虹の郷・夏目漱石記念館 (6月15日)

 次に訪れたのは修善寺虹の郷。

修善寺 虹の郷(にじのさと)|花と緑の公園 - 静岡県伊豆修善寺の虹の郷(にじのさと)は、より自然に近い環境をお楽しみいただける花と緑あふれる公園です。

(閲覧:2023年6月20日

修善寺虹の郷 - Wikipedia (閲覧:2023年6月20日

 東京ドーム約10個分という広大な面積のあるテーマパークだとか。ただし三津シーパラダイスから移動中、雨が本降りになった。アップダウンのある広い園内を車椅子で移動するのはさすがに無理。多分、天気が良くてもかなりしんどいかもしれない。

 イギリス村を過ぎた先にある蒸気機関車の駅付近でバスを案内されて乗車。バスで園内を見て回った。そしてここに来た目的はというと、日本庭園内にあるという漱石記念館。夏目漱石修善寺に静養のため訪れた菊谷旅館本館の漱石が起居した部屋を移築したところである。『漱石日記』やマンガ『坊ちゃんの時代』に詳しく描かれた、漱石修善寺大患の舞台を見ることが出来るということで、いつか行ってみたいと思っていたところだった。

 バスを日本庭園前のバス停で降車。運転手から日本庭園からイギリス村までは近道もあり歩けないことはないが、一部階段があるという。バスを利用する場合は4時半に最終便で回るとのこと。しかし本降りの中思案にくれる。

 日本庭園の入り口から夏目漱石記念館にはやや下って、池のほとりを回る。妻には傘をもたせて、自分も傘を差しながら片手で車椅子を押すが、でこぼこ道や上り下りは自分は傘を閉じて両手で車椅子を押す。ほとんどびしょ濡れ状態で来るのを少し後悔した。

 日本庭園、晴れていれば気持ちの良い景観であるのはまちがいないのだけど。

 

 

 そして夏目漱石記念館はやや坂道を登ったところにある。

 

 

 中は二間続きの部屋があるだけ。漱石が滞在した二階の二部屋を移築したものだとか。

 

 


 思ったよりも狭いなと感じた。そしてまたこの部屋で漱石が食事をし、降り続く雨のなか憂鬱な日々を送った。そして大吐血の中、数分心肺停止状態に陥る。

 もっとも自分の拙い知識は昔読んだ『漱石日記』であり、関川夏央谷口ジローの『坊ちゃんの時代』である。特に後者のその画、イメージは印象深く残っていて、漱石の起居や大吐血の絵柄とリアルな部屋とを重ね合わせることができた。

 

 

『坊ちゃんの時代 第五部 不機嫌亭漱石』 

 

 

 夏目漱石記念館にしばし過ごしたが、ここには椅子もなく妻はずっと立っていなくてはならない。自分は外の景色やら展示してある漱石著作の文庫本などを手に取ったりした。まあ特に思い入れもなければ、普通滞在時間はほんの10分くらいだろうか。そんな場所だ。修善寺大患、この部屋で漱石が死にかけたという事を知っていなければ、多分自分もそうだったかもしれない。

 以前、明治村漱石と鴎外が住んだという住居、そこも移築されたものを見たことがあるが、なんとなく今回のほうがリアリティを感じた。漱石が菊谷旅館に滞在したのは8月から10月にかけてだ。特に修善寺到着して大吐血するまでの二十日余りの日々は、雨が降り続けていたという。雨の中で訪れたこともあり、なんとなく当時のそれを偲ぶ部分もあったのかもしれない。

 その後は日本庭園入り口脇の屋根のある休憩所で三十分ほど待ってから、やってきたバスに乗りもと来たイギリス村まで戻った。イギリス村もなかなか風情ある建物が並び、土産物屋も多数あるのだが雨のせいか、あるいは閉園間際ということでか、みんな店仕舞いしていた。そして降り続く雨の中、駐車場に戻ることにした。