ボビー・フィッシャーを探して

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https://www.netflix.com/jp/title/60001464

 これもNetflixで観た1993年の作品。多分『クイーンズ・ギャンビット』を観ていたせいか、お勧め映画のリストに入ってきていた。チェスを主題にした映画かと思いきや、ある意味子育て映画だった。

 子どもがチェスの才能があることを知った親が英才教育を施そうとコーチをつける。チェスのトーナメントに勝つためには、チェスだけの生活を強いるべきなのか、子どもらしい生活を遅らせるべきなのか。

 タイトルにあるボビー・フィッシャーソ連の牙城だったチェスの世界で初めてアメリカ人として世界チャンピオンとなったが、後に失踪と奇行を繰り返した人でもある。映画の中でもニュース等のフィッシャーの映像が挿入される。チェスの世界では天才として名を馳せたが、実人生では社会に適合できなかったフィッシャーと主人公の少年の今後の人生を重ね合わせるような工夫が施されている。

 最終的には少年の親は、少年にチェスを楽しんで取り組ませるが、それ以外の遊びや友達の交友を認め、ようは少年らしい生活を送らせることに決める。そういう意味では前述したようにこの映画は純然たるチェスを主題としていない、子育ての意味がメインテーマともいえる。

 Netflixの人気シリーズ『クイーンズ・ギャンビット』もチェスを通じて主人公の少女の成長と自分のアイデンティティを確立していくストーリーでもある。一種のビルドゥンクス・ロマンといえるかもしれない。ビルドゥンクス・ロマンは教養小説と訳されるが、一般的にはさまざまな体験を通して主人公の内面的に成長していく過程を描いたものとされている。まさにチェスを通じて主人公が成長していく教養ドラマということだろうか。

 そういう点では『ボビー・フィッシャーを探して』はいささか違っている。自分の子どもがチェスの天才であることを知り、その道を究めさせようとする親、第二のボビー・フィッシャーを育てるために、少年をチェスの世界の枠に嵌めようとするコーチ、大人の期待に答えつつも、やんわりと抵抗する優しい少年。どちらかといえば、少年のチェスを通じて、大人たちが自分たちの頑迷な考えを改め、少年にとって何が一番重要かを学んでいくという大人の学びのお話ということだ。

 チェスのゲームシーンはというと、これはもう『クイーンズ・ギャンビット』の方が圧倒的に面白い。チェスの緊張感が画面から伝わるような演出と役者の演技、それらがやはり格段の差がある。とはいえチェスという地味なゲームがいかに知的な戦略と思考によって成立しているのかがこの映画でも十分伝わってくる。チェスは意外と映画向きの題材なのかもしれない。

 同様のテーマということでいえば、将棋や囲碁を題材にしたお話があってもいいかもしれない。すでに漫画やアニメの世界ではいくつものそうした作品が出ている。『ヒカルの碁』もけっこう面白く愛読した時期もある。あれは平安時代棋士が蘇るという設定がいかにも漫画的なアイデアになっていたが、少年たちがプロ棋士を目指すために繰り広げるトーナメントなどは青春群像劇として十分ドラマ化できる素材だったと思う。20年以上も前の作品だけど、誰か映画化しないかと思っている。