池田20世紀美術館の後、遅めの昼食をとった後で向かったのが箱根の成川美術館。ここは去年の夏以来。なんとなく箱根の紅葉は今が見頃とテレビなどでも紹介されていたし、この美術館からの景色は絶景なので、なんとなくいいかなと。
とはいえ着いたのは4時頃で、陽も陰りつつあるので周囲の紅葉もあまり映えていない感じ。寒かったのですぐに館内に入る。ウィークデイで午後遅くなんだけど、けっこう入場者は多め。そしてその多くが外国人観光客みたい。展示室よりも人口密度が多いのは、館内入って一番多くの展望ラウンジ。ここからの芦ノ湖の眺望はある意味絶景。多分、外国人向けのガイドなんかでも紹介されているんだろうなと。
そしてその眺望はというとまあこんな感じ。
遠景の富士、中景の山並み、近景の芦ノ湖という見事過ぎる景色。大昔の観光だったら、絶対こういう絵葉書買ってただろうななどと思ったりもする。少年時代は横浜に住んでいたけど、昭和の時代は一度は箱根に遠足で来る。お土産はこういう絵葉書かやはり芦ノ湖をあしらったペナントあたりだったかなと、ちょっと遠い目。
さてと展示の方はというと、企画展は「山本丘人の世界」。成川美術館はもともと館長である実業家成川實がコレクションしていた山本丘人作品150点あまりを核にして、現代日本画家の作品を集めている。いわばこの美術館の原点が山本丘人作品のようだ。
そのことは展示室の入り口に「ある展覧会の話」という一文が掲げてあった。なんでも成川氏がまだサラリーマン時代の1977年に、それまで7年をかけてコレクションした山本丘人作品を、銀座の画廊で「山本丘人展」として開催したときの話だ。
私が初めて丘人先生に出会ったのが昭和45年ですから、それから7年の間に集めた丘人画は、ほほ 50点を越えるまでになっていました。何ともいえず人の心を魅きつけて離さないその絵に、私は夢中になっていました。この素晴らしい本物の絵を一つ所にまとめて、多くの方々に見ていただきたいという気持ちが第に強くなり、「よし、ひとつコレクターによる展覧会を開いてみよう」と心に決めました。
成川實「ある展覧会の話」より
山本丘人はこの1977年に文化勲章を受勲している。当時はすでに日本画家の大家といえる人だったのだろう。大家と良きコレクター、それが成川美術館の礎になっているということなのだろう。すでに著名な画家であった山本丘人の作品を7年間で50点集めるというコレクターの情熱(多分それを支える財力)には、ちょっとばかり感じ入るところもある。
今回は2階の展示室2室を使って山本作品が展示してある。なんというか作品と展示室が相まって、静謐な印象がある。
そしてこの美術館でもたぶん一番の目玉的作品であるのが《地上風韻》。
丘人自身が語るところでは、「藤棚が冬の陽を明るく受けて、硝子戸に移った朝の影から意図した」というように、冬の朝の庭を写している。そこに実際には咲いていない藤の花を重ねた作品。
そして後ろ姿の女性は、この時期の別の作品《路上の天使》でも同様に白いドレスを纏っているように、ある種天使として現れた幻想的な夢の中の人なのかもしれない。
丘人は《路上の天使》について、「天使とはどういう姿で現れるものなのか。とにかく清純の象徴であって欲しい」と記しているとか。
冬の朝の庭、そこに咲くはずのない藤の花が咲き、白いテラス椅子に座る白いドレスの女性。ある種の象徴性に富んだ風景。冬の朝の幻想。
山本丘人は東京美術学校で松岡映丘に師事し、1934年に杉山寧らと瑠爽画社を結成。戦後は「日本画滅亡論」喧伝される時代、「世界性に立脚する日本絵画の創造」を志して、上村松篁、福田豊四郎、吉岡賢二らと創造美術を結成。戦後日本の日本画壇のフロントで活躍してきた人でもある。そして弟子筋には加山又造などがいる。
作風は力強さと造形感覚に優れた作品を多く描いたが、キャリアの終盤には今回の《地上風韻》のような抒情性と幻想性を感じさせる作品を描いている。
《地上風韻》を初めて観たのは五浦の天心記念五浦美術館。たまたま行ったときの成川美術館の名品展をやっていた。山本丘人の作品は何度か観たことがあったが、この企画展でも一番多く展示してあり、印象深く記憶された。
この企画展で、箱根に成川美術館という現代の日本画に特化した美術館があることを知った。さらに堀文子や森田りえ子といった女流画家や川端龍子、川端康成という両川端に影響を受けた牧進なども知った。
偶然観た企画展、そこで知った作品や画家、美術館、そのようにして知識や関心が増していく。美術鑑賞の数珠繋ぎというのはそういうことなんだろうなと思ったりもした。
芦ノ湖を眺望するラウンジの右には喫茶室が設けられている。そこは「季節風」と名付けられている。もちろこの絵からとられている。当初は4枚の画面をひとつの組み絵に仕立てた屏風画として発表されたという。それを四幅に掛け軸画に仕立て直したもの。
77歳の山本丘人が描いた四季の巡り変わり。
海辺に通じる切通の囲まれ感。遠景の海、水平線、中景の防風林の緑の畑、点景として一匹の犬、そして近景の切通の木々と両側ののり面。構成力ある構図。これも多分、実際の風景というよりも、画家が構成した理想風景かもしれない。
梅雨時の激しい前、遠くに傘をさした女性が一人。それを追うようにして自動車が近づく。でも多分、なにもドラマが生まれることなく、車がきっと通りすぎていくに違いない。ドラマの予感と何も起きないただの雨模様の景色。ただそれだけだが、どこか心に残る。
山本丘人の作品にはそんな余情を感じさせる作品があるかもしれない。
ラウンジの大きな窓から見る紅葉も薄暗くなった中では赤みもくすぶったような印象。
ほぼ閉館の5時に美術館を出る。外はほぼ暗くなっていて、美術館の明かりがあるだけ。周囲の紅葉は薄暗いなかでやや赤みを残している。