ある書店主の死

【新文化】 - 【訃報】柴田信氏(しばた・しん=岩波ブックセンター信山社代表取締役会長)
 信山社の会長柴田信氏が亡くなったという。86歳とご高齢だったから大往生かというと、虚血性心不全とのことなのである種突然死だったのかもしれない。特に知己を得た方でもないし、時々店舗でお見かけするくらいだった。もっとも30年以上も前に自分が取次に勤めていた頃に一、二回立ち話程度はあったかもしれない。
 柴田氏は多分ある意味では最初の書店人のスターだったかもしれない。芳林堂時代にスリップによる単品管理の手法を同僚の江口、鍋谷両氏とともに立ち上げた。POS管理などが生まれる20年も前の1970年代のことだ。鍋谷氏は後にディター・スクールの出版部に移っていて、よく取次の仕入れ窓口で顔を合わせた。85〜86年の頃に出版に関する記事を集めたまとめた「クリッパー」なる雑誌を立ち上げて、その定期購読を募っていたのを覚えている。
 スリップによる単品管理は急速に業界に広まった。というかそれしか単品管理の方法がなかったといってもいいかもしれない。1980年代に書店に勤めた自分なども最初にやったのはこのスリップを分ける作業だった。前日の売れた本からレジで抜き取ったスリップををまず出版社のアカサタナ順に分ける。次に出版社別にして輪ゴムでまとめる。それから大手出版社はジャンルや文庫、新書とそれ以外を分けて、最後に単品で集計をとる。その頃は当然エクセルもない、そもそもパソコンがない時代なのだ。B4の集計用紙に出版社別に日計をとったり、単品別に記録を正の字でとる。
 月末になると日々まとめた集計をさらに月次で集計をとる。出版社別の売り上げ合計もスリップの集計からで、まずはアカサタナ順の出版社の月計表にスリップの売上枚数を記入する。次に別の集計用紙に今度は多い順に並び替えて記入する。自動的なソート機能なんてどこにもなかった。パソコンがないのだから。
 20代の半ばそうやって様々な帳票を手作業で作った。それを元に品揃えやフェア企画、棚の思い切った変更とかの参考にしたものだった。POSだのビッグデータだのという今の時代、数万件のデータを簡単に取り込んでパソコンで短時間でプレゼン資料が作れる時代とはまったく異なる位相、牧歌的な時代だった。
 今では多分ほとんど行われていないだろう書店におけるスリップ管理、懐かしい最初に自分が就職して行った作業を作った方が亡くなったという感慨である。火曜日だったかに柴田進氏の最後の著作(インタビュー集)『口笛を吹きながら本を売る』を一応目を通しておくかとアマゾンに頼んだ。まだ届いてはいないのだが、これはある種の偶然、虫が知らせたみたいなこともあるのだろうか。

口笛を吹きながら本を売る: 柴田信、最終授業

口笛を吹きながら本を売る: 柴田信、最終授業

  • 作者:石橋毅史
  • 発売日: 2015/04/15
  • メディア: 単行本