「新聞記者」を観る

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 話題の社会派ドラマ「新聞記者」を観た。それも13日の配信日の深夜に1話から5話まで一気観して翌日に最終6話を観た。面白かった。映画の「新聞記者」とはだいぶ異なる内容で、政治スキャンダルというテーマに即していえば、かなりストレートな内容になっていたと思う。

 映画は実際の東京新聞記者が話すテレビ放映が流れたりとかはあるけど、どこか遠回しな印象があったしモデルが特定されないような配慮がされていた。それに対してこのネット配信ドラマはより直截な感じ。やっぱりアメリカ資本のNetflixには日本の体制に対しての忖度なんていうものはないということか。

 逆にNetflixだからこそ映画と同じ監督の藤井道人にしろスタッフにしろより自由に撮ることができたのかもしれない。

 映画版「新聞記者」には甘さがあり、今回のNetflix版はより辛辣な内容という感想をTwitterかなにかで見たが、甘さという点でいえば今回のNetflix版もけっこうそういう部分もある。政治に無関心な就活中の大学生を主要な登場人物に配するところは、ドラマのリアリティさを無化するような甘さを感じさせる。

 ただしあの若者を登場させることが政治的アパシー層に入りやすいように配置されているとすれば、それはけっこう正解かもしれないとは思った。割と人気のある若手イケメン俳優をキャスティングしてる部分など、けっこう狙っているのだろう。こういう甘さとそこに人気俳優を配置するみたいなところがないと、ガチガチな社会告発モノになってしまい、エンターテイメントとしての入り口をかなり狭めてしまう。

スタッフ・キャスト

●スタッフ 
監督: 藤井道人
脚本: 山田能龍、小寺和久、藤井道人
エグゼクティブプロデューサー :坂本和隆、高橋信一
企画・プロデュース: 河村光庸
プロデューサー:佐藤順子、山本礼二
音楽: 岩代太郎
撮影: 今村圭佑
照明: 平山達弥
録音: 根本飛鳥 

●キャスト

米倉涼子
綾野剛
横浜流星
吉岡秀隆
寺島しのぶ
吹越満
田口トモロヲ
大倉孝二
田中哲司
萩原聖人
柄本時生
土村芳
小野花梨
橋本じゅん
でんでん
ユースケ・サンタマリア
佐野史郎 

 監督の藤井道人は映画版「新聞記者」、「ヤクザと家族」しか観ていないけれど、骨太で正攻法な演出をする若手監督だとは思っている。いずれもエンターテイメントとしてもしっかり出来ていてダレることなく観れた。個人的な好き嫌いの部分もあるが「ヤクザと家族」はしょうしょうくさいというか登場人物たちが類型的過ぎるきらいがあるような気がした。

 本作については映画以上にテンポもよくダレ場も少ない。もっとも内容、テーマがまあ普通の日本人ならだいたいは知っているような政治的事件だけに、特に説明的な描写を省いても観る者がついてこれるという部分はあったように思う。

 出演者についていえば、この政治的事件を扱ったドラマで、よくもここまで実力派の役者を揃えられたものだと感心する。映画の「新聞記者」で女性記者役の主演が韓国女優シム・ウンギョンになったのはテーマ的に日本人女優に敬遠されたという話もあった。まあこれが事実かどうかはわからないが。

松坂桃李主演映画「新聞記者」の女性記者役決定が超難航した“理由” | アサ芸プラス

 とはいえテーマとなる政治的スキャンダルについては、政権側と反体制側それぞれに意見、見方が当然異なってくるため、出演するとなるとそれなりのリスクをがある可能性もある。それを考えるといかにネット配信番組とはいえ人気俳優たちの出演はそれなりの勇気がいることだったかとは思う。

 主役の米倉涼子は視聴率を稼ぐことができる国民的女優だ。彼女の当たり役である例の「私失敗しないので」のドクター大門未知子からすると、今回の女性記者役はまったく正反対の役柄かもしれない。ある種のイケイケ感と目力、そういうあくの強さとは異なり内省的な演技を徹底している。そのへんはモデルとなる東京新聞記者のある種のイケイケ感を意識してあえて逆の役作りをしたのかもしれない。

 米倉がこのドラマや役柄について語っていたインタビューを見たが、彼女は自分の役柄はある種の狂言回し的であり、あくまで主演は事件に翻弄される人々であるというようなことを言っていた。ようは総理の意向によって事件を引き起こす若手官僚を演じた綾野剛、公文書改竄を実際に行い、罪の意識に苛まれ心を病んでいく末端の官僚役の吉岡秀隆やその妻を演じた寺島しのぶたちこそ主役であると。

ネタバレ

 この手のドラマ、映画の感想だと必ずネタバレとかそういう話がでてくる。でもこの「新聞記者」についてその手の配慮は無用かもしれない。

 このドラマは5年前に一大政治的スキャンダルとして喧伝された「森友学園問題」を題材にしている。そして登場人物の多くが実在の人物を強く想起させるようになっている。以上、ネタバレでした。

 なので普通にこの国に暮らしている日本人であれば少なくともこのドラマの題材、テーマはだいたいにおいて了解可能ということになる。その中で、なぜ私立学園に国有地が格安で払い下げられたのか、その交渉記録等の公文書が財務省によって改竄されたのか、さらに実際の改竄作業を命じらた末端官僚がなぜ自裁を遂げたのかについて、それらにスポットライトをあてたドラマということである。

 森友学園問題においては学園経営者の特異なキャラクターや運営された私立幼稚園の特殊な教育方針などという派生する様々な題材もあるが、あえてそのへんはすべて捨象し、公文書の改竄がなぜ行われたのか、そしてそうした違法行為が政権中枢の関与によりいかに隠蔽されていったかを大胆に描いている。このへんは政権擁護者たちからは事実無根のフィクションであると批判したいところだろう。

 さらに政権側による情報捜査や隠蔽行為には政府参与という立場で関わるフィクサー的人物が出てくる。この人物が当初海外から帰国し、空港で逮捕直前に上からの指示で逮捕を逃れるところなどは、レイプ犯として告発された総理関連の著作をもちテレビに頻繁に出演していたジャーナリストを強く想起させる。

 具体的なモデルとドラマの登場人物をどうか。5年前の事件なのである程度調べれば、このへんは割と誰でも推定できるかもしれない。もちろんドラマはフィクションであるからあくまで推定だ。

松田杏奈(望月衣塑子)=米倉涼子

栄新学園=森友学園
鈴木和也(赤木俊夫さん)=吉岡秀隆

鈴木真弓(赤木雅子さん)=寺島しのぶ

村上真一(谷査恵子?)==綾野剛

官邸官僚(今井尚哉?・杉田和博?)=佐野史郎

内閣参与(山口敬之?)=ユースケ・サンタマリア

中部理財局職員(美並義人?・楠敏志?・池田靖?)=役者名不明

森友事件について

森友学園問題 - Wikipedia

 わずか5年前の政治的スキャンダルなのにすでに風化してしまっている。しかしこの事件では国有財産の不当なほどの値引きがあり、公文書の改竄があったのに国側で法的に罪を問われた者は誰もいない。大阪地検は一応捜査を行ったが、関係者全員を不起訴としている。そして唯一、近畿財務局で実際に改竄の作業を行い、そのことの責任意識から精神を病んだ赤木俊夫さんだけが自殺という悲劇的な最後を遂げられた。

 それ以外の関係者はというと、ほとんどみな官僚としては出世している。つまりは命じられて違法行為(改竄)を行っても、総理の意向として地方組織に圧力をかけても、事件を捜査しても不起訴の結論を導きだせば、官僚はみな組織上では出世していくということなのだ。

 官僚は没価値的な歯車として行動をすることを義務づけられるとは、官僚機構を論じた社会学者の定義だったか。とはいえそこには高い倫理意識が必要である。そうでなければ命じられるままに究極の不法行為に手を染め、しかもそれに対して「命令されたから」というだけでなんの道義性や良心の呵責をもたないロボットのような役人が生まれてしまう。ナチスドイツにおいてユダヤ人を虐殺したのはそうした倫理性に欠けた優秀な官僚たちだったことを忘れてはいけないと思ったりもする。

 しかしこのリスト、森友問題に関わった官僚たちのその後というリストをみると暗雲たる気分となる。

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昭恵夫人お付き秘書は出世 森友「関係官僚15人」のその後|NEWSポストセブン - Part 2

映画の感想(個人的な思い)

 前述したようにドラマのテンポはいい。ネット配信ドラマでもけっこう当たり外れはあるし、好みによって続けて観るかどうかはある。ただだいたいにおいて成功しているドラマは次から次と観続けるとができるし楽しみになる。成功しているドラマにはお話の面白さや意外性、役者の演技力、演出力など様々な要素が重なっていて、なるほど次から次と観ることが楽しみになる。

 この手のドラマについて多分自分は初心者の部類かもしれない。もともと映画は観る方だけどテレビドラマはほとんど観ていない。ネット配信ドラマを集中して観始めたのは仕事をリタイアしてからだからまだ1年かそこらだ。

 それでもここ1年ではまったドラマは例えばNetflix系でいえば、韓国ドラマの「よく奢ってくれる綺麗なお姉さん」「賢い医師生活」「海街チャチャチャ」など。欧米系では「クイーンズ・ギャンビット」やすでに15シーズン以上になる「グレイズ・アナトミー」など。さらにいえば同じ医療系ドラマでこれも長寿ドラマだった「ER」なども続けて観た。「グレイズ・アナトミー」など一昼夜かけてワンシーンズまとめて観たこともある。

 逆に話題になった「イカゲーム」は途中で断念。「愛の不時着」もとびとびでしか観ていない。ようはドラマとしての面白さがずば抜けていないと意外と続けては観ていられないというところがある。あと演出の出来も意外と影響する。「ER」は初期のものは演出がミミ・レーダーのものはずば抜けて面白かったし意外性のある演出が際立っていたように思う。

 そうした点からいっても「新聞記者」は十分ドラマとしての面白さ、テンポの良い演出力、役者陣の演技力と及第点以上のものがあると思う。どの役者がとりわけ優れているということもなく、また主役の米倉涼子に極端にスポットライトを与えたドラマということではなく、本当にどの役者もきちんと演じている。まあしいていえば悲劇的な最後を遂げる官僚役の吉岡秀隆とその妻寺島しのぶが役に恵まれていたところはあるかもしれない。

 逆に総理夫人付官僚から内調に転じ、権力の走狗として生きることと良心との板挟みで悩み次第に精神が崩壊していく若手官僚を演じる綾野剛の演技は、「ヤクザと家族」に続いてやや過剰気味な部分がある。もちろんその演技に破綻があるということではないけれど。

 ドラマの中ではもっともフィクション性の高い就活中の大学生木下亮を演じる横浜流星も、その真面目な役柄が緊迫したストーリーの中では浮く可能性もあるのだが、意外とすんなりと1ピースとしてうまく嵌っていて、誠実な雰囲気も嫌味となっていない。 同じ就活中で、社会的な常識を身につけていない木下に新聞の読み方を教える女子大生役の小野花梨もどこにでもいそうな、真面目できっと勉強も出来る女子を演じていて好感がもてる。

 いまでは多分ほとんど絶滅しているのではないかと思われる新聞配達のアルバイトをしている大学生という役柄を、横浜と小野はそこそこのリアリティを感じさせるように演じている。格差が広がり、大学生の有償奨学金が問題になる時代であるから、こうした苦学生が社会には多数いるのだろうと思う。そういう意味では、新聞配達の苦学生という設定も一定程度、ようはそこそこのリアリティがあるのだと思うし、そういう設定の上では若い俳優は好演している。

 最後、優等生でそこそこに意識の高い女子学生はコロナ禍、内定を取り消され失意のうちに故郷に帰る。それに対して漫然とした学生生活を送っていて社会への問題意識も希薄だった男の子は、公文書改竄問題に巻き込まれる中で社会性に目覚め、それをきっかけに新聞社への内定を取り付ける。ここにはコロナ禍での就活問題や、就職においても男女差別が顕在化していることなど、若い人にも興味をひくようなテーマ性を取り込んでいたりもする。

 「新聞記者」は単に政治的スキャンダルだけをテーマにしたドラマではないのかもしれない。現在の日本社会の閉塞性自体を、首相のお友達への優遇といった平等性の対極の問題や、権力によって公文書すら改竄され、それが罪にも問われることなくスルーされ、忘れられようとするこの国の病を問題にしているのかもしれない。

 森友問題は5年を経過してすでに風化し忘れられようとしている。関係者は口を閉ざしている。このドラマもドラスティックに悪が追い詰められ裁きを与えらるようなカタルシスは一切ない。しいていえば社会正義に目覚めた若者と自殺した官僚の遺族が国を訴える裁判を起こすところに一抹の希望を感じさせるだけだ。

 しかし現実はというと、国家に対して民事訴訟を起こした赤木さんの遺族は、訴えを認め損害賠償を応諾するという国の奇策によって、真実の明かす道は閉ざされたままとなっている。なぜ赤木さんは公文書の改竄を命じられたのか、それを命じたのは誰なのか、そしてその責任の所在はどこにあるのか。それらを国はけっして明かすことを拒んでいる。

 そういう現実をすでに知る我々にとっては、現実の閉塞性をそのまま投影してこのドラマを観ることになる。そこにはけっしてカタルシスが起こることはない。

公文書改竄の責任

 公文書改竄の責任はどこにあるのだろう。財務省が出した報告では、国会での理財局長の答弁との整合性をとるために改竄が成されたということになっている。ではなぜ理財局長は公文書とは異なる虚偽答弁をしたのか。優秀なキャリア官僚で局長にまでなった者が個人の判断でそういう答弁をするのか、あるいはそれを理由に公文書改竄を指示するのかどうか。

決裁文書の改ざん等に関する調査報告書について : 財務省

 報告書で俎上にのぼった理財局長は国会の証人喚問では刑事訴追の恐れがあるということで証言を拒み続けた。しかしその後検察の捜査により不起訴となったが、その後も一切表に出ることもなく一切の説明を果たしていない。

 企業組織であれ官僚組織であれ、基本部下の責任は上司の責任である。上場企業でも会社内で大きな不祥事が起きればトップの社長が責任を取る。それでは国有財産を不当に値下げして売却し、その交渉記録等の公文書を改竄した財務省で責任を取った者はいるのか。理財局長の上は財務官僚のトップである財務事務次官である。そしてその上司にあたるのは財務大臣であり、その上にあたるのは内閣総理大臣だ。森友問題が発覚したときの財務大臣麻生太郎、総理大臣は安倍晋三である。

 そして誰も実は知るようになぜ公文書の改竄が行われたのか。それはまさに国会答弁との整合性をとるためであった。ただしその答弁は理財局長のそれではなく、当時の総理大臣の国会答弁だったのだ。

「私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。」

安倍総理の「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」発言に関する質問主意書:質問本文:参議院