仕事を辞めることになった

 9月末の株主総会をもって正式に仕事を辞めることになった。

 今日の役員会で退任届を提出し受理、まあ儀式といえば儀式、自分で提出して自分で受理するみたいな感じではあるが、これで正式に退任への運びとなる。多分、これからの一ヶ月は完全に死に体、いわゆるひとつのレームダックということになる。

 まあこの1、2年いろいろなことがあり、基本的には出来るだけ長くやって欲しいみたいなことを言われてはいたけど、仕事的には完全に煮詰まっている状態が続いていた。今後の方向性とかそのへんについていえば、いくら自分の方でいろいろな提案をしても、相手があることだし、先方は暖簾に腕押しみたいな感じ。それでいて時間だけは経過し、ケツだけは決まっている。このままでは泥沼に沈みゆくようなスキームをフロントで担わされることが必定みたいな状況。さすがに自分の経験則で、これはもたないというところでの結論だった。

 本当のところをいえば、来年の65歳の誕生日以降に辞めれば年金も満額でるし、そこまではみたいな気持もないではなかったけど、置かれた立場からすると、ここで区切りをつけるのがベターな選択なのではないかとそう自分に言い聞かせている。まあ人によっては、バックれるのかみたいな見方もあるだろうとは思う。でも、自分も一応仕事のプロとして、請け負うことができない仕事は断らざるを得ない。

 よく引き合いに出すことだが、大昔、出版社に勤めていた頃に、最初の1年で売上を8億から13億に伸ばした。営業の責任者として入ったのだが、出版社は初めての経験。とにかく無手勝流でやれることは総てやった。まあたまたま扱っていた商品が時流にあった、ただそれだけのことではあるのだろうと今更に思う。しかしそれで終わりじゃなかった。編集を兼ねていたオーナー社長は、山師的なところがあり、次には30億の売上予算を作れ言ってきた。さすがにそれは無理と断った。既存の商品をすべて倍以上売り、さらに刊行点数も3倍くらい増やさなくてはならない。そのオーナー社長は「私の作る本はみんな売れます」と豪語していた。

 結局、無理くりで23億の予算を組んで会社を早々に辞めた。出来ないことは出来ない、そういうことだ。あとで聞いた話では、売上は20億弱だったという話だ。

 ようは出来ない仕事を受けないし、無理やり負わされたら逃げる。それはある意味、仕事のうえでは若い時からそういうことでやっている。今回はというとまさにそういう状況ということだ。

 もう一ついえば、自分の年齢ということもあるし、カミさんの介護とかそういう問題もある。カミさんは15年前に脳梗塞を発症して、左が動かない片麻痺だ。それでも当時40代という若さもあり、リハビリでかなり回復もした。当初、よくて車椅子、最悪は寝たきりと言われたけれど、装具と杖で短い距離は歩けるようになった。ある程度は自立もしてくれていた。

 しかし、この間のコロナで、通っているデイケア施設が軒並み休みになった。それは2ヶ月近くにも及んだのだけど、その間リハビリとか出来なかったせいもあるのだろうか、急速に体力面が落ちて、それこそ可動域が狭くなった。それまでなんとか入浴介助ができていたのだが、椅子から立ち上がって湯船に入るにしても、自立できなかったり、風呂場から脱衣所への移動も一人では出来なくなった。

 仕事をしながら、家事やカミさんの介助をずっとやってきたけれど、その両立なりが難しくなってきつつある。しかも自分も年齢的にだんだんと体力面が落ちてきている。仕事をやめて家事や介護に本腰を入れるべきときがきたのかもしれない。そんなことをだんだんと思うようになってきた。幸いなことに子どもは4月から就職して自立への一歩を歩み始めた。子育ての部分では卒業ということになった。まあそうはいっても、勤め始めたばかりだからいろいろと親がサポートする部分がまったくない訳ではないのだけど。

 仕事を辞め、いきなり無収入となるのはかなり厳しい。特に来年65になるまでは年金も雀の涙みたいな額だ。でも、特に借金もないし、自分とカミさんの年金だけで細々と暮らしていくことは多分不可能ではないと思う。今までの野放図な家計状況を切り詰めていけば、まあなんとかなるのではないか。そういう時期なんだろうと思っている。

 思えば24になる年に学校を卒業して大学内の小さな書店に勤めてから40年の月日が経った。それから神田村の専門取次、出版社を3社、40になる少し前に今の会社に入って25年。6度も転職を繰り返したけど、いわゆる失業状態というのは一度もない。金曜に仕事を辞めて月曜には次の会社みたいな感じで切れ目なく仕事をしてきた。

 友人、知人からは根無草、風来坊のごとくからかわれたこともあるが、もとより自分は本に関わる仕事に携わりたいと、ただそれだけで生きてきた。書店、取次、出版社と渡り歩いてきたけれど、同じ業界で本を売る、本を動かすという仕事を一貫してやってきた。まあそういうことだ。

 40年、仕事を続けてきた。そろそろ休んでもいい頃じゃないかと、そんな風に自分に言い聞かせている。疲れたとかそういうこともあるにはあるけど、そういうことじゃない。仕事だけが自己実現でもあるまいしとも思う。できればまだ身体が動くあいだに、もう少し自分の好きなことをしてもいいのではないかと、そんなことを思っている。

 とはいえ、辞めた後に何をするか、実はなにも考えてはいない。まあ普通に家事があるし、カミさんの面倒をみるということは変わりない。出来れば、ここ10年くらいまともに本を読めていないし、少しは本も読みたい。映画も観たい。絵も観たいし、音楽も聴きたい。そんなことを漠然と考えている。