションにあった。埼玉県の厳しい財政事情とはいえ、毎年一定程度の新規購入予算がつかないというのも文化的不毛の地を象徴しているのかとも思う。こういうのはまずは県内財界からの寄付、そして文化に親和性のある首長の存在が大きいと思う。

 そう思って歴代の埼玉県知事の顔ぶれを思い浮かべると、ちょっとばかり溜息がでてくる部分もあるかもしれない。そういえば参議院議長から埼玉県知事に転出して3期を務めた土田義彦の叔父だった大正製薬元会長上原正吉は、伊豆下田に水野美術館を建てたことを思い出した。上原自身は埼玉県出身なのだが妻の小枝の出身地伊豆に美術館を建てたということらしい。埼玉県は諸々と芸術的に不運と不毛があるのかもしれない。