プロメテウスの罠〜原発事故をめぐる米政府の対応

正月明けの朝日新聞は矢継ぎ早にショッキングな記事を一面に持ってきている。
ま1月3日一面で始まった「プロメテウスの罠」の新シリーズである。

「米が懸念」極秘公電
〈プロメテウスの罠〉日本への不信1
1本の極秘公電が、2011年3月14日深夜から15日未明にかけ、米・ワシントンに駐在する駐米大使の藤崎一郎(ふじさきいちろう、65)から外務省に届いた。
福島第一原発事故が起きて3日後。自衛隊ヘリによる原発への空中放水を、日本政府が決める前だ。
公電には、米軍トップの統合参謀本部議長、マイケル・マレンが藤崎に強く迫った文言が並んでいた。
公電はA4判の日本語の横書きで、右上に「極秘」のゴシック文字。公電には普通電・取扱注意・秘・極秘の4段階があるが、その最高レベルだ。
左上には「電信」の太字があり、上部に保存期間、文末には限定された配布先が列記されていた。電子データで送られ、印字すると透かし文字で閲覧省庁や通し番号が出る仕組みだ。
機密を漏らした場合、国家公務員法違反に問われる可能性があるため、表立って公電について認める政府関係者はいない。
打電した本人の藤崎は、昨年11月末に退任した。取材に対し、公電の存在自体を認めていない。首相として報告を受けたはずの菅直人(66)は「覚えていない」と答えた。
公電に接した複数の人物に朝日新聞が取材し、具体的な証言を得た。浮かび上がってきたのは、日本政府に対する米側のいらだちだった。
マレンはホワイトハウスに常時出入りし、大統領と直接やりとりする立場だ。そのマレンが「日本は何をしているのか」と厳しく問いただしていた。米国は、日本政府が事故対応を東京電力任せにしている、とみていた。
14日午前、第一原発では1号機に続いて3号機が爆発していた。午後には2号機が、冷却困難に陥って炉の圧力が上昇した。
しかし、マレンの危機感は4号機に集中していた。原発の冷却に自衛隊を使え、ということにまでマレンは言及していた。
「米軍は4号機が危ないと考えている。自衛隊などを使って、あらゆる手段で冷却するべきだ」
4号機の核燃料プールには、1〜3号機に比べて圧倒的に多い1535体の核燃料が入っている。プールの水がなくなるとメルトダウンが始まり、膨大な放射能が飛び散ってしまう。影響は日本全土に及ぶ。
「米国は、原発事故について、あらゆる準備がある。大統領は非常に心配している」ともあった。
マレンは「大統領」と表現していた。米軍だけでなく米国そのものが懸念している、ということだ。
外務省は、この公電を首相や関係省庁に閲覧制限をかけて回した。コピーは禁止された。
極秘公電から数時間経った15日午前6時すぎ、マレンが懸念した4号機が爆発を起こした。2号機の圧力計も異常値を示した。
午前7時、米軍が今も非公表とする緊急事態が起きる。
第一原発から約300キロ離れた米海軍横須賀基地で、放射線量の増加を告げる警報が鳴ったのだ。米軍はただちに基地内の女性と子どもを退避させた。
米海軍は、原子力空母を保有するため、放射線量の安全管理が厳しい。検知された放射能は、福島から飛散してきたと推測された。
横須賀基地の異変はすぐに、米軍を統括する国防総省国務省に伝わった。
原発がさらに悪化すれば、東アジアの重要拠点である横須賀基地が使えなくなるかもしれない。知らせを受けた米政府で焦りが広まった。
ワシントンは、原発処理に挑む姿がみえない日本に見切りをつけようとしていた。(板橋洋佳、野口英文)

福島第一原発事故の初動対応に際して、日本政府と米国政府のそれには極端な温度差があった。原発事故に対する危機感、対応、ようは国家の存亡に関わる危機意識を持っていたかどうかということに尽きるのだろう。今回のシリーズはそうした外交、安全保障といった国家の深層部分に肉薄するようなルポになるのかもしれない。
でもなんとなくだが結論というかある種の回答は出ているのだと思う。もちろん現在の自民党政府によるこの種の問題提起への公式回答ははっきりしている。原発事故への初動対応の失敗は、米国に不信を抱かせる稚拙な対応に終始したのは、すべて前民主党政権の失政によると。当時の首相菅直人を無能呼ばわりし続けたのが現首相安倍なのだから、それがたぶん一番適切な回答になる。
実際、あの時の民主党政府の対応は後手後手に回ったし、稚拙そのものだった。なぜもっときちんとした対応がとれなかったのか。すべては当時の政府首脳の能力のなさ故のことだったということなのだろうか。
いくつかの文献や当時の事故対応の動きを時系列で見ていけば、まあ普通にその答えは出てくると思う。結論的にいえば、ようは何の準備も出来ていなかったんだよね。「原発安全神話」に原子力ムラの連中は自家中毒を起こしていた。原発は安全だ安全だと言い続けていないと、国策事業として推進できなくなる。だって本当は危険きわまりないし、いったん今回のような事故が起きたときは、その被害、影響はあまりにも甚大になる。だから事故はありえない、原発は安全であると言い続けてきた。
原発は安全だから、事故なんか起きっこないから、当然安全対策なんかほどこす必要もない。事故が起きたときの対処方法だのマニュアルだのを作る必要性もない。原発事故、特にシビアアクシデントが起きたときに必要になる法規の整備なども行なわなくてもいい。だって原発は絶対安全なんだから。結局これがすべてだったのだろう。
だから3.11の震災とそれに続く津波により全電源喪失という事態に至っても、専門家と称する人々も監督官庁経産省の官僚たちも何をしていいかわからなくなった。特に経産省の役人どもは初動三日間くらいはほとんどシェル・ショックみたいな状態でまったく機能していなかった。
菅直人や当時の政府首脳の多くの証言にあるように、事故直後に政治家が専門家や官僚たちに意見を求めてもなにも回答がでないままだったというのは、政治家の自己保身による虚偽なんだろうか。政府首脳が電源車の調達にあちこち電話して回ったという事実に対して、政治家がそんなことをしているから事故対応がうまくいかなかったとの批判があった。でも実はそんなことすら対処できないほど、官僚たちはまったく機能していなかったということなんじゃないのか。
一方で東電はどうか。イチエフ現地の東電職員たちの決死の努力により、事故は最悪の状態を逃れたというのが、さながら東電史観のごとくに喧伝されている。当時の所長吉田昌郎以下3月15日前後に居残った50数名だかを美化する話もよく出てくる。でも彼らが全電源喪失時にやっていたのは、車のバッテリーを持ち寄って繋いでみたいな笑い話にもならないようなことだった。ようはまったく事故への対処方法とか準備していなかったのだ。
電力会社も何の準備もしていない。経産省も学者も、みな一様に原発は絶対安全だからと何の対策も準備もない。当然、安全保障上の問題も何も想定してない。原発の深刻な状況が起きたときに自衛隊を出動させるための関係法規も整備していない。広範囲に数十万、場合によっては数百万の一般市民を避難させるための超法規的措置をどうするのか、すべて先送りどころか、検討すらしてこなかったのではないのか。
なぜ、原発は絶対安全だからと。もしもシビア・アクシデントを想定してそうした関係法規の整備とかを進めたりすれば、そんな危険なものを推進する必要があるのかという声が出る。だから一切思考を停止したということなんだろう。
あの事故が起きた当初、さかんに使われた「想定外」という言葉は、まさに文字通りの意味だったのだ。誰も彼も原発は安全だという言葉に酔っていた。だから事故が起きたとたんにすべてのことが想定外になってしまったということなんだ。
そしてそういう原発の国策事業を進めてきたのが、現政権=自民党政府だったりもするわけだ。彼ら安全保障と原発の兼ね合いを、たぶん今回の事故によって米国に生じた同盟国への不信感を、そうしたものにどう落とし前をつけるのだろうか。