医師との面談(4回目)

 入浴後しばらく病室で妻と話していたが呼ばれる気配がないのでナースステーションの前で医師が来るのを待つことにする。しばらくして医師がエレベーターから出てくる。すぐにナースステーションに呼ばれる。妻が自分も同席を希望すると意外にもOKということで、医師と三人で面談する。ほどなくして担当看護師も席につく。
 医師からの説明は以下のとおり。

1.状態について
 全体的によくなっている。12月の最初の入院時に比べれば見違えるような回復ぶり。
2.身体の状況
 左足の機能回復は予想以上によくなっているが、左腕は現在のところでもほとんど機能回復はみられない。このまま障害が固定される可能性が高い。
3.リハビリの目標
 一人での全自立は難しいが、車椅子と歩行の併用を目指す。当面はベッドから車椅子、車椅子からベッドへの移動を完全にこなせるように指導する。補足として担当看護師から、まだ車椅子のブレーキの掛け忘れなどが頻繁にあるとの指摘もあった。
4.高次脳機能障害の影響について
 片麻痺がある程度回復して歩行等が可能になっても、注意障害が改善されない場合、一人で自宅に置いておくことが難しいのかというこちらからの質問に対して、片麻痺と注意障害を別個のものとは考えるのではなく、連関したものと位置づけるべき。治療計画上も同列に考えている。
5.退院後自宅で一人で置くことは可能かどうか
 介護保険サービス等を利用すれば、半日程度なら一人でも生活は可能だろう。
6.退院の時期について
 しばらくこのまま様子を見る。期間は約二ヶ月。5月末に退院ということで進める。4月中旬に再面談を行うので、そこで退院に向けてのスケジュールを明確にする。その間に自宅に戻る場合は、介護保険のケアプランや自宅改修等の準備を行うようにすること。
7.身障者手帳の申請について
 時期的にはそろそろ行っても良い。申請用の診断書等を用意すれば作成するとのこと。

 正直にいって、よくて一ヶ月、場合によっては半月程度での退院を勧められると考えていたので意外というか予想外な申し出だった。こちらとしては、改正介護保険法の影響でケアマネもすんなりとは決まりそうもない状況の中での退院準備はかなり悪戦苦闘することが予想されていたことや、妻がせっかくここまで回復してきているので、生活向上訓練を中心としたリハビリを集中して一〜二ヶ月行えればと思っていたところだ。医師からの二ヶ月入院リハビリが出来るというのは、渡りに船というかほとんど望外な部分さえあったので、有難くお受けした。
 医師に対してはこちらも妻がせっかくここまで回復してきた以上、もう少し集中してリハビリを行わせたいと思っていたこと、その場としては環境面、スタッフの充実度からも国リハよりも良い施設、病院は考えられないとさえ思っていたので、ここでお世話になれるのはとても有難い旨を話した。医師は他にも整った環境の病院はいくらでもあるとは話していた。
 最後に、基本的には5月末の退院後は自宅で生活させるつもりでいるが、場合によっては転院も選択肢として考えていることを話した。ただしその場合も療養型の病院ではなく、集中してリハビリを行える場所を考えていると話すと、医師はここの後にいくとなると療養型の病院になるだろうと言う。そこで病院よりも生活更正施設のような、例えば上尾の県リハのような場所をあげてみた。すると更正施設という選択肢は考えていなかったなと医師は正直な感想を口にした。そのうえで、もし更正施設を考えるにしても一度自宅に戻って生活を検証してから考えても良いのではないかとのことだった。
 妻はずっと医師と私の話を横で聞いていたが、入院期間が後二ヶ月もという話があったところでは、「え〜」と声をあげた。11月の発症以来ずっと入院生活を続けている妻としては、とにかく一日も早く家に帰りたいというところなのだろう。医師は妻に向かっても、「もう少し頑張ってみて下さい」と優しく声をかけてくれた。私も妻に対しては「二ヶ月っていっても長いようで実は短いよ。とにかくせっかくのチャンスなんだから、リハビリ頑張って集中してやっていこう」と話した。妻はしぶしぶながら納得したようだった。
 妻の脳梗塞の再発について聞いてみた。幾つか読んだ文献でも、脳梗塞の患者の再発率はかなり高いということを聞いていたためだ。医師は妻の場合は、原因不明の脳梗塞であるから特に薬等の処方は考えていないと述べた。原因としては、けっこう仕事をされていたようなので、疲労等による影響もあるかもしれない、そういうものが原因の発症もありえますからと述べたうえで、とにかく規則正しい生活を続けることくらいでしょうとのことだった。
 最後に妻の脳梗塞の大きさ(右脳の三分の二をやられている)から、当初歩行は難しいとのお話をいただいていたが、この病院の治療、訓練の結果、杖歩行までくることが出来たことにも感謝を述べた。それに対して医師は、「奥さんの梗塞巣の大きさでは歩行までは無理だと思えたが、予想以上の回復ぶりだと思います」とのことだった。
 とにもかくにもこちらが考えている一番良い方向で物事がすすんでいっている。有難い、本当に有難いと正直に思った。国リハという自宅から近くて、整った環境の中で妻が治療、訓練を続けることが出来るというのは有難いことだ。12月にこの病院を訪れた時に、ここでは入院期間は3ケ月ですときっぱり言われていただけに、常に転院のことが頭から離れることはなかった。推測するに、ようは一回の入院期間が3ケ月ということなのだろうと思った。妻の場合、2月に頭蓋形成術のため国際医療センターに転院して3月に再転院してきた。そのため12月から2月までの入院期間は加算されず、3月からの3ケ月ということになったのだろう。
 担当のK医師は相変わらずぶっきらぼうな態度ではあったが、いろいろと患者のことをよく考えてくれていることがわかる。国リハという病院の神経内科医師を担当されているのだから、常日頃から脳損傷の身障者を相手にしている。その中でK医師は患者に対して極めて優しい眼差しをお持ちのようだとは常々感じていた。患者の家族に対しては単刀直入な物言いをされるが、患者に対しては極めて優しい対応をされている。妻が手術の際に転院する時にも朝早い時間帯にも関わらず病室に訪れ声をかけてくれたりもした。この人は患者のことを第一義に考えているのだとは思った。その分患者の家族に対しては逆に辛らつになる部分もあるのだろうとは思った。国リハという整った施設環境の中で、こういう良き医師がいることは患者にとっても心強いところだとは思う。この病棟のもう一人の神経内科医である女医のM医師にしろ、また看護師たちにしろ、ここはとても良質なスタッフが揃っていると思う。
 もちろんK医師にも弱点はあるとは思う。話が要点を単刀直入すぎて説明不足と思える部分がある点だ。国際医療センターのO医師のように、おそらく手術としては比較的簡単な妻の頭蓋形成術にもA42枚にわたる説明書を用意するような、徹底したインフォームド・コンセントとは対極にあるとは思う。とはいえ患者とその家族にとって、どちらが良い医師かといえば、断然K医師に軍配があがりそうだ。治療方針、治療後の転院方針等についてより明確なのはK医師だし、診断書もすぐに作成してくれる。
 そういえば医療センターのO医師は転院して20日以上経つのに預けておいた保険会社提出用の診断書をまだ書いてくれない。先週電話したところでは、少しずつ書いているがまだ終わっていないという。おいおい、診断書は原稿用紙20枚とかではないぞ。書くのは病名、手術、経過など、およそ文字数にしても50字くらいだ。インフォームド・コンセントに優れ、また手術の技量に優れていても、これでは台無しだ。電話口でO医師は診断書の遅れについて、大変恐縮しておられた。このへんの腰の低さ、優しい物言いはこの人の性格的の良さそのままなのだろうけど、とにかく早く診断書を仕上げてもらわないと困る、困る。
 でも、44歳にして脳梗塞を発症するという不幸に見舞われた妻ではあるが、とりあえず治療してくれる医師には恵まれているとはつくづく思う。国リハのK医師はもちろんのこと、医療センターのO医師にしてもだ。さらにいえば、看護スタッフ、看護師の方々も優秀な方ばかりだとずっと思っている。患者としての妻は、少なくとも人には恵まれているんだ。
 国リハの看護師が優秀で勉強家、研究熱心であるということは何人かの人から聞いている。妻についている看護師にしろ、病棟の他の看護師にしろ、実に勤勉だと思うし、病状やリハビリについてもこちらの質問に対しては小気味よいほど適切な答えを提示してくれる。K医師との面談の後にも同席した担当看護師がいろいろと補足説明をしてくれた。
 国リハのHPを見ると研究業績発表等もUPされている。そこには見知った看護師の名前が何人も見受けられた。忙しい勤務の合間にこうした研鑽をされているということが伺える。国立病院機構という環境の中で良質なスタッフが揃っているんだなとも思った。
http://www.rehab.go.jp/achievements/japanese/index.html