「エリン・ブロコビッチ」を観る

 名作、大作の類ではないがたまに観たくなる映画がある。自分の場合、戦争映画、サクセス・ストーリー(特にマイノリティの)などにそういうのがある。「史上最大の作戦」、「プライベート・ライアン」などはもう何度観ただろうか。日本のものでは「突入せよ! あさま山荘事件」なども繰り返し観ている。あれは新左翼(過激派)の起こした籠城事件ととらえずエンタテナーな戦記ものとして観ると、割と面白い。

 サクセスものだと、女性やマイノリティが最後に勝つみたいなものが好きだ。比較的最近だとルース・ベイダー・ギンズバーグの生涯を描いた「ビリーブ 未来への大逆転」や「女神の見えざる手」などなど。司法もの裁判ものでも、最後に社会的弱者が勝つみたいなやつが好きである。

 日本だと巨悪を追求するも結局司法でも敗れて・・・・・・みたいなことが多いが、ハリウッド映画は割と最後に勝ってスカッとして終わるみたいのがある。やはりエンターテイメントにはカタルシスがないと。

エリン・ブロコビッチ (映画) - Wikipedia

 今回の「エリン・ブロコビッチ」も、もう何度も観ている。法律の専門家でもない法律事務所の事務職員が、大企業による六価クロムの環境汚染問題に取り組み、アメリカ史上最大規模の3億3300万ドルの和解金を勝ち取った事件である。今の円安で1ドル130円としても429億円の和解金である。映画の中で弁護士の取り分が40%とあり二つの法律事務所で担当したことになるが、それでもエリンの法律事務所には86億近い報酬になる。映画のラストでエリンの報酬として200万ドルの小切手が上司から渡されるところで終わるのだが、もう完全なサクセス・ストーリーである。

 エリン・ブロコビッチは離婚歴2回、三人の子どもを抱えるシングル・マザー。交通事故の被害者として訴訟を起こすが、彼女の法廷での発言も影響して敗訴する。そして弁護士事務所に失業中で賠償金もとれなかったことを理由に就職させろとつめよる。

 非常勤でなんとか勤め始めた彼女が、大企業の工場周辺での住民の健康被害の書類を偶然見つけ、そこから環境汚染、郊外問題に取り組んでいく。

 エリンは美貌でかってはミスコンの女王になったこともある。経歴としてはカンザス州立大学出身だが、映画の中ではあまり良い教育を得ていない。ミニスカートにボディラインの出る服を着て、言葉を汚い。見た目だけでいえば、完全にイケてるビッチ系である。法律事務所内でも浮きまくり、同僚から洋服について注意されても「お尻が垂れてくるまで、これで頑張るわ」と強弁する。

 そういうあまり教育を受けていない、美人だけど蓮っ葉な感じの女性が、公害問題に取り組むというギャップが面白い。こういう美人だけど気の強くて、それでいて人情味があるみたいな女性、ブルカラー系というのはけこういそうである。

 しかも結婚に二度失敗して三児の母、かって地方のミスコンの女王になったことが唯一の栄光。こういうタイプってけっこういそう。美人だし、ひょっとしたらハイスクール時代はチアガールとかやっていそう。たいていはそのまま早くに結婚して、地方でそこそこ裕福な中産階級のママさんやっていそうな。

 そういう破天荒なママが生活のため法律事務所に勤め公害問題に取り組む。ちょっとあり得ないタイプの人物である。冒頭でも書いたけどこれが全部実話である。実際にアメリカ西部の大企業パシフィック ガス アンド エレクトリック カンパニー (PG&E) に対する公害訴訟で過去最高の和解額を勝ち取った人物なのである。

 ジュリア・ロバーツはこのユニークな人物エリン・ブロコビッチを好演している。スタイル抜群な彼女がフェロモンぷんぷんなビッチ風、日本的にいえばヤンママがいささか誇張的に演じている。これはちょっと作為的にキャラクターを作り上げているかなと思いきや、実在のエリン・ブロコビッチがけっこうぶっ飛んだ女性。さすが元ミスコン女王だけあって、ジュリア・ロバーツ顔負けの美人なのである。

エリン・ブロコビッチ - Wikipedia

Erin Brockovich - Wikipedia

 ネットで検索できる彼女の画像は中年以降のものばかりだが、それでも美人なおばさん、おねえさん然としている。この人の20代、弁護士事務所で働いていた頃は相当にイケていたのだろうと思う。

 この映画には悪人然とした悪人が出てこない。大企業側の弁護士たちもやや類型的な描かれ方だが職務に忠実な小役人風でしかない。エリンのボスの弁護士(アルバート・フィニー)も真面目なオヤジ弁護士である。糖尿病を患い、過去にガンや心臓の手術も受けている。妻を愛し頑張って100万ドルを貯め、依頼主にはその10倍の額をもたらしたことを誇っている。そして近い将来に引退して妻と余生を過ごすため働いている。

 エリンに悪態をつかれながらも彼女の仕事を評価し懸命にサポートする。ラストシーン、エリンにボーナスを渡すときのやりとりが秀逸。膨大な報酬を得て弁護士事務所は高層ビルにオフィスを移す。そこで弁護士用のオフィスを用意され仕事をするエリンのもとにボスが訪れて、彼女に小切手を渡す。彼はエリンが望んだボーナスの額を変えたと告げる。その理由は彼女の仕事ぶりを正当に評価したからと言う。

 エリンは希望額を減らされたと思い悪態をつく。ボスは小切手をよく見ろと言う。そこには200万ドルという金額が書かれている。エリンがいくら希望したのかわからないが、弁護士でもない一介の事務員ということでいえばせいぜい小切手の額の1/10くらいかもしれない。エリンは呆然としてイスにへたり込み、ボスは軽やかにステップして去っていく。捨て台詞は「ミスコン女王は人に謝ることができないのかね」と。


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 エリン、ボス弁護士、そしてエリンの熱心な説得で訴訟団に加わる被害者たち。みんな良きアメリカ人だ。適当な思いつきだが、エリンも弁護士も多分共和党系じゃないかと思ったりする。一生懸命働き一代で弁護士事務所を築き100万ドル貯めたという自負をもつボスはまさに成功者である。美人だが結婚生活に失敗し、それでもたくましく三児を育てながら頑張ろうとするエリン、六価クロムに汚染された工場周辺でつつましく暮らす多くの被害者たち。みな勤勉で信仰心がある古き良きアメリカ人たちだ。

 トランプ以前の共和党支持者ってこういう人たちなんじゃないかと思ったりする。それに対して民主党支持者風なのは、例えばエリンの同僚の法律事務所の職員とか、エリンに毒物について教える大学の研究者とか、そういう人々あたりか。

 仕事社会の中でさして教育もなく、結婚生活に失敗して三児を育てるシングル・マザーというのは社会的な階層からすればかなり下層にある。そういうマイノリティー=弱者が懸命に仕事をして成功を得る。しかも彼女は巨大企業に立ち向かい、公害の被害にあった人々に寄りそう。こういう社会派ドラマ的側面をもったサクセスストーリーが大好きなのである。

 この映画は音楽も良い。エンドロールにいきなり流れるのはシェリル・クロウ「エブリディ・イズ・ワインディングロード」。人生はくねくね道、人生は曲がり角ばっかりという歌詞がこの映画の紆余曲折をうまく表していて効果的。さらにいえばタイトル・クレジットや劇中挿入されるエレクトリック・ピアノが印象的なインストルメンタル・ナンバーが効いている。

 音楽は007シリーズなども手掛けているトーマス・ニューマン。このインスト・ナンバー、ストーリーのジャマすることなくその進捗に沿って効果的。ひょっとしてオスカーとかって思ったが、ニューマンはアカデミー作曲賞に15回ノミネートされているが、いまだに受賞してないようだ。

 イメージ的にはマーヴィン・ゲイの「I Heard It Through The Grapevine 」のイントロをリフレインしてるようなグルーブ感だ。これはちょっと伝わらないか。

 多分、またいつか「エリン・ブロコビッチ」は観続けるだろうと思う。今回たまたま観たけど、やっぱり面白かったもの。月並みだが、こういう観終わって元気になる映画、元気がもらえるような映画はやっぱり嫌いではない。お薦めである。