『ミナリ』を観た

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 Twitterでも話題になっているし、アカデミー賞でも『ノマドランド』と作品賞争い二択というくらいに評価されている映画ということで近所のシネコンに行ってみることにした。『ノマドランド』は一日2回の上映だったのだが、『ミナリ』の方はレイトショー1回だけということ。まあディープ埼玉の辺境にあるシネコンの文化状況なんてこんなものである。まだ上映されているだけマシという見方もできる。

 でもってまずチケット購入するときに席を指定するのだが、窓口の女の子曰く「今ならどの席でもOKですよ」と。真ん中あたりを指定して入ってみるとこれである。

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 ほぼ貸し切り状態。これって去年『パラサイト』を観た時と同じ状況。その時は上映間際に駆け込みで数人入って来たんだけど、今回は最初から最後までこの状態。完全な貸し切り状態。これって自分が観なかったら多分上映取りやめてるんだろうなと勝手に想像してみた。それを思うと自分のために電気代使って、従業員は後で清掃とかするのだろうしとか、まあいいか。

映画『ミナリ』公式サイト

 映画は韓国人もしくは韓国系アメリカ人による韓国移民のお話。80年代、アメリカ中西部アーカンソーに移住した韓国系移民家族5人の苦闘する日々を描いたもの。まずアーカンソーがどのへんかというと本当にアメリカのど真ん中、北にミズリー、南にルイジアナ、東にテネシーミシシッピー、西にオクラホマとテキサスである。ディープなド田舎といったところだ。

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 映画の中でも収穫した農作物の出荷先としてダラスとかオクラホマシティといった地名が出てくるのもこういう地図をみると納得できる。
 ストーリーや内容とかそのへんはウィキペディアや以下のサイトが詳しい。

ミナリ - Wikipedia

映画「ミナリ」地味なのに全米で大ウケの真因 | 映画・音楽 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 感想としてはとにかく良そう以上に面白かった。単に韓国系移民の苦労話というだけでなく、移民国家アメリカの実相が描かれている。しかもそれが西部開拓時代とかでなくレーガン政権時代という1980年代という割と至近の時代設定というのが効いているように思えた。アメリカは移民国家として成立したというだけでなく、現在も構成中というか国の形成が現在進行形の国なのである。移民の苦労というの例えばイタリア系移民の『ゴッドファーザー』や東欧系移民の『天国への門』のような過去の話だけではないということだ。

 さらにはアメリカに根付いたキリスト教文化の寓意にも溢れている。単なる韓国人たちの一かの家族映画ではないアメリカに移住した移民たちの普遍性もしっかりと描かれている。このへんが多分アメリカで話題になっていること、アカデミー賞でも数部門にノミネートされ批評的に高評価を得ている理由かもしれない。

 そうした点はおいといてもまず映画として面白い。天候に左右され、収穫しても買い取り先に苦労するなど、けっこうシビアな生活の描写でも、ユーモアや逞しいバイタリティとともに描かれているため悲惨な印象がない。こういう映画にありがちな社会告発型やこの悲惨さから目を背けてはいけない型の訴求をしていない。日々の生活が子どもの視点、夫婦の視点から綴られながらも、ダレることなく淡々と描かれていく。

 また役者陣も夫役の韓国系アメリカ人の主演スティーヴン・ユァン、韓国の女優として出演した妻役ハン・イェリもそれぞれ好演している。さらに祖母役のユン・ヨジョンもその演技からアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、最有力候補の一人となっている。さらには子役の二人アラン・キム、ノエル・ケイト・チョーも好演している。

 出来のよい子役がいるだけで、ある意味映画はその映画の出来以上に評価されたりするし、子役が大人の俳優を食ってしまうこともある。この映画にもそういう部分がないでもないが、子役の視点、大人の視点がうまく分かれて描かれているのである部分破綻もない。

 役者の評価としてはスティーヴン・ユァンとユン・ヨジョンの二人が最高評価を与えられていて、それぞれアカデミー賞の主演男優、助演女優にノミネートされているが、個人的にはハン・イェリの演技もかなりポイントが高い。彼女が助演女優でもいいのではと思えるくらいだ。

 今週は同じ映画館でフランシス・マクドーマンドの『ノマドランド』と続けてこの映画を観た。『ノマドランド』は中国人女性監督クロエ・ジャオが演出しており、去年の『パラサイト』に続いてアジア系のハリウッド進出と話題にもなっている。多くの識者の評では『ノマドランド』の重厚感が圧倒しているというが、映画としての面白さという点ではどうだろう、自分は『ミナリ』の方が楽しめたように思う。芸術性や映像作品としての完成度といった視点もあるが、映画の総合芸術を構成する中には当然娯楽性という部分もある。

 『8 1/2』と『道』や『アマルコルド』のどちらを取るか、『市民ケーン』と『第三の男』のどちらが名画か。映画史的な評価では前者であっても、面白さという点では後者になるのではないかと。ちょっと比較がシンドイかもしれないが、より楽しめるのは『ミナリ』だと思う。

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ティーヴン・ユァン

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ハン・イェリ

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ユン・ヨジョン

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アラン・キム