『シンドラーのリスト』

 あいも変わらずスピルバーグの旧作を観続けている。『シンドラーのリスト』は実は初めて観るのだが。それにしてもテーマがテーマだけにとにかく暗い。うつうつとなる内容だ。ホロコーストという人類の恥辱ともいうべき事実を素材にしているのだから、モノクロの映像も含めてとにかく陰々欝欝という映画だ。
 ナチス・ドイツの時代に1200人ものユダヤ人を救った実業家オスカー・シンドラーを描いた作品。スピルバーグにしてはテンポがゆるい。そしてこの映画長すぎるな、途中少しだれた。スピルバーグの映画作りはテンポがあってという印象だったが、この映画にしろ『カラー・パープル』『AI』など所謂文芸大作ものはとにかく長い。長いとどんなに名作であってもだれる。良い映画は基本的には2時間、みたいな感があるのだがどうだろう。
 この映画、とにかく悲惨なシークエンスが続くのだけれど、さすがにスピルバーグだ。最後のシーンで観客を救ってくれる。戦争が終わり、解放されたユダヤ人を前にしてシンドラーが別れを告げる。そのときに彼はもっと救えた、車を売ればあと二人、ナチス党員の純金のバッチを売れば、もう一人救えたと泣きくずれる。彼を取り囲むユダヤ人たちは、みな「あなたは沢山の人間を救った」と語りかける。この場面では不覚にも落涙した。まさしくスピルバーグらしい泣きのシーンを最後にもってきたなと、ほとんど見え見えなのに、それでもやっぱり泣いてしまう。このラスト・シーンでこの映画は救われている。そして陰惨な映画を観続けてきた観客をも救う。さすがスピルバーグだなと感心しました。
 それにしてもナチス・ドイツは、ヒトラーは、よくここまでやったよと思うくらいに究極の冷徹な政治行動に出たねと、つくづく思う。人が人を、なんのためらいもなく存在を否定、抹消する。そういう究極的な行為をいかに戦争とはいえ行い得るということ、そういうことを我々は心に焼き付けておかなければならないんだろうと思う。ホロコーストと同時代に日本人は中国で戦争の名のもとに残虐の限りを尽くしたわけだし、第二次大戦以降であっても我々は例えばカンボジアだのなんだのと大量虐殺の歴史を繰り返しているわけだからね。
 と、こんなことを思っている時に、百人切りは事実無根とする訴訟が行われているということを新聞記事で知った。百人切りっていうのは、第二次大戦の最中に、中国に進軍した日本人将校二人が北京に侵攻するまでに敵をどちらが先に百人切るかを競ったという事件(あえて事件と書きます)についてのことです。これが戦意高揚のためにでっち上げられた新聞記事によるものだとして、この二人の将校の遺族がこの記事を書きたてた新聞社を名誉毀損で訴えているということらしい。ちなみこの二人の将校は戦後、連行されて中国で戦犯として死刑になったらしい。さらにこの遺族を支援しているのが、最近元気に跳ねている例の自由主義史観の連中、所謂ウヨの連中のようだ。
 なんか一方で『シンドラーのリスト』みたいな映画があるというのに、この国はなにをやっているんだろうね。百歩譲ってこの将校が百人切りをしていないとしても、こいつらはある意味なんのためらいもなく中国人の何人だか何十人だかを殺していることはまちがいないわけだし、そのうちの何割かは多分非戦闘員だったはずなんだ。この時代の戦意高揚のためのスターに祭り上げられたのかもしれないけど、そうであれば戦争犯罪の象徴的存在として戦犯に処せられていたしかたないんじゃないと思うがどうだろう。
 自由主義史観の人々はナチ・ドイツのユダヤ人虐殺も戦争中の戦闘行為だからいたしかたないとでも弁護するのかな。彼らは事実を問題視して、やれ南京大虐殺はでっちあげだのなんだのというけれど、それじゃ日本軍は戦争中、中国で中国人を戦闘行為以外では一切殺しちゃいないのかね。所謂非戦闘員は一切殺害していないというのかな。『シンドラーのリスト』の中で残忍な強制収容所の所長がなんの意味もなくユダヤ人をいきなり射殺するシーンが何度もでてくる。あれに匹敵する行為が戦争中いくらでも行われていたんじゃないかと私は思う。だからこそ日本人はあの戦争から学ばなければならないし、二度とあってはならないことと肝に銘じていかなければならないんじゃないかと思う。それをウン十万人の虐殺は事実ではないとか、数の問題とかで詭弁を連発するのはおかしい。
 もちろん日本人の非戦闘員もたくさん死んだ。広島、長崎はある意味でのホロコーストでもある。でもね、あの戦争では日本人は圧倒的に加害者だったわけだ。日本人から受けた迫害、残忍な行為、そういうことを中国人、朝鮮人が忘れないのは当たり前だと思う。ユダヤ人がけっしてホロコーストを忘れないように。
 『シンドラーのリスト』みたいな映画を観る時、絶対に忘れてはいけない視点、それはあの映画で描かれる残忍なナチス・ドイツの軍人たち、あの絶対悪みたいな存在の側に日本人がいたという視点だと思う。
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