出版物の消費税総額表示について

 Twitterのタイムラインに#出版物の総額表示義務化に反対します というハッシュタグが流れてきた。こんな感じである。

 いわゆる出版物への消費税総額問題だ。財務省のサイトではこういう形で案内されている。

 そして業界紙にもいよいよ出版物も来年4月から総額表示が義務付けられることが報じられる始めている。

出版物の総額表示 スリップは「引き続き有効」 財務省主税局が説明 - 文化通信デジタル

 出版物は長く本体+税額という形で表記してきた。

定価(本体1000円+税)

 といった形だ。これを定価1100円(税込み)という表示に改めろということだ。なぜ本体+税という形での表示をしてきたか。これは税額が5%から8%へ、そして現在のように10%に変わっても対応できるからだ。

 これに対して財務省はというと総額がわからないと消費者に混乱を生じさせるという建前の元に総額表示に拘り続けている。ただし本音の部分はというと消費者の痛税感覚を解消するためともいわれている。ようは総額だといくら税金を払っているかがわからなくなるからだ。

 一般的な商品の価格は原則として小売店が値付けすることになっている。メーカーは希望小売価格をうたうだけだ。しかし出版物の場合は法定再販制度をとっており、出版社が価格を決定し小売店にその価格で販売することを義務付けている。それは出版物が文化的消費財であり、著作権のある商品だからでもある。

 そしてもう一つ重要なことはというと、出版物は雑誌などは別にすれば、長い時間をかけて販売することになっている。ようは短期間で作ったものを全部さばくことが出来ないのである。新刊書として発売された本は、それこそ5年、10年と長い時間をかけて販売される。その間に消費税率が変われば、価格表示を変える必要がでてくる。

 定価(本体1000円+税)は3%で定価1030円、5%1050円、8%1080円そして10%1100円だ。税率が上がるたびに総額表示を変えることになると、既刊書についてはそのたびにカバーに表記された定価を刷り直すことが必要になる。それは膨大なコストが要求される。

 日本で最初に消費税が導入されたのは1989年のことだ。当時、自分は取次から出版社に移ったばかりだったと思うが、消費税を表記した定価シールをもって取次の在庫品にもシールを貼りに行った記憶がある。当然、倉庫にある既刊書にもシールを貼った。

 それから3%が5%になったあたりから便法として定価(本体〇〇〇円+税)という表記が一般的になったと記憶している。さらには当時財務省はすべての表記を総額しなくても構わない、一か所だけ総額表示をみたいな措置を出していたと思う。そのため多くの出版社がスリップのボウズにだけ総額表示をするということを始めた。なぜかといえば、カバーを刷り直すよりスリップの方が作り直す方が安価だからだ。もちろんその場合も税率が上がればスリップを刷り、倉庫でスリップを入れなおす作業がある。さらにいえば、すでに書店店頭にある在庫品はそのままで構わないとされ、新刊書のみ義務付けられていたように記憶している。

 しかし消費税が5%から8%になり、すぐに10%に代わることが決まってからはいずれ総額表示が義務付けされることになり、経過措置として一か所だけ総額表示することになっていた。それに基づいて書協も以下のようなガイドラインを出していた。

<消費税率変更に伴う措置等について(ガイドライン)2019>

https://www.jbpa.or.jp/pdf/documents/shouhizei2019.pdf

  これを見た時に友人とこれってヤバいね、みたいな話をした記憶がある。2021年4月以降は総額表示に切り替えなくてはならなくなる。売上が激減する出版業界では、そのためのコストを吸収する体力はなさそうだしみたいなことを語り合った。年齢が同じくらいの者同士だったので、結論としてはその時までに仕事辞めた方がいいねみたいなことで笑いあった。実際のところ自分は結果として仕事を辞めることになるのだが。

 来年4月になるとどういうことが起こるか。多分、多くの出版社はスリップのボウズに総額表示するだけで対応しようとすると思う。在庫品についてもやむえずスリップの刷り直し、入れ替えを行う。しかしそこまでの体力のない出版社はどうするか、また年間50冊程度しか出ないものはどうなるか。多分、もうそういう出版物は市場に出なくなる。絶版本が増えるということだ。出版社は在庫品を処分し消却する。ゴミにしてしまうということだ。

 一部の出版倉庫ではちょっとしたバブルが起きるかもしれない。倉庫によっては簡易印刷機を持っているところもあるから、スリップを作ったり定価シールを作ったりもできるだろう。それらを出版社のリクエストに応じて入れなおしたり、シールを貼ったりする。どこも出版売上が右肩下がりで落ち込んでいるので、余剰人員を抱えているからそうした作業は有難いかもしれない。

 さらにいえばいよいよもって、出版物の再販制度がヤバいことになっていくかもしれない。再販制度が撤廃されれば出版社は商品に定価表示をする必要はなくなる。価格は総額表示にしろ小売店=書店が表示することになるわけだから。

 本当をいえば出版業界はきちんと財務省と交渉して経過措置の延長なり、出版物の文化的意味性を含めて総額表示から除外する商品として認めさせるべきだったかもしれない。他所の業界はやってることな訳だから。もちろん水面下で様々に交渉を行っているのかもしれない。それにしてはその進展も含め情報がまったく出てきていないのが不安である。

 SNSではこの問題がかなり話題になっている。読者や著者からはかなり声があがってはいる。でも書店や出版社からはあまり声が出ていないような気もしないでもない。これはどういうことなんだろうか。売上が激減し、ほとんど瀕死の状態にある業界にあっては、総額表示問題について問題意識をもつことすら出来ないほど、余裕のない状況になっているのかもしれない。

 しかし来年4月まではほとんど半年くらいの時期にまできている。もう残された時間はないようにも思う。業界から離れる者としては注視していくしかないのだけれど。