介護生活的日曜日

前夜4時過ぎまで起きていて8時に起床。目玉焼き、ウィンナなどで簡単な朝食を作る。娘は8時半頃にスイミングへ。こっちは9時半頃にアポを入れておいた車の安全点検のためディーラーへ。オイル交換込み、おまけにタイヤのはき替えもサービスでやってくれるので年に二回のディーラー通いは止められない。
車をディーラーに預けて、その間にドラッグストアへ行き妻のやけどの治療のためのガーゼやら包帯やらを買い捲る。包帯止めを必要としない包帯などバリエーションは増えたけれどけっこう高いなとも思った。包帯一個が400円近くするのだから。11時過ぎに点検終了。帰りにスーパーで食材を買い物。そのまま帰ろうかとも思ったが、ちょっと足を延ばして行き着けの花屋へ行く。日輪草とペチュニアなどを五つくらい購入。
家に帰ってすぐに家の前の小さな花壇の植え替えをする。今植えてあるのは冬用のパンジーなど。まだ花咲いているのを惜しげもなく引っこ抜き、買ってきた日輪草などと植え替えた。
1時過ぎに昼食を作り三人で食べる。と、ここまでは普通の休日の午後的だったのだが、食事の後妻はトイレが間に合わず、トイレの中で大をもらしてしまった。下ろしかけていたジャージや下着などがかなり広範に汚れてしまった。とりあえず用が全部終わるまで待ってから、妻をすぐに風呂場に連れていき、ジャージ、下着類をすべて脱がし、シャワーをかけて下半身を洗う。そのまま風呂場に妻を置いておき、トイレの中を清掃。風呂場に戻り、妻を促してリビングまで連れて行き着替えをさせる。それからまた風呂場に戻り衣類に着いた便を洗い流してから洗濯機に入れて洗う。
もうこういうのは仕事だと思って割り切る以外はないんだと自分に言い聞かせながら事務的に作業を行っていった。少なくともこの時は妻を怒ることはなかった。頭の中で「これが介護生活」、「これが介護生活」と自分に言い聞かせていたような気がする。
一段落してから買い物に行こうということになった。妻はその前に洗顔フォームで顔を洗いたいという。今はいいよと言うと一人でやってみたいからというので、入院の初期の頃、食べこぼしがあっても大丈夫なようにと利用していたエプロンをさせて完全武装状態にした。厚く包帯を巻いた左腕のやけどの部分を濡らしたくないと思い、妻にはよく注意をするように言ったのだが、ちょっと目を離したとたん、左腕をシンクの中に入れて替えたばかりの包帯を水でぐしょぐしょにしてしまった。
さすがに今回はちょっとまいった。どうしてわざわざ左腕をシンクの中に入れてしまうのか。とりあえずびしょ濡れの包帯を取り、やけどの部分を消毒して、抗生物質の軟膏を塗り、ガーゼで覆ってから新しい包帯を巻きなおす。それからきびしく妻をおこってしまった。どうしてこういうことをするのか、注意障害が全然改善されていないのではないか、こんなことが続くようだと、家で生活をしていくのは難しいから、どこか療養型の病院を探してまた入院生活になる、などなど。退院してわずか二日できれてしまう自分も嫌になる。やっと退院してきたばかりの妻に対してどうして寛容になれないのかとも。でも、病院に見舞いにいくのとは違い、家で妻と生活をしていく場合、妻がしでかすことの後始末はすべて自分が行わなくてはならない。正直いうと、妻と娘の食事を作ったり、食器を洗ったり、洗濯したり、掃除をしたりといった日常的家事仕事だけでいっぱいいっぱいのところがある。それにプラスしてやけどの消毒、軟膏を塗りなおして包帯を巻くのを一日に二回。さらに一日おきに入浴をさせなくてはならない。なんか気がつくと、家事だけで一日が終わってしまうかのような休日。
妻が退院してわずか二日しかたっていないのに、恐ろしく磨り減っている、余裕のない自分を見つけてしまったような気分だ。