
西洋美術館を4時過ぎに出て、不忍池あたりを歩くかと思ったが、その日は金曜日で上野の美術館、博物館は8時まで開館していることを思い出し、東京国立博物館(トーハク)にも行ってみることにした。
トーハク平成館の企画展は「特別展 江戸大奥」展である。
—そろそろお話しましょうか。
わたしたちの、真実を。
という意味晨はキャッチコピーで始まる企画展である。
トーハクの企画展は5月に「蔦屋重三郎展」を観ているが、それ以来である。
今回の企画展は、通常、平成館のエスカレータを上ってから突き当り左側の企画室に最初に入り、そこから反時計回りに進む。そして最後に右側の企画室でそこは展示品などよりも、大がかりなセットなどがあったりする。
今回の「大奥展」ではそれが逆で最初に左奥の展示室に入る。その奥には木製の橋が設えてあり、その向こうの壁面には大画面のスクリーンがある。そこに江戸城などが映し出される。この光景なんとなく既視感があると思ったが、なんのことはない「蔦屋重三郎展」でも同じセットが使われたいたみたい。試しに監視員さんに「これって蔦重のやつですよね」と聞いてみると、ちょっとすまなそうにして「ええ、そうです」と。
意地の悪い観客ですみません。

「そろそろお話しましょう、私たちの真実を」ということで、どんな展示内容かと思った。大奥が広義の後宮(ハーレム)としながらも、将軍の正室や側室が住む場所ということで、江戸城の奥に展開されたお姫様の生活の場所みたいなスポットのあて方をしている。たくさんの着物や姫君の遊具などが展示されていた。
でも大奥=後宮は、たった一人の権力者たる男性(将軍)と、そこに侍る女性たちの秘められた場所である。そして後宮は権力者の世継ぎを生む女たちの住む場所である。そういう政治ならぬ性事についてはほとんど触れられていない。
大奥内での秩序は、御年寄という幹部を頂点にしており、将軍の夜伽の相手をするのは、御中﨟という将軍や正室の身辺世話役に限られていた。その御中﨟は良家の子女に限られており、それを選ぶのは幹部の御年寄である。将軍があまたいる女中たちを見染めて次々とお手付きするなんてことはなかったようで、あくまでその相手を決めるのも御年寄ということのようだ。
さらにいえば夜の床入れには、隣の間に監視役が寝ずについており、夜の営みは翌日監視役より御年寄に逐一報告がされたという。
そして御中﨟は妊娠し、目出度く男子を出産して初めて側室(夫人)になったということらしい。
秘密のベールに包まれた江戸幕府将軍の「床入り」を再現 | nippon.com
まあ天下のトーハクでは、こういう大奥の権力者の子作りの場という部分がすべて捨象されている。もっとも前回の「蔦重展」も、蔦屋重三郎が育った吉原については上澄み部分だけをさらっと流した感じだし、藝大美術館での「大吉原展」も性産業としての吉原をアミューズメントパークのように描いて批判を浴びたりしている。吉原も大奥も、その本質部分を避け、綺麗な着物や遊具、調度品など、表面部分をなでるようにしているだけという印象だ。
でも21世紀の現在にあっては、多面的な形で掘り下げる必要はあるだろうし、光の当たる部分があれば、当然影の部分もある。そうした負の部分も投射すべきなのではないかと思ったりもした。

なにかこういう部分だけだと、綺麗な着物を着飾った絢爛豪華な姫君たちの世界みたいな風で、それは歴史の一側面でしかないような気もした。この画像は、大奥で開かれた歌舞伎の衣装だったか。それを演じたのは女狂言師の坂東三津江だったということだが、この人物は幕末から明治にかけて生きた人らしい。残念ながら今回の企画展では歌舞伎の衣装などの展示はあるにせよ、この坂東三津江という女狂言師のことはあまり解説されていなかった。
さらにいうと大奥で行われた歌舞伎とは、この女性狂言師によるもので、それは11代将軍家斉の側室お美代の方の娘末姫(家斉の24女)を楽しませるために行われたのだという。絢爛豪華な衣装は大奥歌舞伎の華やかな部分を紹介するが、それは長い徳川時代=大奥の歴史の中のほんの一部として、幕末期に開かれたものだというのは、今一つ伝わってこなかった。
鮮やかな衣装は坂東三津江が所有していたもので、高木キヨエ氏という方を通じて東京国立博物館に寄贈されたものらしいが、この高木氏はおそらく坂東三津江の縁戚の方なのかどうか、これもわからないままだ。そもそも坂東三津江についてもWikipediaなどにページばないので、日本舞踊坂東流の会報や関係者のHPなどによってその足跡が偲ばれるだけのようだ。今回、図録を購入していないのでわからないけれど、図録にはコラムなどで紹介があるのだろうか。
”大河ドラマ“のような「踊りのお師匠さん」のお話 | 坂東三乃智 日本舞踊教室
知っておこう!坂東流
第5回「坂東三津江〜三代目の芸を継ぐお狂言師」
二代目坂東三津江は、三代目三津五郎のお弟子であった初代三津江の娘で、文政4年の生まれ。明治維新を経て99歳という長寿をまっとうし、三代目から引き継いだ「娘道成寺」を七代目三津五郎にうつすなど、江戸時代から続く坂東流の流れを途絶えることなく後世に伝えたのが三津江だと言っても過言ではないでしょう。
ご存知の通りお狂言師とは、江戸城や大名家に御殿女中として召抱えられ、男子禁制の大奥において踊りや歌舞伎を演じたり、教えたりした女師匠・芸人のことです。三津江は加賀藩お抱えのお狂言師であり、明治維新後は小石川・伝通院の前に住み、踊りの師匠として町家の娘達にも稽古をしていました。三津江の孫弟子にあたるのが三津栄、三津美などのお師匠さんです。また七代目が初めて三津江に会ったのは三津江84、85歳の頃で、「娘道成寺」は稽古場の襖を立て切って自ら踊り、振りうつしをしたそうです。
三津江所蔵の衣裳や歌舞伎の台本は、国立東京博物館と早稲田大学演劇博物館に寄贈されています。
衣裳はいわば"大奥主催の興行」で使用された実に豪華なものです。また芝居の台本からは、お狂言師が歌舞伎の世界にも通じていたことを物語っています。
資料「父 三津五郎」(坂東三津五郎(八代目)著)
図録「三代目坂東三津五郎展」(早稲田大学演劇博物発行)
「七世坂東三津五郎 愛 終話」(利倉寺一)<坂東会NO.130> http://www.bando-ryu.jp/pdf/bdk130_1811.pdf
歴史ものは嫌いではないけれど、今回の題材となっている「大奥」には今一つ食指が動かない。一方で妻はけっこう満足していたようで、これはテレビドラマの「大奥」などを楽しみにしていたから。聞けば今回の企画展とコラボして、NHKでは2023年に放映されたよしながふみのマンガ「大奥」を原作にしたドラマの再放送が行われたようだった。これは徳川幕府の男女が入れ替わり、一人の女将軍と三千人のイケメンが侍るという逆転劇で、自分も一度マンガのほうは見ている。
放映は8月17日~8月18日の深夜帯に全10話を一挙放映した。全部ビデオ録画しているので、妻は楽しみに観ている。たぶん今回の企画展を観に行った方で、このドラマを楽しみにしている人も多いだろう。またドラマを見てから、企画展に足を運ぶ方も当然いると思う。そのようにしてコラボ企画が進行していくことのようだ。