『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影』(横田増生著)

 急成長するネット書店、アマゾンの物流現場にアルバイトとして潜入した著者によるインサイド・レポート。出版物流の現場に身を置く者としてはなかなか興味深いものがある。自身の仕事の絡みでいえば、物流だけでなくカスタマー・センターの内実とかも知りたいところではあるが、この本に描かれているのはひとえに物流現場での不毛なピッキング作業だ。
 本の物流現場を知らない人からは想像できないだろうが、出版物流の現場はほとんどが手作業の世界だ。出版社の物流倉庫にしろ、取次にしろ基本的には1冊1冊の本は人手を介してピッキングという品出し作業で行われている。超一流の講談社小学館だってパートのおばさんたちが毎日独楽鼠のように本をピッキングしているのだ。
 ハイテク企業の雄アマゾンも同様なわけだ。ただここではアメリカ流の効率主義を徹底化していて、すべての作業に厳しいノルマを課せている。ピッキング「1分3冊」、検品「1分で4冊」、棚入れ「1分で5冊」、手梱包「1分で1個」・・・・・。アルバイトは時給900円で昇給は一切なく、二ヶ月毎の更新により福利厚生等の管理コストもほとんどかからない仕組みになっている。まさしく単純労働による使い捨ての人事政策が貫かれている。このへんも自身の仕事のうえでは参考になるといえば参考になる。でもこれは明らかな労働疎外=人間疎外の究極現場でもある。
 著者はこの現場作業に身を置きつつ、その出荷冊数等やアルバイトたちの仄聞から帰納的にアマゾンの売上を類推してもいる。それもまた興味ある数字だ。2000年37億、2001年80億強、2002年165億、2003年は500億超、2004年には1000億を越えようかというアマゾンの倍々ゲームにも似た売上数字の推測が、日々の作業量からも伺えれている。そう、アマゾンはもはやナショナル・チェーン紀伊国屋ジュンク堂と肩を並べる存在になりつつあるのだ。
 私の職場にいてもアマゾンへの注文品の出荷はまさしく倍々ゲーム的に増えてきている。単店の注文としてみても、あくまで個人的感触ではあるが紀伊国屋本店、ジュンク池袋などを凌駕しつつあるように思える。
 さらに一読者としての立場でも私自身の経験上でいえば、目的買いで本を買う場合はここ1〜2年ほとんどアマゾンを利用するようになっている。探しやすくスピーディに入手できるからだ。本屋をブラブラ歩きし時間をつぶす。そしてその時の気分で、なんとはなしに衝動買い的に本を買う。これもまた快楽だ。しかしセワシイ生活を送る日々、そうした書店での無為な時間を過ごす余裕がなくなってきている。だからこそ自宅にいながらにして本を自由に購入できるアマゾンのシステムは魅力的なのだ。
 この本の著者も働く場としてのアマゾンと利用者としてのアマゾンへの傾倒をこんな風に独白してもいる。「働く場所としては、アマゾンのことをこれ以上ないくらい嫌悪しながら、同時に利用者としてのアマゾンのファンであるという矛盾した気持ちが同居している」
この利便性の追求とその果てにある労働疎外、実はこれこそがこの本の核心部分だと思っている。
 アマゾンの成功した理由を著者は、創業者ジョン・ベゾスの徹底した顧客第一主義にあるとしている。アマゾンは顧客が重視しているのは「利便性」、「品揃え」、「価格」の三つであることをつきとめ、それをコンピュータ・ネット・ワークの中に実現したわけだ。業界事情を優先させ、読みたい本が読者の元に届かない出版業界で顧客第一主義を徹底させたことがアマゾン急成長の理由というわけだ。その利便性の追求を裏でささえているのが、この本に描かれる過酷かつ単純、不毛な労働現場なのである。まさしくITハイテク企業の光と影だ。
 利便性の裏での労働集約型の過酷な単純労働があること、それはここ数年のコンビニを中心として流通現場でもいわれていることだ。けっして真新しいテーマでもない。それでも面白く読めるのは、対象がまさしく旬な企業アマゾンだからだろう。さらにこの本では山田昌弘著『希望格差社会』の分析を引用し「ニューエコノミーの到来が経済的な”勝ち組”と”負け組”を作り出しており、その両者を隔てる『希望格差』こそが日本社会をひき裂きつつあると警鐘を鳴らしている。また、その”負け組”が抱く絶望感が離婚や自殺者、児童虐待や凶悪犯罪が増加する一因になっている」と論じている。アマゾンの労働現場はまさしく”負け組”たちの集う場でもあるというのだ。
 この勝ち組、負け組についてもあえていえば、これも新しいテーマでもなんでもない。マルクスを引き合いに出すまでもなく、かっては資本と労働の対立であり、近年風にいえば、南北問題にいたるまで、この手の二項対立はずっとあり続けてきているわけだ。問題はなにか、それは分析テーマではあっても解消されるべき処方箋、あるいは抜本的な解決策がなにもないということだ。まさしく暗雲たれこめるべき憂鬱な現実だ。
 というわけでこの本のテーマは実はかなり重い。出版物流とかに無縁の人々にはあまり薦められない本ではある。しかし本に関わる仕事にたずさわる者にとっては、出版の現在を知るという意味では必読書の一つだとは思う。
アマゾン・ドット・コムの光と影