チャイナ・シンドローム

原発関連の報道に触れていて、無性に観たくなった映画である。棚から引っ張り出してきて深夜に観た。1979年製作、原発の危険性をとりあげた社会派サスペンス映画である。
ジェーン・フォンダジャック・レモンマイケル・ダグラスという名優揃い踏み、硬派なテーマだけに重厚、シリアスな映画かというと、意外と軽く、テンポアップしていて、第一級のエンターテイメントになっている。ハードなテーマを基にしてきちんと魅せる娯楽作品を仕上げてしまうところが、ハリウッドの底力ということなんだろう。公害訴訟をテーマにした「エリン・ブロコビッチ」なんかもこの手の流れの一つかもしれない。
原子力発電所で事故が起きて制御不能となる。冷却水が低下して炉心が露出し溶解を始め、最悪炉自体を破壊して地表を突き抜ける。理論的にはそのまま地球の裏側にまで達しかねない。アメリカの裏側の中国まで。それがタイトルの由来である。その間に地下水等に接触すれば大爆発を起こし、放射能の厚い雲が地域一帯を覆う大惨事となる。ある種の比喩、あるいはジョークに近い話だが、理論的にはそうなるということ。
映画は原発内部での事故により炉心溶解一歩手前の状態になる。それを隠蔽しようとする電力会社、原発内部で働く良心的な技師、たまたま取材で訪れていて事故に遭遇したテレビレポーター。三者が織り成す、せめぎ合いをスリリングに描いた映画だ。この映画の製作から数週間後にスリーマイルでの原発事故が起きたこともあり、映画は大ヒットを記録した。
原発うんぬんを抜きにしてもたいへん見ごたえのある映画だ。とくに役者陣の演技が素晴らしい。大好きなジェーン・フォンダジャック・レモンの演技には脱帽である。二人ともこの映画でオスカー主演女優、男優にノミネートされたが、おしくも受賞はならなかった。というのもフォンダは前年「帰郷」で二度目の受賞をしたばかりだし、レモンも5年前に「セイブ・ザ・タイガー」で念願の主演男優を手にしている。
それにしても77〜79年のジェーン・フォンダの映画での活躍は抜きん出ている。「ジュリア」「帰郷」「チャイナ・シンドローム」と3年連続で主演女優にノミネートされ、1979年(51回)の「帰郷」で受賞。1978年(50回)「ジュリア」の時の受賞は「アニー・ホール」のダイアン・キートン。1980年(52回)は「ノーマ・レイ」のサリー・フィールド
アニー・ホール」よりは「ジュリア」でしょうとつっこみを入れたくなるけど、あの映画では助演女優賞をとったバネッサ・レッドグレイブがジェーン・フォンダを食った感もある。いや元々娘の名前にもバネッサとつけるくらいにレッドグレイブのファンであるフォンダが、一歩引いた演技でレッドグレイブの魅力を引き出させたという見方もあったかな。あの映画では同じく助演男優でジェイソン・ロバーツが受賞している。考えようによってはレッドグレイブとロバーツは主演女優、男優でもよかったんじゃないかと思わないわけでもない。それこそルイーズ・フレッチャーやロッド・スタイガーが主演なら、レッドグレイブ、ロバーツが主演でもぜんぜんかまわないだろうとも思う。
しかしジェイソン・ロバーツは前年の「大統領の陰謀」に引き続いての2年連続の助演男優である。そういう例もあるのだからジェーン・フォンダの連続受賞だっておかしくはなかったのではないかと思う。サリー・フィールドも名女優ではあるし「ノーマ・レイ」も名作ではある。でも「チャイナ・シンドローム」でのジェーン・フォンダは最高だったと思う。目の前でジャック・レモンが射殺されたばかり、その動揺を露にしながらも制御室長へのインタビューからジャック・レモンの行動が原発の危険性を訴える英雄的な行為だったという爆弾発言をモノにする。最後に涙を拭きながらテレビカメラの前で「真相が究明されることを祈ります」と続ける。圧巻ともいうべき感動的な演技だった。キンバリー・ウェルズという役名はずっと私の心に残り続けている。
そして福島の現実はというと、もはやこの映画が描いてみせた近未来的な原発の危険性をとっくの遠に超えた、さらに危機的な状況にあるのではないかと思える。もちろんチャイナ・シンドロームは現実的ではないし、福島も炉心溶解やそれが地表に達したということはないのだろうと思う、いや思いたい。しかし徹底的な情報統制のもとで出される情報だけを鵜呑みにはできないだろう。あの建屋の崩壊状況、制御不能な状況で放水等により冷却を行っていたことを考えれば、部分的にメルトダウンがあった可能性は否定できない。
何度かテレビ報道された水素爆発によってどの程度の放射能が拡散されたのか、今も続く汚染水の流出。もはや現実はフィクションによって描かれた近未来をとっくに通り越しているのである。
ある意味、「チャイナ・シンドローム」で主張された原子力発電所の安全に対する疑義は、2011年的現実の中では、きわめて牧歌的かもしれない。しかしその提示された疑義自体には普遍性があると思っている。TSUTAYAでも普通に借りられるDVDなのでお勧めである。まさか東電はこの辺まで手を回したりしないだろう。