天皇特例会見

天皇が外国要人と会見を行う場合は希望日の一ヶ月以上前に宮内庁に申し出るという「一ヶ月ルール」を破って行われた天皇と中国国会副主席習近平の会見は、、天皇の政治利用という問題となって大きくマスコミに取り上げられるようになっている。
本日の朝日朝刊3面では「天皇特例会見を考える」として大きく特集記事が出ていた。そこではまず会見をめぐる経緯と浮上した論点がまとめられており、さらに識者3人がこの問題についての意見を述べている。順に東大教授(憲法石川健治「『豪腕』発揮筋違いだ」、ノンフィクション作家保坂正康「運用に調整機関必要」、東大教授(政治学御厨貴「政治主導万能でない」とそれぞれキャプチャがついていた。詳しくはこの方のサイトがそれぞれの意見をうまくまとめられている。
http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=2622495
この朝日の記事がまとめた「会見をめぐる経緯」と「浮上した論点」はそこそこにまとまっているのでまんま引用してみる。

■会見をめぐる経緯(宮内庁などによる)
【11月】
19日 平野博文官房長官が習氏来日を知る。
26日 外務省から宮内庁に会見要請。
27日 「1ヵ月ルール」を理由に宮内庁が断る。
【12月】
 4日 鳩山由紀夫首相が民主党小沢一郎幹事長と階段。
 7日 首相が平野氏に要請。
   平野氏が葉k田信吾宮内庁長官に電話で会見を要請。
   羽毛田氏は断る。
 9日 国会内で崔天凱・駐日中国大使が小沢氏と会談。
   「何とか会わせて欲しい」と要請。      
10日 平野氏が羽毛田氏に「これは政府・官邸のお願いだ」と強く要請。
   羽毛田氏が受け入れる。
11日 羽毛田氏が記者団に経緯を説明。
   首相は記者団に「1ヵ月を数日間着ればしゃくし定規でダメだというこ
   とで、国際的な神前の意味で正しいのか」
14日 小沢氏が記者会見で「どうしても反対なら辞表を提出した後に言うべき
   だ」
   羽毛田氏が記者団に「辞めるつもりはありません」
15日 天皇と習氏が会見
■浮上した論点
 会見をめぐる経緯は、羽毛田信吾宮内庁長官が11日、記者団に明らかにした。
羽毛田氏は、天皇と外国要人の会見は最低でも1ヵ月前に申し入れるという「1ヵ月ルール」が平野博文官房長官からの強い要請で破られたことを問題視。「陛下のなさる国際親善は、政府の外交とは次元を異にする。国の代償や政治的重要性で取り扱いに差をつけずにやってきた」と延べ、大事な国だからといって特別扱いすることは、天皇の政治利用につながりかねないとの懸念を表明した。
 これに対して鳩山由紀夫首相は「諸外国の日本との関係を好転させるため、できればという話だから、政治利用という言葉には当たらない」と反論。官邸内には「羽毛田氏が言ったことで、かえって政治問題化してしまった」との批判もある。
 一方、中国側が民主党小沢一郎幹事長に会見実現を要請していたこと、首相がいったんは会見ができないことを了解していたことなどから、小沢氏が官邸を動かして会見を実現させたとの疑念も浮上した。
 小沢氏は14日の記者会見で政府への働きかけを否定。経緯にも問題はなかったとの考えを表明した。一方で、「天皇陛下ご自身も聞かれれば『会いましょう』とおっしゃると思う」と述べたことについては、天皇の意思を代弁して都合良く利用する危険があるとも指摘された。

小沢一郎の記者会見は内容自体についていえば、天皇と外国要人との会見が国事行為ではなく公的行為であるという事実関係への誤解という大きな問題があるにしても、少なくとも羽毛田宮内庁長官への批判についてはきわめてまっとうではあったようにも思える。内閣によって任命された宮内庁長官という官僚組織の長が、公然と内閣に対して批判をくわえるかのような記者会見を行うのは、官僚の本分からの逸脱でしかないだろう。そのへんについては、常々民主党に対しての批判を書き連ねている池田信夫氏あたりからも賛意が寄せられていたりもしている。
池田信夫 blog : 天皇は超法規的存在ではない
しかし小沢一郎の記者会見はあまりにも強圧的な印象があった。記者を恫喝するかのように「君は憲法を読んだことがあるか」と上から目線でものを言う。これに、小沢訪中団の143人にものぼる議員一人ひとりが、胡錦濤国家主席と握手をしてもらうという儀礼サービスをセッティングしてもらったことの見返りとして、天皇会見をもってきた可能性が指摘されたこともあり、今のところ小沢に対する批判、非難が集中砲火するような状況になりつつある。
私の手元にある週間文春12月24日号では「「小沢と鳩山は天皇に土下座して謝れ」という巻頭記事を特集している。週間新潮は「『天皇陛下』を中国共産党に差し出した『小沢天皇』の傲岸」という特集だ。
まあ内容はともかく、あの記者会見を見ていると小沢は政治家として、あるいはトップリーダーとしての資質に欠けていると思わざるを得ない。単刀直入なのはいいのだが、説明の仕方が荒っぽすぎる。そしてこれがまず一番の問題なのだが、品格に欠けている。リーダーとしての魅力に欠ける。あの記者会見を見て彼に魅力を感じる国民がいるだろうか。あれじゃ、いくら豪腕だろうが、民主党で最も力のあるリーダーであろうが、少なくとも国民はついていかない。選挙が金科玉条の人でありながら、最も選挙にダメージとなるイメージふりまいてどうするのという印象である。

まあ小沢の人物像とかについてはとりあえずいいや。今回の天皇特例会見についてである。羽毛田宮内庁長官を支持する立場にしろ、小沢や民主党政府の立場を支持する立場にしろ、いずれも問題にしているのは天皇の政治利用ということについてだ。私は思うのだが、天皇はもともと極めて政治性の強い存在、立場でしかありえないだろう。もともと朝廷として政治的権威を権力者に与える唯一の立場であり続けてきたのだから。
明治以後は政治的権威から国家元首として、最高権力者としての性格を強めていった。それが先の戦争以後、天皇制を存続させるために象徴天皇というとても曖昧な概念を振り回しているのである。それは戦前からの反省なのか、あるいは制度の存続のための手段なのか、出来るだけ政治性を排して、儀礼的な存在であり続けようとしてきている。そういう意味では天皇の政治性を云々することは現在の日本にあっては実はタブーなのではないかとさえ思える。
そのタブーが今回破られたのである。小沢民主党が破ったのか。確かにそうと思える。でも実は先にそれを持ち出すことで、天皇の政治性を先鋭化させたのは羽毛田宮内庁長官のほうだと私は思う。一官僚が政府の外交姿勢を天皇を政治利用するものとして非難する記者会見を行ったのである。官邸の「羽毛田氏が言ったことで、かえって政治問題化してしまった」という 反応は正しいと思うし、傲慢不遜な記者会見を行った小沢一郎の援護射撃も基本的には間違いではない。
天皇の政治性を曖昧なものにし続ける。それが代々の政府が行ってきたことである。それでは自民党政権時代に天皇と外国要人との会見セッティングにおいて、ある種の外交タームが組み込まれることはこれまでまったくなかったのかどうか。おそらく皆無とはいえないだろう。それでもそれを大きく喧伝するようなことをすれば、天皇の政治性が大きく取り上げられることになる。それはそのまま天皇の政治利用が時の内閣によって簡単に行われる可能性を示唆することになる。それは象徴天皇制を危機に陥れることに繋がる恐れがあるのだ。
それを思うと羽毛田宮内庁長官が記者会見で官邸による天皇の政治利用に言及したのは大変重要な問題であり、かえって天皇の政治利用の可能性どころか、天皇という存在が極めて政治的な存在であることを証明してしまったのではないかと思う。彼はやってはいけないことを行ったのである。
なぜ彼がそうしたのか。彼を任命したのが自民党政権であり、小泉純一郎だったからではないか。彼もまた政権交代という政治の流れを理解できていない旧世代の官僚ということになるのだろうか。多分彼の腹の中では、4年の任期もあと少し。天皇の信任自体は厚いけれど、小泉自民党政権によって任命された自分は民主党政権からは信任されないだろう。だとすれば、意趣返しではないが民主党政権に一矢与えてやろうじゃないかみたいな思いがふつふつとあったのかもしれない。そうでもなければ、官僚として、天皇を守る立場としてあの記者会見はありえないだろうと思う。
外交タームとしての中国との問題。世界同時不況の中にあっても、経済成長を遂げている中国はいずれアメリカと並ぶ超大国になっていくだろう。すでに確固とした大国になりつつあるこの国と日本との関係はどうか。アメリカ一辺倒でアジア諸国との外交をなおざりにしてきた自民党政権、特に小泉政権のもとで、対アジア、対中国外交の道筋はきわめて細いものになってきている。だからこそ民主党政権は中国との関係改善を模索しているのだろう。
現象的には今度の総勢600人にものぼる民主党大訪中団による北京訪問は、朝貢外交のようにさえ思えるかもしれない。しかしこれまでの政権の無為無策を転換させるためでもあるのだ。
羽毛田宮内庁長官が今回1ヵ月ルールを振り回し、天皇の政治利用として政府の外交姿勢を批判したのだが、そもそも羽毛田氏は中国に対してあまり良い感情を抱いていないのではないかという疑問もある。例えばであるが、もしアメリカの副大統領が急遽来日することになり、副大統領は天皇との会見も希望されているとする。しかし1ヵ月を過ぎてからの申し入れとなってしまった。さて宮内庁は相手がアメリカさんでも、申し入れをルールをもとにして拒否するだろうか。同じことが例えばイギルスのチャールズ王太子であってはどうか。いずれも急遽来日が決まり、1ヵ月ルールに抵触する場合である。会見はあり得ないということになるのだろうか。
そのへんを思うと、今回の会見相手が中国の国家副主席だったということ含めて、全体としてきわめて政治的な問題になっていることが鮮明になる。できれば記者会見など行わず曖昧なものにしておけばよかったのである。もともと象徴天皇制自体がそのへんをとにかく曖昧にぼかすことで存続し続けてきた。あるいは今後も存続させ続けていくはずなのだから。
それにしても小沢一郎は今回の件で一身に非難が集中してしまったかな。ある部分では小沢の言い分のほうが理にかなっているはずなのにである。やっぱりあの記者会見はないと思う。いっそのこと羽毛田長官は再度記者会見を開いてはどうだろう。その中で「陛下も小沢氏の記者会見については、大変不興な思いを抱いておられるようです。陛下は小沢氏が天皇制を政治利用しようとしていることに対して危惧を抱いておられます」とでも言ってみたらどうだろう。とりあえず民主党の小沢天皇の政治生命はまず絶たれるだろう。小沢は「陛下はそんなことを言っておられないはずだ」とでも反論するだろうか。
結局、羽毛田氏と小沢一郎の記者会見の内容は先鋭化するとこういうことになってしまう。とまあそういう恐れのあるきわめて危険というか、とりあえず象徴天皇制を維持存続させたい立場の人々にはヤバイ内容満載なのではないかと思う。
私自身はどうかって、私は基本的に「人の上に人を作らず」を信条とする共和主義者である。それでいて先の天皇昭和天皇に対しては人一倍愛着を抱いている。昭和時代の日本のカリスマは長島茂雄昭和天皇の二人だけというのが、私のモットーでもあるわけ。軽井沢でテニスやって美智子さんと知り合ったみたいな今の天皇には、どうしてもカリスマ性が感じられない。そういう立場からすると、今回の天皇特例会見など実はどうでもいいことではあるのだけれど。