これもいささか旧聞に属するのかもしれないが、一週間近く前くらいの新聞記事にちょっと驚いてしまった。
iPodが生み、壊したものとは 終焉まで20年、激変した音楽文化:朝日新聞デジタル
携帯音楽プレーヤー・iPodが、在庫限りで販売を終了することを、先月アップルが発表した。初代iPodが出たのは2001年。「自分の持っている音楽を持ち運べる」という音楽ファンの夢をかなえたが、この20年間で音楽視聴のあり方は急激に変わった。音楽文化において、iPodが作り、壊したものは何だったのか。改めて考える。
1979年にソニーが発売したウォークマンは、家の外で音楽を聴くという新たな文化を世界中に生み出した。
それから20年。カセット、MD、CDウォークマンに加え、MP3プレーヤーも市場に出回り始めた群雄割拠の時代に、後発のiPodは世に出た。容量は5ギガバイトで、1千曲が入るとうたわれた。
Ipodが在庫限りで販売終了という情報は気がついていなかった。検索してみると確かに5月11日にニュースが流れていた。
アップル、iPodの販売終了へ 21年の歴史に幕 - BBCニュース
iPod touch販売終了で「代替機をどうすれば?」ユーザーたちの切実な悩み(マネーポストWEB) - Yahoo!ニュース
そしてもとの朝日の記事にもリンクがあったが、同じ5月にオーディオ機器メーカーONKYOが自己破産を申請している。
名門オンキヨーはなぜ敗れたのか 「超松」と「梅」だけが残った:朝日新聞デジタル
これらのニュースは自分自身の音楽を聴くという行為に直結している。そして今後、音楽はどうなってしまうのだろうという不安、危惧といった思いが巡る。
記事にもあるとおりIpodの登場は画期的だった。iTunesとともに出現したポータブル・プレイヤーは音楽を聴くという行為を一変させ、同時に音楽産業を大きく変えてしまった。初代Ipodは1000曲を持ち運びどこでも聴くことができる。その後に出得たiPod classicは160ギガと大容量でゆうに1万曲を以上が保存できた。自宅の音楽コレクションをすべて持ち歩くことができ、いつでも好きな所で聴くことができた。
その画期的な携帯プレイヤーもiPhoneの登場によって大きく変化した。今、音楽にしろ動画にしろ、ネットワークからの配信によって享受するようになってしまった。もはやコレクションする意味は失われ、すべてはサブスクによってスマホで事足りるようになった。
技術進歩のあまりの速さ。
Ipodの2001年、まさに21世紀と共に登場した。それからわずか21年で販売終了、短い命の終焉である。
Ipodは自分のような音楽の聴き方、レコードやCDのコレクターにとっても画期的な商品だった。最初に16ギガのiPodシャッフルを買ってからいったい何個のiPodを所有したことか。今でも一応電源が入り使えるものをざっと書き出してみる。
Ipodシャッフル 第1世代(実はまだ使える)
Ipodシャッフル 第2世代(最近見ないがどこかにある)
Ipodシャッフル 第4世代(自分と妻用2個ある。もちろん使っていない)
Ipod nano16ギガ 第4世代(ジムでよく使っていた。最近見ないがどこかにある)
Ipod nano 8ギガ 第4世代(妻の部屋のオーディオに挿している、使われた形跡ない)
Ipod classic 160ギガ 世代不明のが3個。うち2個は256ギガのフラッシュメモリに換装
※このうち2個は自室とリビングにあるONKYOのCR-N755に接続していて日常的に使っている。
Ipod touch 第3世代か4世代の32ギガと64ギガをそれぞれ。持ち歩くときに使用。
Ipod touch 第6世代 128ギガ
※去年車を買い替えた際に、それまで接続していたiPod classicが使えないことがわかり急遽購入。
う~む、12個くらいあるのか。Ipod classicはだいたい中古を購入しているのだが、これ以外に開腹した時に壊したのが2個くらいあったかもしれない。しかし手持ちのiPodがほとんど問題なく使えるところが凄すぎる。今、初代Ipodシャッフルを充電してみたら普通に再生できた。あまり記憶にないのだが、英会話の専用機として利用していたみたいでスピードラーニングが入っていた。
そしてONKYOの自己破産。こちらもIpodの登場とともに家庭での廉価なオーディオ機器の需要がなくなったこと、そしてCDの衰退とともにCD再生機の不要となり、とどめはやはりサブスクということなんだろう。
Ipodの登場とともにIpodを接続して自宅でオーディオとして利用できる機器も出していたがそれも下うち。Ipodの販売終了が発表された同じ5月に自己破産となった。
ONKYOというと、ライバル企業のpioneerと合併だか吸収したということもあった。結局日本ブランドのオーディオ企業が終幕を迎えたということか。
しかし、今自分がメインで使っているのは、20年以上前のpioneerのFILLシリーズ。これが自室と確か和室にある。そして前述したネットワーク・CDプレイヤーのCR-N755が自室とリビングに一つずつ。だいたいがこの手のオーディオは中古で購入して、不具合でたら修理してを繰り返し、まあだましだまし使ってきている。
CDはもう数えるのはやめてしまったけど、多分千枚以上あるんだろうな。ほとんどがiTunesに入っていて、Ipod Classicに入れてある。それをオーディオに繋げて聴いているので、CD自体を聴くことも少なくなっている。レコードはほとんど捨てたので多分100枚以下のはずだ。
音楽をコレクションする、所有するというのは、なかなかレコードを変えない貧乏な時代を過ごしているので、ある種の性、性癖のようなものになっている。最初はレコード、それをCDに買い替えてを繰り返し、それらをIpodに入れて持ち歩く。自宅にいるのと同じ量を車の中で自由に聴く。そうやって21世紀の日々を過ごしてきた。
でもこと音楽に関しては、そうした所有するという文化は多分、自分らの世代で終わるのだろうと思う。子どもたちは普通に音楽をスマホで聴いている。サブスク、あるいは無料のYouTubeで聴いている。それで事足りているいるようだ。もはや音源を持ち歩く必要もないのだろう。
自分たち老人も新しい文化に順応する必要があるのだろうか。もちろんEcho Dot だってもっている。「アレクサ、ボサノヴァかけて」「アレクサ、トッド・ラングレン」とか試したことはある。でも、すぐに飽きた。サブスクでヒットチャート50とかを聴くとういうのも試したことある。でもああいうのは、大昔の感覚でいえば有線放送みたいなものだ。ノンストップで流し聴きするBGMとしては最適かもしれない。
でもね、たとえBGMにしたって何を聴くかをクラウドの誰かに依拠するのはなんとなく違うような気がする。音楽くらい自分の意思で何を聴くか決めたいみたいな矜持、いやただの頑固な妄言かもしれないか。
何年か前に友人がインターネットラジオがいいよと勧めてくれた。あれもストリーミングされた音楽を聴くにはいいようだし、様々なジャンルの音源放送が聴ける。ちょっと検討したけど断念した。Ipodがあるし、手持ちのCDもあるしという気持ちが勝った。
そして今、Ipodの販売終了、ONKYOの自己破産という現実を目の当りにしている。とりあえず手持ちの機器と中古市場で乗り切れそうな気もしないでもない。もう若くはない。音楽をきちんと自分の意思で聴けるのはせいぜいあと10年と少しのことだろう。だましだまししていけば、今の手持ちと中古での買い足しでなんとかなるかもしれない。
多分、これからの音楽環境はというと、スマホでサブスクか1000曲くらい放り込んでおくで携帯プレイヤーはなんとかなるのだろう。現に手持ちのiPhoneにだって千曲くらいは入っているはずだ。あとはそうだな、ネットワークオーディオの安いのがあれば10年くらいはイケるかもしれない。いまさらNAS入れて自宅でネットワーク化し、音楽や映像をどの部屋でも楽しむとか、もうそういうのはいらないような気がする。ある意味物欲を潰えつつあるから。
それにしてもIpodの終焉はちょっとした驚きである。実働21年かそこら。それだけ技術の進歩、世の中の流れが加速化しているということ。