川越市立美術館「杉浦非水の大切なもの」 (9月3日)

 地元というか隣街というか、川越市立美術館で開かれていた杉浦非水の企画展が3日で終了ということを、Twitter(個人的にはずっとTwitter)でフォローしている方のツィート(個人的にはPOSTは使わない)で知った。近所なんでそのうちと思っていたけど、こういうのは気がつくと終わっていたなんていうこと、あるあるな訳・

 カミさんがお出かけモードなので午後車で出発。30分弱で到着する。この美術館の一般駐車場は道路を隔てた初雁公園にあるけど、身障者用駐車場は美術館の前にある。だいたいいつも空いている。今回も閉館まで4時少し前と閉館間際のため当然空いている。しかし最終日の本当に最後の最後に来たという感じ。

杉浦非水の大切なもの 初公開・知られざる戦争疎開資料(2023年度夏)/川越市

(閲覧:2023年9月4日) 

 この企画展は杉浦非水の妻で歌人である杉浦翠子が川越の商家岩崎家の出身ということが端緒となっている。それまでにもこの美術館では、杉浦非水の作品が所蔵されてたりしていたので、川越と非水にはどういう繋がりがあるのかと思っていたのだが、奥さんの実家があるということだった。

 第二次世界大戦の戦況が悪化した昭和9年(1944年)、杉浦非水は自身のグラフィック作品群を岩崎家に疎開させた。その作品の一部はずっと岩崎家に守り伝えられてきた。

 川越市立美術館では、この岩崎家の非水の作品調査を進め、非水の植物写生図を版画化した『非水百花譜』の原画71枚を新発見し、ポスターや雑誌表紙などの印刷物や書簡、写真などの資料を確認したという。

 今回の企画展では、岩崎家に伝わる非水の疎開資料1000点あまりから約300点を初公開している。ということでけっこう力の入った企画展のようだ。最終日の閉館1時間前とはいえ、けっこう鑑賞するお客さんも多い印象。きけば冒頭にアップしたチラシも図録も品切れになっているのだとか。

 この美術館では年に1回くらい力の入った企画展が開かれる。去年の秋には小茂田青樹の回顧展があったし、その前の年は花村栄子やってたのを覚えている。

 

 とはいえ杉浦非水はというと、戦前の超売れっ子で図案家=デザイナーという印象が強い。三越とか地下鉄開通、カルピスなどのポスター。当初はミュシャに影響受けたとか、このへんの理解はというと6月に行った群馬県立近代美術館「杉浦非水展 時代をひらくデザイン」で見知った知識。面白いけれどまあ基本的に商業デザインなので、みたいな感覚がないでもない。

 

群馬県立近代美術館「杉浦非水展 時代をひらくデザイン」 (6月1日) - トムジィの日常雑記

 

 今回の目玉ともいうべき『非水百花譜』の原画についても、どうなんだろう、ボタニカルアート? みたいな感じもしないでもない。まあこのへんは興味の度合というか、趣向性みたいなところで分かれるのか。昔、木下杢太郎の『百花譜百選』をどなたかに見せてもらったときも、キレイ、美しいとは思ったけど、それ以上に心動くことがなかったような。

 雑誌の表紙についていえばPR誌の『三越』や『みつこしタイムス』だけでなく、商業誌『雄弁』(大日本雄弁会講談社)、『東京』(実業之日本社)、『講談雑誌』(博文館)から『家の光』(当時はJAではなく、産業組合中央会発行)など、有力誌の表紙を担当している。本当に超のつく売れっ子デザイナーだったんだなと改めて思ったりもする。戦後、杉浦非水くらいに売れっ子デザイナーというと、どうだろうか、和田誠くらいしか名前が出てこないけど、そのくらい人気、実力のある図案家、デザイナーだったのでは。

 非水の表紙絵、なかには表1と表4が続きでデザインされているものなども多数あり、斬新さ、戦前期にあっては相当に洋風でポップな感じで、庶民にとってはちょっと背伸びした洋風生活への憧れみたいなものを具象化してみせたかもしれない。

 表紙絵やポスターを見ていて思ったのだが、戦前、こうしたデザインの草分けだった非水だが、戦争中はどうしていたのだろう。昭和13年に専売局の図案嘱託となり、昭和19年には軽井沢に疎開している。たぶんその時期に岩崎家に作品群を疎開させたのだが、この人は戦争協力してプロパガンダ的なポスターや好戦的な愛国雑誌の表紙などを手掛けなかったのだろうか。

 すでに年齢的には60代前後の大御所的存在だったにしろ、戦争協力的な資料が見当たらない。そういう仕事をしていなかったのか、あるいは非協力を貫いたのか、戦時中はすでに終わった人扱いだったのか。これだけの実績を残した人、訴求力のあるデザインを手掛けてきたのだから、愛国プロパガンダを勧められたとしてもおかしくないのにと思ったりもした。

 

 とりあえず今年は杉浦非水の切り口が異なる回顧展を観た。そして戦前の商業デザインの意外と斬新さを彼の作品を通じて知った。それが諸々面白かった。

 

 ネットで調べると国会図書館のデータベースで杉浦非水の作品がけっこう見ることができる。『三越』の表紙や『非水百花譜』など。これがけっこう楽しい。そしてダウンロードが簡単にできるみたいだ。

杉浦非水の『三越』|NDLイメージバンク|国立国会図書館

(閲覧:2023年9月4日)

 

 9月3日と次の日曜の10日、このあたりで終了となる企画展はいくつかある。なんとなくだけど、2023年のアートの夏も終わりみたいな感じがしている。そしてそれから二週間くらいすると、こんどはアートの秋、まあ有り体にいえば芸術の秋を迎えることになるわけだ。