ロシアン・スナイパーを観た

 アマゾンプライムで『ロシアン・スナイパー』なる映画を観た。

 

ロシアン・スナイパー(字幕版)
 

  第二次世界大戦ソ連赤軍に多数いた女性狙撃兵の一人リュドミラ・パヴリチェンコを描いた映画だ。女性スナイパーという意外性、まあ独ソ戦ソ連にとって総力戦だったので、女性は銃後を守る存在ではなく、男性と共に第一線で闘う同志でもあった訳だ。

 それにしてもだ、この女性狙撃兵の凄まじさはというと、確認戦果309名の射殺というものだ。これが古参狙撃兵が10年とかそういうスパンで成し遂げたのであれば、なんとなくわかる。いやそれでも凄い戦果なのだけど、リュドミラの凄いのは24歳の大学生だった彼女が兵役についたのが1941年、戦果をあげて一線を去り本国に戻ったのが1942年。そうわずか1年と少しでこの309名の狙撃を行なったというのである。

リュドミラ・パヴリチェンコ - Wikipedia

 これはにわかには信じられない。これって戦意高揚のためのプロパガンダだったんじゃねえのと思わざるを得ない。ほら、日本帝国軍のあれ、日中戦争での百人斬りみたいなやつ。あれも確か最前線の将校二人がどっちが南京に行く間に沢山の中国兵士を殺害するかを競い合うというものだった。あとでマスコミが仕立てた戦果合戦みたいなもので、実際にはそんなに殺してないみたいな話が出た。確か戦犯として裁判になってから、本人たちがそういう弁明をしたと記憶している。

 さすがに日本刀で百人斬りはありえんだろうと思う。刃こぼれどころか刀折れちゃうだろうとも思う。しかしそこまでの数はないにしても、かなりの中国人兵士が斬殺されたのだろうことは予想される。おそらくその中には非戦闘員も含まれていたのではないか。二人の将校は裁判の結果死刑に処せられている。

 リュドミラの309人射殺も多分相当の誇張があるのではないかと思う。おそらく射撃能力は相当のレベルにあり、実際に相当の戦果を得たのだろう。それを赤軍は、ソ連共産党は戦意高揚のプロパガンダとして最大限誇張したということではないか。1〜2年で309人はあまりにもリアリティがない。一方でこういう見方があるかもしれない。独ソ戦は近代戦争史上最悪ともいうべき犠牲者を出した戦争である。両軍の死者数はこれまでの戦争史の記録を凌駕する。そうした大規模な殺戮戦にあっては、1狙撃手による短期間で300名を越す射殺も一定のリアリティをもつと。

 映画はクールな女子大生が戦場で一流狙撃手となっていく様をたんたんと描いていく。彼女は上官に恋し、上官のために任務を遂行する。女性兵士はこのようにしてコントロールされていくのかと思うと、割とステレオタイプな感じもする。

 映画は戦場での彼女のハードワークを描く一方、本国に帰還した後の彼女を交互に描いていく。彼女は当時ソ連の同盟国であったアメリカに外交宣伝のために派遣される。そこでのエレノア・ルーズベルト大統領夫人との交流が描かれる。エレノアは彼女に同情と共感を示す。当時、アメリカは欧州戦線への派兵増強に進めるルーズベルト政権とそれに反対する世論の間で対立する関係にもあった。エレノアを含めたアメリカ政権はリュドミラらを欧州への参戦、派兵増強のために利用する。もちろんソ連もドイツを叩くためにアメリカの参戦を求めていた。

 リュドミラはそうした国際政治の中で翻弄され、利用されていく。ラストシーンで彼女はアメリカの参戦を促すためにこう記者団らに語りかける。

「私は25才です今までに309人のプァシストを殺しました。

あなた方は長いこと私の陰に隠れていませんか ?」

 映画はややもすれば戦場での彼女の上官との恋といった部分にスポットをあて過ぎているかもしれない。そのへんがややもすると冗長に流れているとも思えるし、狙撃による殺害という殺伐たる行為を軽いものにしているような、そんな気がする。もっとも殺人マシーンともいうべき女性狙撃兵にも人間の血が流れていること、彼女もまた戦争の犠牲者であるという部分を描くためという部分もある。

 最近のロシア映画というのを実はよく知らない。難解なタルコフスキーは別にしていえば、自分が知っているソ連映画はボルダーチェクの『戦争と平和』や『赤いテント』のミハイル・カラトーゾフあたりか。壮大にしてロマン主義的な大作みたいなイメージだろうか。それからするとこの『ロシアン・スナイパー』はだいぶん毛色が違う。きちんと人物を描いているし、戦闘シーンもリアリティに溢れている。そういう意味ではわりと出色の佳作という感じで割と気に入っている。主役リュドミラを演じたユリア・ペレシルドも好演しているし、脇を固める役者もみんないい。自分としてはかなり評価点は高い。

 ただし、出来ればこの映画、このテーマ、もっとなんていうのだろう、戦争プロパガンダに翻弄される一女性兵士という視点から描かれればもっと毛色の違う名画になったかもしれない。いや、やっぱり1年ちょっとで309名はありえないと思う。


ロシアン・スナイパー(字幕版) - Trailer