『舟を編む』

舟を編む

舟を編む

2012年本屋大賞第一位と大きく喧伝されている。書店人が選んだ「いちばん売りたい本」とはどんなものかと、若干の興味を抱いていた。まして題材となっているのが、辞典の編集という、ある意味出版においてもっとも地味な作業が集積される仕事についてである。少しだけ疑問符を思い描く部分もないではない。
しかし読書の効能としてあげられる最大のポイントは、ある意味疑似体験である。読者は未経験の事柄を読書を通じて既知のものとし追体験する。連続した時間の流れや空間的な広がりの中で、一人の人間が経験できる事柄はあまりにも少ない。一回生の中で体験しうることの限界を、人は様々なメディアより享受する情報によって疑似体験していく。読書はその最たるものの一つなのだと思う。
そう考えると、本作りの現場のお話というシチュエーションは、たぶん本好きが集まっているだろう書店員たちからすれば、それはたいそう興味深いものになるだろう。ましてや普段うかがうことの出来ない、辞典編集という仕事についてである。この題材は書店員にとって魅力的ということになるのだろう。
そしてお話はというと、大手総合出版社の玄武書房なる出版社の辞典編集部が舞台である。そこにおいて二代の辞典編集者が国語プラス百科の中型辞典『大渡海』の編集作業を続ける姿を描いている。視点は初代編集者の荒木、次代編集者の馬締、さらに馬締を補佐する若手女性編集者岸辺にと移っていく。
地味な辞典編集なのだが、思いのほかお話は軽く、ポンポンと進んでいく。正直女子高校生相手のライトノベルみたいと、実はそれらをほとんど知らないのだが、思ったくらいである。深みとかそういう手合いは一切ない。だからある意味一気読みできる。しいていえば、読みつつ辞典編集ってこんなものかみたいな印象さえ覚えてしまう。
実際、この小説の中では、おそらく『広辞苑』や『大辞林』あたりがモデルになっているはずなのだが、そうした大きなプロジェクトたる編纂作業に携わっている編集者がメインで1名だけというのは、なんとなく違うのではないかと、つっこみいれたくもなる。
いよいよ発行が決まってからは、急遽学生アルバイトを多数集めて編集作業が進むことになるのだけど、その舵取りを一人の編集者が行い、さらに宣伝や営業との会議にも参加したりしている。これはちょっと違うだろう、いくらなんでも大型プロジェクトなんだから、もう少し分業制しいているだろうにと思う部分もある。
辞典編集は、少なくともそこそこに大きな規模のきちんとした辞典を出すとなれば、数名の編集者と主要な編纂者がいて、さらに業務の管理と販売、宣伝との折衝を行う責任者=編集長が必要だろうと思う。それを思うと、この『舟を編む』は少々デフォルメが過ぎるのでは。とはいえ地味な地味な辞書編集をより誇張されたエピソードを幾つか集めて、それらしく面白おかしく描くというのが、たぶんこの本のウリなのだろうから、そのへんは差し引いて、あえて目くじら立てる必要はないのかもしれない。
しかし、これだけはあえて言う。本書の表紙は青一色でそこに銀色の文字で「舟を編む」三浦しおんと印刷されている。渋めの地味ながら、なかなかの装丁だと思う。その半分に大きな帯で本屋大賞第一位とある。さらに帯にはなにやらレディースコミックのようなマンガ=イラストが載っている。これが主人公の馬締やら宣伝部の井上やら編纂者やらと想定できるものになっている。そして表紙をとると表一、表四に同じコミック=イラストが所狭しと印刷されている。馬締も井上もみんななかなかにイケメンだし、馬締の妻となる小料理屋の女主人も女性編集者の岸辺もそれらしい美人である。
これはあかんなと思う。ただでさえ軽めのライトノベルみたいな筆致にこの絵柄である。読むものは当然、登場人物のイメージをこの絵柄で固定させてしまう。なんかな〜とも思う。そう思って考えてみると、このお話の軽さ、テンポ良すぎの展開、そうかこれはコミックの原作本かと、妙に納得してしまう。たぶんこのイラスト描いた人が、いずれコミック化させるんだろうなと想像してみたりもする。いや端から、この企画、実はコミックの原作としてあがってきたものじゃないかとそんな揶揄さえしたくなる。
題材はたいへん魅力的だ。本に関わる仕事をしている者、あるいは読書家、本好きにとってはとりわけそうだろう。一応私自身三十数年、本の業界の端くれで本を扱うことを生業としてきた一人なので、なんとなく気になるお話しなのである。ほとんど愛を感じるようなテーマなのである。だからいちおう本書はどちらかといえば、好きな部類ではある。でもどうしてもこの軽さには目をつぶることがなかなk・・・・・・・。
ネットでググったときに、どこかの誰かがこんなことを書いていた。激しく同意したので引用させていただく。

序盤で仰々しく辞書編集の大義を打ち出し、一癖も二癖もある人物たちを登場させておきながら、進むにつれ緊張感が崩れてゆく。最初からこれはそんな大層な物語ではないんですよ、と言わんばかりに骨が抜かれる。登場人物たちはよく働いているのに、作家がそれを生かしていない、という滅茶苦茶な感想を述べねばならない哀しさ。本作を原作にして誰かちゃんと小説にしてくれないだろうか。原作報酬を得るだけの価値は創造している。題材・設定が良いだけに惜しい。

http://book.akahoshitakuya.com/b/4334927769
やっぱりこれは原作本なんだろうか。