午前中、Blueskyのタイムラインを見ていたら、なんとなくブライアン・ウィルソンについてのポストがいくつか流れていた。ひょっとしたらとググってみると、やっぱりかとなった。
ビーチ・ボーイズのリーダー ブライアン・ウィルソンさん死去 82歳 | NHK | 訃報
とはいえかなり前から精神疾患を抱え、その容貌は明らかに病気の相だったし、なんとなく遅かれ早かれみたいな部分も思っていた。82歳という年齢、これは致しかたなしかと思ったりもする。
しかしここ数年、彼についてのドキュメンタリーなどもけっこうでている。そしてアメリカン・ロックを築き上げてきた偉大なミュージシャンとして、ずいぶんと評価されている。人によっては、ビートルズのジョン・レノンやポール・マッカートニーに匹敵するサウンド・クリエイターと評していたり。『ペット・サウンズ』はロック史に残る名盤であり、それをほぼ一人で作り上げたということで、なんとなく彼は神格化されてしまったような気もする。
正直にいうと、自分はあまり熱心にザ・ビーチ・ポーイズを聴いていないかもしれない。とはいえ小学生の頃から、ビートルズを聴いていた影響もあり、割と早い時期から彼らの音楽を耳にしていた。同時代というわけでないにしろ、少し遅れてくらいにはヒット曲を聴いていた。そして20代になってからは、ベスト盤から始まり、何枚かのアルバムも聴いた。基本ミーハーなので、彼らのベスト盤をダビングしたカセットを車で聴いたりもした。山下達郎がブレイクする以前、夏といったら基本的にザ・ビーチ・ボーイズだったんじゃないか。
ザ・ビーチ・ボーイズのヒット曲、『I Get Around』、『Fun, Fun, Fun』、『Surfin’ U.S.A.』といったロックンロール・ナンバーは心躍らせるものがあった。さらにはミディアム・テンポの『California Girls』などなど。彼らのサウンドはコーラスに支えられている。でもそれは彼ら独自のものじゃないなとは思っていた。たぶんそれは10代の頃からロックやポップスと並行してジャズも少しずつ聴きかじっていたからかもしれない。
ザ・ビーチ・ボーイズのコーラスのスタイルは、たぶんジャズ・コーラスのフォー・フレッシュメンのそれだと思う。たぶんそれは多くの人が指摘しているし、本人たちもフォー・フレッシュメンの影響を口にしているはずだ。ある時期、集中してフォー・フレッシュメンを聴いていた時期に、ザ・ビーチ・ボーイズはフォー・フレッシュメンがエレキギター抱えてでてきたようなものかなとか、適当に思ったことがあったけど、たぶんそれって間違いじゃないと思う。
これを8ビートで、エレキギターでやるとザ・ビーチ・ボーイズになる。初期のザ・ビーチ・ボーイズってまさにそんな感じだっただろうか。
そしてもう一つ、彼らのスタイルはウェスト・コーストの大学生のファッションを踏襲しているように思った。
髪はクルーカット的に短くないけど、ボタンダウン・シャツにコッパン。これって当時のカリフォルニアの高校生、大学生のスタイルだった。そしてロックンロール以前に西海岸の学生たちが聴いていたのは、たぶんクール・ジャズだったんじゃないだろうか。チェット・ベイカーやジェリー・マリガン、デイヴ・ブルーベック・カルテットなどなど。
そんな思いを強くしたのはバド・シャンクの『ベアフット・アドベンチャー』を聴いたときだ。それはサーフィン映画のサウンド・トラック盤として作られたもので、まさにウェスト・コースト・ジャズ、あるいはクール・ジャズそのものだった。
大昔、多分小学生の頃によくアメリカで作られたサーフィンを記録した映画がテレビでも放映されていた。たいていそれらのバックに流れるのはロックンロールであり、まさにザ・ビーチ・ボーイズだった。でもその前はサーフィンのBGMはジャズだったのかとそんなことを思ったりした。
ザ・ビーチ・ボーイズはウェストコーストの若者たちの文化、クールスタイルの中から生まれてきたのかもしれないと、そんなことを思ったりした。
もう一つ、ザ・ビーチ・ボーイズというとイコールブライアン・ウィルソンのごとく取り上げられることがある。でもひょっとすると他のメンバーたちがあまりにも過小評価され過ぎていないだろうか。ブライアン・ウィルソンのファルセットボイスは天使の声と評されるけれど、同じファルセットとしていえば三男のカール・ウィルソンの方が安定していてよく通るような気もする。
そしてサウンド面、メインのヴォーカルとして、グループを牽引していたのは、実はマイク・ラブだったはずだ。ブライアンは途中からツアーに不参加だったし、バンドを脱退した時期も長かった。その間、バンドはマイク・ラブが中心だった。サウンドクリエイター、プロデューサー面でのブライアン・ウィルソンと、演奏者、パフォーマーとしてのザ・ビーチ・ボーイズのメンバーとしてのそれは少々乖離していたかもしれない。それをマイク・ラブやアル・ジャーディン、カール・ウィルソンが埋めていたみたいなことはなかっただろうか。
そもそもザ・ビーチ・ボーイズのスタイルを体現していたのは誰か。たぶんルックス面でいえば、まちがいなくウィルソン三兄弟の二番目デニス・ウィルソンだろうか。精悍な顔つきで、たぶん見た目でいえば間違いなく一番人気があったはずだ。長兄ブライアンや三男カールはややぽっちゃりしていて、どこかオタクみたいな様相だ。たぶんに絶対にモテないな。さらにザ・ビーチ・ボーイズといえばサーフィンだが、実際にサーヴィンをやるのはデニスだけだったらしい。おそらく女性ファンの人気という点ではデニスとマイク・ラブ、そしてアル・ジャーディンがフロントラインだったのではと、思ったりもする。

全盛期の5人の画像、後列左がカール、真ん中がマイク・ラブ、右がブライアンだ。そして前列左がデニス、右がアル・ジャーディン。まあ見た目はやっぱりデニスだろうな。そしてデニスは一番早くにヨットから落ちて溺死してしまう。1983年、彼は39歳だったとか。さらにカールは1998年に肺がんで亡くなっている。51歳だったとか。精神疾患やドラッグ中毒などでとても長生きできそうになかった長兄ブライアンが82歳まで生き残った。そういうものか。
そして残ったのはマイク・ラブとアル・ジャーディンの二人になってしまった。
でもって、結局なにが言いたいかといえば、ザ・ビーチ・ボーイズはブライアン・ウィルソン一人によって成し遂げられたグループではなく、ウィルソン三兄弟とマイク・ラブ、アル・ジャーディンのグループ・サウンドだったんだろうなと、そういうこと。残るのはマイク・ラブとアル・ジャーディンだけになってしまった。そしてまた20世紀が遠いものなってしまった。
ブライアン・ウィルソンのご冥福を祈ります。