静岡市美術館「花ひらくフランス絵画」 (4月23日)

 箱根からちょっと足を伸ばして静岡市美術館で開催されている「花ひらくフランス絵画」展を観てきた。

静岡市美術館について

静岡市美術館について | 静岡市美術館

 静岡駅の真ん前にある複合タワービル、葵タワーの3階にある。開業は2010年。天井が高く開放感があるスペース。

 駅地下の複合ビルにある美術館というと、高崎市タワー美術館や八王子市夢美術館などがあるけど、規模や施設の美しさ(新しさ)からいうと一番立派な感じがする。こうしたターミナル駅に近接してアクセスの良い美術館があるというのは、本当に羨ましい感じがする。静岡市民や高崎市民は幸せだと思うが、概してあまり利用されていない場合がある。

 静岡市美術館を紹介するブログではこのへんが一番よくまとまっている。

【徹底解説】静岡市美術館の魅力とは!駅近の都市型美術館のおすすめスポットを一挙紹介!

 箱根から御殿場に出て東名を使って静岡市内に向かったのだけど、この美術館自体には駐車場がない。HPには近隣駐車場の案内があり、割引サービスのある駐車場はやや遠目にある。一番至近なのは隣のビルの稲盛パーキング本社。今回は1号線を走っていた流れで地下の駐車場エキパに止めることにした。まあここからは地下を通って葵タワーに行けるので便利。

駐車場 | 静岡市美術館

スイスプチ・パレ美術館

 スイスプチ・パレ美術館はスイスの実業家オスカー・ゲーズによって1968年に創設。19世紀後半から20世紀初頭のいわゆるフランス近代絵画のコレクションで構成されている。1998年にゲーズが亡くなって以降、美術館は休館状態(実質閉館)のようで、以降は世界中の美術館への作品の貸し出しを行っている。

Petit Palais (Genève) — Wikipédia

 プチ・パレ(Petit Palais)は小さな王宮を意味する。プチ・パレ美術館という名称では、パリ市内にパリ市立プチ・パレ美術館がある。

プティ・パレ - Wikipedia

 またアヴィニョンにもプチ・パレ美術館がある。

Musée du Petit Palais - Avignon

 なんかややこしいね。ということなので、今回のプチ・パレ美術館は、スイスプチ・パレ美術館というのが一派的な呼称のようだ。正式には、Le Petit Palais de Genèveのようだけど。

 スイスプチ・パレ美術館の収蔵品は、かなり多岐にわたる。自分がこれまでに観たものだと、カイユボットの「ヨーロッパ橋」がここのものだった。

スイス プチ・パレ美術館展「花ひらくフランス絵画」

「スイス プチ・パレ美術館展 花ひらくフランス絵画」|静岡市美術館

 この企画展は、スイスプチ・パレ美術館の所蔵品65点が30年ぶりに来日するもので、フランス近代美術の軌跡をたどるものとなっている。展覧会は昨年より全国で巡回していて、静岡は4カ所目となる。

鹿児島市立美術館 2021年7月23日-9月5日

佐川美術館(滋賀)2021年9月14日-11月7日

郡山市立美術館  2022年2月11日-3月27日

静岡市美術館   2022年4月9日-6月19日

SOMPO美術館 2022年7月13日-10月10日

 首都圏では7月からSOMPO美術館で開催が予定されている。しかも期間は3ヶ月あるので、こちらにも行けるかもしれない。

 展覧会は6章の構成になっている。これはほぼ美術館のコレクションに沿ったものとなっている。以下、構成と展示されている作家。

構成 展示作家 出品点数

1章:印象派

アンリ・ファンタン=ラトゥール   1
オーギュスト・ルノワール   1
ギュスターヴ・カイユボット   1
アルマン・ギョーマン   1
2章:新印象派 アルベール・デュボワ=ビエ   2
シャルル・アングラン   2
アンリ=エドマン・クロス   2
マシミリアン・リュス   2
アリール・ロージェ   2
テオ・ファン・レイセルベルヘ   1
ジョルジュ・レメン   1
ニコラス・アレクサンドロヴィッチ・タルコフ   2
3章:ナビ派とポン=タヴェン派 ポール=エリー・ランソン   1
エミール・ベルナール   1
モーリス・ドニ   3

4章:新印象派からフォーヴィスムまで

ルイ・ヴァルタ   3
アンリ・マンギャン   2
モーリス・ド・ヴラマンク   1
ジャン・ビュイ   1
ラウル・デュフィ   1
キース・ヴァン・ドンゲン   1
シャルル・カモワン   3
5章:フォーヴィスムからキュビスムまで ジャンヌ・リジ=ルソー   1
マリア・ブランシャール   2
アルベール・グレーズ   1
ジャン・メツァンジェ   3
アンリ・エダン   1
アンドレ・ロート   3
ロジェ・ビシエール   2
マレヴナ   1
6章:ポスト印象派とエコール・ド・パリ テオフィル=アレクサンドル・スタンラン   3
フェリックス・ヴァロットン   1
シュザンヌ・ヴァラドン   2
ジョルジュ・ボッティーニ   2
アンドレ・ドラン   1
モーリス・ユトリロ   2
藤田嗣治   1 
モイズ・キスリング   4

 なかなかボリューミーな展示点数だけど、いわゆる大家といわれる作家はルノワールくらいだろうか。これについては図録でオスカー・ゲーズの子クロード・ゲーズが一文を寄せているが、その中でオスカー・ゲーズが印象派の大家やマティスピカソは高すぎると考えていたことをあげている。

 オスカー・ゲーズがコレクションを始めたのは戦後になってのことであり、その時期には印象派の大家やピカソマティスの価格は上昇していたということなのだろう。またゲーズは抽象芸術をひどく嫌っていたということで、これらの作品群もコレクションから除かれている。

 これにより本展の展示作品では、印象派にあってもモネやピサロシスレーはなく、ナビ派でもボナール、セリュジェがない。新印象派にスーラ、シニャックがなく、フォーヴにマティスもない。そしてキュヴィスムにも当然のごとくピカソやブラックもない。

 かといってこの企画展の価値が減じているかというと、まったくそんなことはないし、これまであまり出品されないような作家や作品が多く興味深い。自分のようなニワカ愛好家だと、それこそ初めて観る作家もありけっこう楽しめた。個人的には今年みた展覧会の中でも五指に入るくらい、優れたものだと思っている。

気になった画家・作品をいくつか

カイユボット

「子どものモーリス・ユゴーの肖像」(カイユボット)1885年

 カイユボットがこんな美しい色遣いができるなんてと、ちょっとした驚き。とにかく美しい色合いの作品。モデルはカイユボットの弟マルシャルの子どもで男の子。当時は小さな男の子にワンピースを着せるのは割と普通だったのだとか。そういえばレイノルズのファンシー・ピクチャーにも女の子のかっこをさせた男の子の肖像がよくある。当時、上流階級では男の子もドレスを着せるのが普通だったと解説されていた。こういうのはイギリスだけでなくフランスでもあったということか。

アンリ=エドモン・クロス

「遠出する人」(アンリ=エドモン・クロス) 1894年

「糸杉のノクチューン」(アンリ=エドモン・クロス) 1896年

 アンリ=エドモン・クロスの作品は、なんだか久しぶりに観たような気がする。今回は2点出品されているが、いかにもクロスの作品という感じだ。ここまで点描が大きいと、そう簡単には視覚混合しないみたい。試しに離れて観てみたが、10メートルくらい離れるのがいい感じだった。クロスについては、新印象派のなかではスーラ。シニャックに次ぐような位置づけだけど、当時はけっこう売れっ子の画家だったと何かで読んだ記憶がある。

モーリス・ドニ

「休暇中の宿題」(モーリス・ドニ) 1906年

 妻と三人の娘を描いた作品で、装飾的で平面的な作画の多いドニにしては、ずいぶんとカラフルな色遣いで奥行きもある。印象派のような光に満ち溢れた作品だ。また家族の仲睦まじい様子を優しい視線で描いているところなどは、親密派的でもある。図録では妻マルトとあるが、ドニの妻はマルタと表記されることもある。マルトというとボナールの入浴好きの妻を思い出すが、前に調べたらスペルは一緒だった。まあこれはどうでもいい話。

ルイ・ヴァルタ

「帽子を被った女の肖像」(ルイ・ヴァルタ) 1895年

 ルイ・ヴァルタ(1869-1952)、あまり馴染のない名前である。今までに一度や二度は作品観ているかもしれないが、印象は薄い。図録の略歴によれば1887年頃にアカデミー・ジュリアンでドニ、ボナール、ヴュイヤールと出会いナビ派の影響を受けた。その後南仏でシニャックと知り合いになり1913年頃まで当地で活動した。1905年頃にマティスフォーヴィスムの作家と出会ったが、その理論にはあまり共感しなかったという。ヴァルタの絵から受ける印象はなんとなくフォーヴというより、ドイツ表現派のような雰囲気を感じさせる。

アリン・マンギャン

「室内の裸婦」(アンリ・マンギャン) 1905年

 これは素晴らしい作品だと思う。構図、色遣いなども申し分ない。憂い、抒情、といった感情表現も感じさせる。ある時期のマティスと同じような作画だが、ほぼ同時期に南仏で活動しているので、多分相互に影響しあっていたのではないかと思う。

 図録によれば、マンギャンはエコール・デ・ボザールでギュスターヴ・モローに師事したとあるから、多分マティスやルオーと同じく学んでいたのだと思う。その後、1905年にサン=トロペにシニャックを訪ね、南仏で活動を始めたという。この作品の他にもう1点、風景画が出品されているが、こちらはセザンヌの影響が濃い。

ジャン・ビュイ

「画家とそのモデル」(ジャン・ピュイ) 1911年

 この画家も多分初めて目にする人。マティス、マルケ、マンギャン、カモワンらと同時期に活動し交友関係もあり、フォーヴィスムの画家の一人としてくくられている。でも、この絵にはフォーヴィスムのタッチ、色遣いはまったくない。図録には、もともとピュイ、カモワン、マンギャンらはフォーヴィスムの穏健派に属していたことや、ピュイがこの作品を描いた頃から古典主義に回帰したことなどが書かれている。

シャルル・カモワン

「バラ色の布の静物」(シャルル・カモワン) 

 シャルル・カモワン(1879-1965年)も初めて耳する画家。彼もギュスターヴ・モローのアトリエで学んだとあるので、マティス、ルオー、マンギャンらと同窓だ。どうもフォーヴィスムの原点はモローなのかもしれないな。

 その後は1901年に兵役でエクス=アン=プロヴァンスに赴任し、その折にセザンヌを訪ねて交流をもった。その後、1906年セザンヌが死ぬまで連絡をとったということで、その影響を受けているのだろう。この「バラ色の布の静物」も色調こそマティスらと同じフォーヴ的だけど、構図は明らかにセザンヌの多視点だ。

 カモワンは1965年に亡くなっている。86歳と長命でフォーヴィスムの初期のグループでは最後の生き残りだった。

マリア・ブランシャール

「輪回しをする子ども」(マリア・ブランシャール) 1916-18

 この人も初めて。スペイン出身の女流画家。今回の企画展では後述するマレヴナと共にキューヴィスムの女流画家が二人出品している。こういう新しい発見があるのも、この企画展の素晴らしいところ。

 マリア・ブランシャール(1881-1932)は、生まれつき脊椎が変形した脊柱側弯症や股関節にも障害があった。幼少期から絵を学び、1908年に全国美術展で三等賞を受賞。奨学金を得てフランスに留学。そこからファン・グリス、リプシッツ、キース・ヴァン・ドンゲンらと交流を深めていった。第一世界大戦時にはスペインに帰国したが、再びパリに戻り、以後は死ぬまでパリで活動した。

ジャン・メッツァンジェ

「風景」(ジャン・メッツァンジェ)1913年

スフィンクス」(ジャン・メッツァンジェ) 1920年

 メッツァンジェの作品は、アーティゾン美術館で数点観ている。これぞキュビスムという感じだ。メッツァンジェは(1883-1956)は、初期には点描画を描いていたが、ブラックやピカソと出会いキュヴィスムに転向、分析的なキュヴィスムを追求した。「スフィンクス」はキュヴィスムというよりもシュール・リアリズムのようにも思える。こういう絵は意味を考えるよりも面白がれるかどうかだと思う。その面白がりこそが美的体験じゃないかと、まあ適当に思う。で、どうかといえば文句なく面白い。

アンドレ・ロート

「バッカント(酒に酔う女)」(アンドレ・ロート) 1910年

 アンドレ・ロート(1885-1962)はもちろん知っているし、多分あちこちで作品を観ている。ロートはセザンヌを崇拝していたというが、この作品にも風景などはセザンヌ的な形態による構成がある。しかし凄い作品だなと率直に思う。ピカソのように分解して再構成するような多視点的な試みはない。同じ裸婦を描いたキュビスム作品で萬鉄五郎の「裸婦(ほお杖の人)」なんかよりはるかにインパクトがある。

フェリックス・ヴァロットン

「身繕い」(フェリックス・ヴァロットン) 1911年

 一般的にはナビ派に分類されるヴァロットンだけど、ここではエコール・ド・パリの方に入ってました。ヴァロットンというと、嫉妬深い妻との関係もあってか、女性に対する悪意ある視線をもったリアリズムみたいな絵が多い。女嫌いのヴァロットンみたいなことが書かれている解説を読んだことがあったような。それからするとこの絵は割と普通っぽく美しい。ただこの若い女性の表情もどこか冷たい、酷薄な感じもしないでもないけど。