朝起きると

 朝、起きると家に誰もいない。記憶を辿ると確かカミさんはデイの友だちとカラオケに行くと行っていたような気がする。一人運転できる人がいて、身体の不自由な人たちの送迎もしてくれるらしいので、早々に出かけたのだろうか。

 そうなるともう一人の家族、子どもはとなる。多分、部屋にいるのかと思い普通に昼食を作ったのだが、なんとなく家に人気がないので二階に行って声をかけてみるが返事がない。ドア開けるともぬけの殻である。いや、もぬけの殻はちょっと表現が違うか。

 子どももどこかへ遊びに行ったということか。勤めに出るようになってからは、休みの日は疲れてぐたっとしているかというと、意外とそうでもなく都内に出て友だちと茶をしたり、一人で本屋に行ったりとかしているみたいだ。まあ気分転換も必要ということだ。

 気がつくと家に自分一人ということだ。まあ滅多にあることじゃないので、リビングで音楽をかけながら昼食を食べる。なんかしらんが、ずっとスティーリー・ダンの曲をipodを繋いだオーディオでかけてみる。ここ何日か『キッド・シャルメーン』のリー・リトナーのソロ・ギターが気になってしかたなかった。多分、1〜2枚のアルバムとベスト盤あたりを取り込んだので、割とよく知られた曲はたいてい入っている。『FM』とかを聴いているとこのバンドのクオリティの高さを改めて感じる。ドゥービーよりは遥かに上だと思う。

 飯食ってから、とりあえず今日のミッションは休みの日の日課である掃除をすることと決めるがまったくやる気にならない。とりあえず録画してたあまり肩の凝らない映画でも観ようかと思ったりもする。その前にネットでもするか、最近久しく本も読んでいないからちょっとは読みかけの何冊かのどれかを引っ張り出すかと思ったりする。

 しかしここんとこ本当に本を読まなくなった。多分、忙しいせいもあるのだろう。家にいればやれ家事だカミさんの世話だとか次から次へと押し寄せてくる。もちろん仕事は愛も変わらず暇にはならない。もうすぐ決算だし、予算をどうするか、また自分一人でやるのもなんだし、人育てる上でもやらせなくてはとも思う。

 別に仕事を抱えて人にやらせないみたいなことをしているつもりはない。でも、なんていうのだろう、放っておくときちんとやってくれるような人は残念ながら周囲にはいない。自分はけっこう一人で仕事を覚えてきたし、そういうのがスタイルになっている。自分が仕事を引き継いだ時の前任者は、たとえばこれはどうしてこうなるのか、みたいな質問をすると一言「ずっとそうだから」「税理士の先生に言われたから」みたいなことばかりだった。なので、全部自分であたってみる、調べてみる、無手勝流でなんとかやってきた。時間はかかったが、その分、自分自身の血肉にはなったのかもと思わない訳でもない。

 自分で考え、データ類を整理、帳票を整理してきた。パソコン内に散らばっていたデータやファイルもそれなりに整理し、NASを入れてフォルダーも整理した。共有フォルダーも通常業務系と管理系に分け、管理系には一応アクセス制限とかもしてきた。

 こういうことの一つ一つを説明してもけっこう難しい。ただし、例えば決算関係であれば年度ごとにフォルダーを分けて、その中に決算書作成のために必要なファイルを保存している。フォルダーに入りファイルを開けばどういう段取りでデータをとり、入力し集計すればいいかは一応はわかるようになっているはずだ。

 心の声としてはまずはフォルダーに入ってファイルを開いてくれ、そうすれば一通りわかるからと。でもちっとも響かないみたい。これがまあ20代の若者たちにやってもらうのではなく、一応経験を積んだ40代、50代のベテランたちなのに。

 とりあえず今回は絶対的に他の人にやってもらうつもりでいる。自分がいる間に誰かにやらせないと先行き的にもいろいろ大変だし。そうなるともう我慢比べというか、とにかくやってくれるまでひたすら忍耐強く待つ以外にないんだと思ったりする。辛抱できずに自分でやり出したら、これはもう負けか。

 そういう仕事のこととか一頻り考えたりするとあっという間に時間は経っていく。そう、今日は多分夕方くらいまではずっと一人なのである。なかなかない一人の時間を有意義に過ごさなければとか思いつつも、まあ無為に無為に時間は過ぎていく。とりあえず昨日、寝落ちした映画の続きでもみようかと思ったりする。

 しかし、朝起きたら家に誰もいない。ひょっとしたら、カミさんがいて子どもがいるという生活自体が全部夢だったんじゃないか、なんとなくそんな気がしてきた。自分は長いこと夢を見ていた。もともと自分は一人暮らしをずっとしていて家族をもった夢を見ていた。子どもができたのも夢、カミさんが病気になったのも夢、共稼ぎで苦労したのも、子育てしてきたのも、家族で北海道旅行やアメリカ旅行に行ったのも、全部夢だったとか。

 ひょっとしたら仕事も、ずっと本に関わる仕事をしてきたのもやっぱり夢だったのかもしれない。6回の転職、その間に知り合った多くの人たちも全部夢の中の話。本屋で働いたのも、取次や出版社で働いたことも。

 目が覚めて周囲を見渡すと小さな家にたった一人でいる還暦を遠に過ぎたジイさんが呆然としている。なんか浦島的でもある。とりあえずリップヴァンウィンクル症候群と名付ける。大昔、子どもの頃にテレビでリップヴァンウィンクルの映画を観た記憶がある。大男たちがボーリングをしてるとことかなんとなく覚えている。