県議選〜市議選の感想

ずっと書こう、書こうと思いつつも日々の生活に埋没しちまっていたのと、どことなくこの地での地方政治の動向への幻滅みたいなものが入り混じってしまいそのままにしてきた。まあ私のぼやきなどどうってこともないわけだし、それでも世界は勝手に動いていくわけなんだからなどとも正直思うわけだし。
4月8日の県議選では、当地の市議会の情報をブログで提供してきたお馴染みの、ふじみ野市議としてはある意味もっとも信頼を寄せてきた三人の方々が立候補された。そしてあえなく落選された。山川市議、鈴木市議、民部市議の三人だ。党派の違いはあってもブログからは真面目な人柄も窺がえたし、なによりもそのブログの記述から当地の市議会の状況もよく理解できた。このお三方のブログがなければふじみ野市議会で、あるいはふじみ野市政で何が行われていたかなんてある意味知る由もなかったわけだ。市政の情報なんていうのは月に1回、官製の市報がポストインされるだけだし、大新聞の地方版あたりでもほとんど記事にはならないようなことだったから。
特に昨年のプール事故以降は市政、市議会での何が提起され、問題とされ、何が反故にされてという情勢の流れが、ほとんどライブ感覚でブログを通じて読み取ることができた。市議とは地方政治家とはこうでなくてはと思いつつお三方のブログを拝読させていただいていた。その三人が二つに分かれたふじみ野市の選挙区で県議に立候補された。ブログで立候補の弁を述べられていたが、それぞれ市議としての限界を感じられており、県議というワンステップ階段を上って、活動の場を広げようとされていただろうと思った。
そしてそれぞれあえなく落選された。いずれの選挙区でも保守系の無所属候補者が圧勝だった。そこから導きだされるのは、当地では市民派的なリベラルな市政を打ち出したり、ブログというネットを通じての市政情報を提供するのではなく、もっと草の根保守よろしく後援会を組織し、支持者を回り、といった旧態依然とした政治活動を中心にすべきだったということだ。ようは不特定多数の有権者に様々な形で市政情報や自らの政治活動を開示するのではなく、地縁、血縁や職域、あるいは支持団体周りを徹底させるべきだということ。
さらにいえば、投票日はそこそこ天気も良かったので、結局のところ政治的無関心層はみんな行楽や自己の生活に埋没して棄権してしまい、投票所に足を運ぶのは某宗教団体や党派的組織グループ、あるいは地縁、血縁、職域とかでがんじがらめになった人々だけみたいな図式だったんじゃないかと思うわけだ。
結局のところ保守的な地、ディープ埼玉なこの土地では、ネット使った政治活動など、あんまり有効ではないということなんだろうな。県議に立候補されたお三方はそのへんの読みが甘かったみたいな部分もあったのかもしれん。
もっとも山川氏の場合共産党の組織的な年功序列みたいなものもあったのかもしれん。共産党にとっては県議選ともなるとどう考えても基礎票が足らない。とはいえ選挙イコールト党勢拡大という運動論にたっているから、選挙を見送るわけにはいかない。だもんで市議の中でもっともベテラン、リタイア一つ手前の方に出てもらうみたいな、なにかそんな感じがすごくした。旧上福岡地区の西5区で出馬した山川氏にしろ、旧大井および三芳地区の西7区で出馬した渡辺氏にしろ、市議としてはベテラン中のベテランなわけで、合併により定数の減った市議の中では勇退的な意味も多少はあるのかもしれないなと思わせる県議選出馬のような気がした。
それにしても山川氏、鈴木氏、民部氏の三人が市井の人になってしまうのは本当に残念だ。すでに山川氏、民部氏はブログを再開しているのだが、鈴木氏はいまだに選挙のはじまるところでストップしたままだ。山川氏は元気そのもので、今後も共産党の一活動家としてバリバリと頑張っていかれるのではないかと思う。民部氏もたぶん今はいろいろと模索を続けていらっしゃるのだろう。でも、まだ若い方でもあり、ブログやネットを通じた活動とともにある意味地をはった活動を続けていかれれば、次回の県議選には期待ができるかもしれない。それはこの4年間で、当地の政治状況は、全般的な有権者の政治動向、関心の変化とかも有り得るかもしれないということだ。
そして鈴木氏だ。個人的には年齢的に一番近い。エコロジーへの取り組みや出自としての市民運動家でもある。この人にももう一度頑張ってもらいたいと正直思う。元々市民運動家である人、バッジのあるなしは関係あるまいとも思う。バッジをつけることで、議会での少数派として、居心地の悪い、制約の多い活動を強いられるのであれば、かえってその制約がないほうがこの人にはあっているのではないかとも思う。もちろん議員として最低限の収入が保障されることとか、生活者としての部分ではいろいろあるのかもしれん。いや漠然とした想像ではあるのだが。とはいえ、やっぱり頑張ってもらいたいと思う。そしてこの人にはそれができる粘り腰があるのではないかと思う。なんといっても70年代から終始一貫して反体制の側からの市民運動に取り組んでこられたとお聞きしているからだ。
そして4月22日にふじみ野市議選があった。我が家のすぐ近くにもポスター掲示がされていたが、実のところほとんど関心がなかった。ブロガー市議のお三方が出られないとなると、ほとんど投票しようというモチベーションがわいてこなかった。しいていえば、持論ではあるのだが、地方政治では一番活動している部分がわかる方に投票しようかと思っていた。ほぼ毎週ふじみ野駅前でビラ配りをしていて一番顔を見知った共産党の市議さんにでも入れるかとも考えていた。たまたま義父の不幸と重なったため否応もなく棄権に回らざるをえなくなったけれど。