『検証福島原発事故 官邸の100時間』

検証 福島原発事故 官邸の一〇〇時間

検証 福島原発事故 官邸の一〇〇時間

夏休み前に購入、昨日、今日で一気読みした。「プロメテウスの罠の」官邸の5日間に大幅加筆したものといっていいのだろうが、とにかく読ませる。アマゾンにもレビュー入れといたが全文転載する。

 本書は、朝日新聞に連載され後に単行本化された『プロメテウスの罠』(学研)の中で最もセンセーショナルで衝撃的だったルポ「官邸の5日間」を取材執筆した木村記者による渾身のレポートである。基本的には「官邸の5日間」と同内容のものに大幅加筆されたもので、3月11日から15日までの原発震災直後に政府中枢で一体何が起きていたのかを、丁寧な取材をもとにまとめている。それは「プロメテウスの罠」や同じ朝日の大鹿靖明記者による『メルトダウン』(講談社)でもすでに明らかになっていることだが、官僚組織の機能不全、事故に際して専門的な助言のできない専門家、当事者意識に欠ける東電本店の企業官僚たちの姿である。そして情報の欠如と適切な助言がないまま右往左往する政治家達。
 主な取材ソースは、菅元首相、海江田元経産相、枝野元官房長官、福山元官房副長官、寺田元首相補佐官、伊藤元危機管理監、下村元内閣審議官等々であり、本書は基本的には官邸取材を中心に、当時官邸につめていた政治家の側にたったレポートという側面もある。とはいえ著者は、地道に取材の裏をとり、証言の裏づけとなる資料等にもあたっているうえ、政治家以外にも多くの官僚、東電関係者からも取材している。それが記述への厚みとともに、3月11日から15日までの原発の危機的状況下での官邸の真実に迫っているということを感じさせる。
 個々の記述内容については、各章の最後に詳細な注によりソースの有無が明示されている。主に官僚や東電関係者のものは、取材ソースの不利益を考慮してか匿名がほとんどであるが、「反論等があれば取材源を開示すると共に、取材を受けた経緯、取材源とのやりとり等を公にする用意がある」とも付け加えられており、それがある種の凄みをも感じさせられる。
 この注の多さは、本書がいかに緻密かつ足を使った地道な取材をもとにして成立しているかをも証明してはいる。しかし出来ればもっと本文に取り入れてあれば、より一級のノンフィクション作品になったのではとも思わないでもない。それとは別に、本文に取り込めなかったエピソードがそのまま注の中で長文として紹介されている。官邸から東京消防庁への協力要請の件で石原知事宅に電話連絡した話などもけっこう面白く読ませてくれる。
 東電の撤退問題に関しては、14日から15日未明にかけて東電の清水元社長が海江田、枝野、細野等に電話をかけて撤退を懇願したことが詳細に記されている。それはすでに「プロメテウス」や「メルトダウン」でも明らかされている。本書ではさらに東電に乗り込んだ菅首相以下官邸スタッフの前で福島第一原発からの撤退のための「稟議書」を作成する東電の様子なども紹介されている。そのうえで著者は東電の原発撤廃問題を以下のように断じる。
「再度言う。この問題は、全員撤退問題ではない。原発放棄事件だ。
 東電は原発のコントロールを諦め、放棄しようとしていた。これが取材を通じて浮かび上がる真実だ。重ねて言う。この原発放棄事件はこれからの原発の稼動を東電が任う資格があるのかどうかを問う、極めて重要な論点だ。」
 著者はプロローグにおいて本書の位置づけをこう述べている。「本書は一人のジャーナリストがてくてくと足で稼いだ事故調査報告書である。論評や推断は排する。ファクトで構築する」と。
 すでに公式的な事故調査報告書が何本もあげられている。そのどれも東電の撤退問題に関しては、東電の側に立ち、官邸の単なる勘違いとしている。東電や事故調委員たちは本書に対して如何なる反論を行うのだろうか。彼等の反論を待ちたいところである。
たぶん東電が規制するテレビ会議のビデオがすべて公開されれば、事実は明白になるかもしれないのだろうけれど。
 本書が明らかにしてみせた原発事故を巡る経緯、事実関係は、今後の原発政策に対して大きな疑問、問題点を投げかけている。今後も福島原発の処理を東電にまかせていいのか。経産省文科省の官僚たちや、原子力を推進してきた専門家たちの責任を不問にしたまま、今後の原発政策を進めていいのかということを。