点描と視覚混合

 西洋美術館の常設展は充実と安定にある。名画に包まれてゆく度に新しい発見がある。以前から、大好きなポール・シニャックの『サン=トロペの港』は出来るだけ遠目から観るようにしている。視覚混合の効果を得るには最低5メートルくらい離れた方がいいと思う。今回は7から10メートルくらい離れて観たが、色鮮やか風景画が目の前に映ってきた。まあだいたいにおいて、新印象派の点描画は近くで観たらだいたいにおいてただの絵の具の筆触=点に過ぎない訳なんだけども。

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サン=トロペの港(ポール・シニャック

 この絵について、新印象派の点描画については以前購入した『国立西洋美術館名作選』のこの絵の解説に基本的なことが明記されている。基本的なことの確認にもなるので少しだけ引用する。

 新印象派の基本原理は、ひとつの色調を複数の純粋な色の点に分解する「色彩分割」と、パレット上で絵具を混ぜずに隣り合う色同士を網膜上で混ぜることで明かるさを保とうとする「視覚混合」にある。シニャックはこれらの原理についての考察を1899年の著作『ウジェーヌ・ドラクロワから新印象主義へ』にまとめ、新印象派の体系的な技法が「最大限の輝きと彩りと調和」に達するための最良の手法であると主張した。しかし彼は、あまりに細密な点描技法はむしろ鈍い印象を生むと感じ始め、1980年後半から、小さな点の代わりに、この作品にみられるようなモザイク状の大きな四角い筆触を用いている。その結果、資格混合の効果は薄れるが、個々の色はより鮮明になり、色彩間の対比が強調された。彼のこうした新しい画風は、マティスをはじめ、純粋な色彩による表現を求める20世紀初頭の画家たちに示唆を与えることになる。(P174)

  「色彩分割」と網膜上で絵具を混ぜる「視覚混合」、これは印象派の技法の基本だ。モネの絵もこの技法に沿っている。これを科学的な色彩理論にそって進めたのがスーラであり、さらにそれを理論化したのがシニャックということになる。

 この記述にあるとおり、シニャックの点描は大きくなる。細かい点による描写が鈍い印象を生むかどうかは別にして、点が大きくなることによって色彩感覚が豊になることは間違いない。

 以前、東京都美術館で開かれた新印象派の企画展を見たときに、シニャックからエドモン=クロスの絵を観て最後にマティスが展示してあったときに、「点描が大きくなると新印象派からフォーヴにいくのか」とてきとうに思ったのだが、けっこう当たっているのかも、あるいは割と通説っぽいのかもしれない。

 マティスはごく初期にはマルケのような風景画を描いていたが、その後は点描的技法を使っていた。ただしその点はけっこう大きな筆触だった。展示してあった絵を見て、ここにフォーヴの原初があるんだなと思ったものだ。

 エドモン=クロス以後の大きな文様化して点描は確かに視覚混合の効果は薄い。さらにいえばフォーヴィズムの作品には視覚混合はおきない。まあ当たり前のことだ。しかしシニャックのモザイク状の筆触は十分に視覚混合が起きる。それは印象派の視覚混合とは少しだけ位相が異なるもののようにも思う。

 10メートル離れてみた『サン=トロペの港』は色彩表現に優れた、絵画でしか表現できない表象が構成されていた。

 モネの絵は5メートル以上離れて観た方が味わい深いとは、だいぶ前に川村美術館でボランティアの解説員の方が話してくれたことだ。その後、ほぼそれを実践し続けているのだが、新印象主義の作品でもいろいろと試してみるかなとか思っている。シニャックはたぶん視覚混合の効果としてはかなりいける。リュスやアンリ・マルタンも期待できそうに思う。エドモン=クロスは多分違うだろうが、今、彼の絵はどこで観れるだろうか。