シルバーウィークは墓参り

20日は妻の実家の長野へ行き墓参りをしてきた。志賀高原の麓に位置するその当たりの風景は、おそらく自分がそこを訪れるようになってから、すでに25年くらいの年月を経ているのだが、風景はあまり変わらずという風である。山があり、一面広がるリンゴの樹園がの風景。妻にとっては常に変わらぬ故郷の原風景なのかもしれない。などと数時間の滞在ながら、すでに故郷を喪失している見にはなんとなくそんな思いを抱いたりもする。
その日は、義理の弟の家に泊めてもらいもらう。しこたま美味い酒を御馳走になったが、翌日ひどい二日酔いに。かくも盛大な二日酔いも久々のことだった。
22日は自分のほうの墓参りにいく。こっちのほうもほぼ一年ぶり。神奈川の山奥、相模原というか愛川になるのか、とにかく山の斜面を切り開いて造成した霊園なのだが、ここの風景もほとんど昔と変りない。父が死んだのが1986年、その翌年に作った墓なのだから、もう30年近く前になるのだ。とはいえ神奈川では郊外でもどんどん宅地化が進んでいるから、こんな山の中でも少しずつ風景に変化はあるようだし、道路も格段に良くなっていはいる。
今回の墓参りには久々、兄を連れていった。彼が墓参りするのはたぶん20年ぶりくらいになるのか。私と車椅子の妻とだいぶくたびれて老人となった兄の三人で淋しく焼香し、手をあわせる。今、うちの墓に入っているのは父とこれも亡くなって20年近く建つ祖母の二人である。帰り際に、次ここに入るのは誰だろうねと冗談めいて言う。一瞬の間をおいてから兄が、「順番から言えば俺だろう」と答える。中年、老年となった兄弟にとっての墓参りは本当に淋しい。