『クラウド時代と<クール革命>』読了

クラウド時代と<クール革命> (角川oneテーマ21)
まあまあ面白かったかな。さっきアマゾンにもレビュー書いてみた。まだアップされないけどだいたいこんな内容。

著者は日本の出版業界でも五指に入る大出版社、角川グループパブリッシングのCEOである。出版業界を代表する経営者が今後の電子出版に対してどんな考え方を持っているのか、具体的にはアマゾンのキンドル、アップルのIpadといった新しい情報端末が現実化してきている今日にあって、どんなコンテンツ商売の構想を持っているのか、そんな興味もあって購入した。
 しかし著者の興味、関心は、出版といった微視的なものを超えた、世界レベルで進む情報産業社会、クラウド・コンピューティングについてである。前半部分ではグーグル、アマゾン、アップルを例にあげて現在の知のグローバリゼーションの概観が解説されていく。読み進めていくにつれて、これまでもよく判らないけど耳に入ってくる例のクラウド・コンピュータなるものが、なるほどこういうことかとなんとなく判ったような気がしてくる(錯覚?)。まあよくまとめられていると思う。
 著者は後半部分で、日本の情報通信技術(ICT)産業の状況がこのままでいくとアメリカの情報植民地化の危機にあると警鐘を鳴らしている。そのうえで国産クラウド・コンピューティングの構築として「東雲」プロジェクトなるものを提唱する。北海道に数十万台のサーバーを設置した巨大情報処理工場を作り、公的情報の一大データーベースを構築する。そのうえで商用活用のためのインフラ整備を行うというものだ。
 一種の夢物語かもしれない。しかし不況にあえぐ日本の状況下にあっては、インフラ整備、雇用の創出につながるこうした構想は、国策事業としてあってもいいかもしれない。21世紀のニューディール政策はこのへんかもしれないと、直感的に思ってもみたりした。
 出版業界を超えてそこそこに影響力のある財界人でもある角川歴彦氏がこうした構想を打ち出したことをとりえあえず評価したいと思う。
 支持率低下にあえぐ鳩山首相あたりにはぜひ一読してもらいたいと思う本だ。
 ただしそこまでは全て先進国世界としての話である。この本を読んでいる間中なんとなく思い続けていたことだが、インターネットを通じた利便的な世界、そこで享受されるものはすべて北半球のお話なのではないかということ。南半球ではネットどころか、電気もろくにひかれていない、いやそれ以前に厳然とした飢餓状況があるということ。ネット社会は南北問題に対しては何の解決策には実はなっていないのではというのが、もう一つの感想でした。

以下、この本を読んで感じたことを幾つかあげてみる。なんとなくtwitterに書いたほうがいいような思いつき的感想というか補遺みたいなものである。実際、一部はtwittしてみてもいるけど。
この本のタイトルにある<クール革命>の「クール」とは、「文化・宗教・哲学などの魅力によって欲しい物を得る力、すなわちソフト・パワー」のことであり、一言でいえば「かっこよさ」「賢さ」といったことのようである。
著者が日本の「かっこよさ」=「クール・ジャパン」としてあげるのが、アニメ文化であげるのが、面白くもあり悲しくもある。なんだ世界から評価されるのは、「ガンダム」や「ポケモン」ぐらいなのか。
クラウド・コンピューティングは個人や企業が所有するコンピュータ資源(情報やソフトウェア)をネットワークに移行集約させて、それを利用することのようだ。これにより個人のもつパソコン環境は、処理能力が要求されるヘビーなものである必要ではなくなる。
現状でのネットワーク内のクラウドは、実際には世界中のあちこちに分散されたサーバー群である。こうした分散サーバーのメンテナンスの多くを現在はインドのシリコンバレーともいうべきバンガロールの企業群が行っているという。それらを含めてクラウド・コンピューティングの世界ではフラット化が進められているということらしい。
クラウド・コンピューティングについてはなんとなく漠然とこういうものだという知識はあった。この本を読んでなるほどコンピュータ資源をどこかのサーバーに置いておき、ユザーがそれを引き出しているというのはとてもわかりやすい。
実際のところ、こうやって私は日記のような、ブログのようなものを時々書いている。たぶん5年以上にわたって拙い文章を紡いでいるというか、撒き散らしているというか。テキスト量としてはたいしたものではないから、ハードディスクの一部にゆうに保管できるようなものだろうが、もちろん一切それを自分のパソコンに保存していない。たぶんはてなが所有している、あるいはレンタルしているどこかのサーバーにそれはあるのだろう。これだって立派にクラウドじゃないかと思う。
最近はあまり見ることがないけど、あの巨大掲示板の2chanだって、サーバーは確かアメリカのどこかのものをレンタルしているという話を聞いたことがある。ようはそういうことなんだろう。
しかし、今はそうやって分散たサーバーに保存され処理されている情報はいずれは巨大なサーバーに統合されていくだろうというのが、角川歴彦の予想である。グーグルも人口知能AIの開発を行っているという話もでてきる。なんか未来社会は結局はマザー・コンピュータやスカイネットみたいな御伽噺に収斂されるのか・・・・・。なんか面白くない話だな。
インターネットの魅力であり、その最大の特徴は分散型にあったんではないか。もともとアメリ国防省が有事、攻撃にあった際にも、分散型システムにしておけば、システム全体を破壊されることがないという、確かそういう理由から開発、研究を進めたことが端緒になっていたと聞いていたのだが。
もちろん今後構築されるかもしれないマザー・コンピュータは万全なバックアップ体制で行われるかもしれないのだろう。でもインターネットの分散型システムは、これまでの国家的なものを軽く超えてしまう、実際そういうことだったのではないかと思う。
もちろんアメリカを中心にネットの巨人(勝ち組)ともいうべき巨大企業が創出してきている。グーグルやアマゾン、そしてパソコン時代から生き延びてきたマイクロソフト、アップルなどなど。それらが今後のネット社会の強者として君臨するのは事実だろう。しかしインターネットの分散型システムにあっては、それに代わるもの、あるいはその可能性はいくらでもあるのではないかと思う。
角川氏が後半部分で展開する国産クラウド・コンピューティングが傾聴に値すると思う。直感的に今後の公共事業はここにしかないのかもしれないなと思った。別に北海道に巨大な情報処理工場などを作らなくてもいいかもしれない。いや先にも書いたが21世紀のニューディール政策としてはそれはありかもしれないとは思う。
しかしそこまで大規模なものではなくても、国策事業として全国あちこちに情報処理中心の工業団地を作ってもよくないかとは思う。あちこちに数千から数万台規模のサーバーを設置したデータセンターを作る。そこで国や地方自治体の情報処理を行う。当然にそれにともなったビジネスが派生するだろう。ビジネスがあれば雇用も創出される。
国内の情報処理は原則として国内で処理するという、まずはナショナリズムが必要。そのうえで出来るだけ効率的で処理単価を下げて、他国の情報処理も行っていければいい。インドできるメンテナンスなら日本国内でもできないことはないだろう。
実際夢物語だとは思う。しかし将来性を考えたうえでの公共投資としてはけっこう有望なものではないかとも思う。雇用創出、情報処理のための教育、様々な意味でのインフラに繋がるようにも思う。
今の民主党が行っているようなバラ撒きで票を買うようなやり方(小沢さん、あなたに向けて言っています)、そういうのとは違う、今後の100年を考えた施策、政策が必要なんじゃないかと。まあこういう本を読むと、大風呂敷というか、いろいろ空想してしまうことになる。
でも大袈裟なものではなくても、情報通信技術(ICT)産業にもっと取り組む必要はあるのではないかとは思った。
とはいえ元々の興味はというと、出版業界の片隅に身を置く人間の一人として、業界のオピニオンリーダーの一人であり、最大手版元の経営者が、今後の電子出版の進展にあって、どんなコンテンツ商売を考えているか、まあそういうことだったわけ。これも最初に書いたことだけど。とはいえ、もはや定年まで後数年程度の私などは、これからの業界の推移にしろ、技術の進歩にしろ、あんまり関係ないものなんだろうなとは思う。
せいぜい5〜6年くらいのところで、キンドルIpadあたりを使って読書するなんてことはあるのかもしれない。いい加減その頃には物欲をほとんど枯れ果てているかもしれないけど。でも情報端末使って読書となると、おそらく老眼鏡はいらないだろうし、画面にタッチして頁をめくるなんていうのも、慣れるとけっこういけるかもしれないな。
まあ幾つになっても言っているのかもね。テクノロジー万歳!なんて。