やや旧聞になってしまうけど、6月8日の朝日の朝刊記事。
40代でマンションを購入した男性が定年後にローン完済の目途が立たずに、マンションを売却することを決断したという。
記事は「40歳を過ぎて住宅ローンを組む人の割合が増え、平均返済期間は28年、70代以降も返済が続く人も多いと紹介している。そしてリストラや介護などの想定外の事態で「住宅ローン破綻」に陥る人も多いとしている。ここで記事となった方はまさに「住宅ローン破綻」の典型例である。
試みに記事で綴られたこの方の辿った道筋を時系列で追ってみる。別に興味本位とかそういうことではない。なぜならこの人の人生はひょっとしたら、自分が辿った道筋だたかもしれない。そして今、60代で持ち家があり、ローンを抱えている人、あるいはようやくローンを終えたどの人にもあてはまる人生だったかもしれないからだ。
| 西暦 | 年齢 | 事項 |
| 1962 | 0 | 誕生 |
| 1985 | 23 | 機械部品メーカー就職 |
| 2002 | 40 | 4500万のマンション購入、借入4000万、35年ローン、当初10年間優遇金利0.5%、毎月返済額10万3834円 |
| 2008 | 46 | 長男私立中学進学、リーマンショックで会社の業績悪化、ボーナス激減。退職金前借制度で毎月給与に3万上乗せ支給 |
| 2012 | 50 | ha |
| 2013 | 51 | ローン優遇金利終了、毎月返済額12万8409円 |
| 2016 | 54 | 役職定年、年収3割減収(推定560万)、次男はまだ大学生 |
| 2022 | 60 | 定年退職、再雇用で年収240万。妻、脳に病気が見つかる。マンション関連支出月16万、生活費月10~15万。退職金と預金足しても1千万ほどでローン完済のめどがたたず |
| 2025 | 63 | マンション売却してローン完済。妻と賃貸アパートに転居予定 |
| 2028 | 65 | 再雇用終了予定。年金生活で夫婦で月21万程度 |
40代で30年以上のローンを組むことの無謀さ、それを含めて自己責任と断じることは簡単かもしれない。でも、家を買うということはこういうことだったのだ。30代前半で35年のローンを組み家を購入する。完済するときには65歳前後になっている。住宅誌などでは30年、35年のローンを組んでも余裕をもって早めに繰り上げ返済をするように勧めている。35年を30年に、30年を25年、20年にということだ。でも一方で子どもがいれば教育費などに金がかかる。
30年ローン、35年ローンというのは、右肩上がりに収入が上がっていく、サラリーマンとしての地位が上がっていくことが前提にある。でも1990年以降、端的にいってバブルがはじけた日本経済にあっては、かってのようにサラリーマンは、一度就職してしまえば、60歳まで順調にステップアップし、給与は上がっていく、それは必然的に会社での地位も上がる、なんなら会社自体も成長していくということが前提だった。
でも現実はどうか、80年代以降、我々が目にしたのは、大企業であってもそのまま順当に成長していくことはない。それどころか破綻した企業は数多あるのだ。「社員は悪くない」と泣きながら記者会見をした証券会社社長のことを今でも覚えている。
かっては安定した白物家電を作っていた大企業がみな業績悪化により、台湾や中国系の企業の傘下に入ったことをなんとなく苦々しく目にしてきた。かってはオーディオメーカーとして雌雄を争っていたパイオニアとオンキョーが統合したなんてこともあった。もう大企業だから安穏としている状況ではないのかもしれない。
でもバブルがはじけて以降、給与が上がらないなかで、物価は上昇を続けている。とくにここ十数年で不動産、特に首都圏の不動産価格はとんでもない上昇を続けている。かってのように30代の前半で頭金を作って不動産購入のようなモデルは終わってしまったのかもしれない。もしも一定の頭金を作ってから家を買うとなると40代前後になるというのは割と普通なのかもしれない。
一方で会社勤めをしていても右肩上がりに昇進して給与が上がる状況ではない。おそらく今の状況は、個々人でスキルアップや様々なコネクションを作って転職することでキャリアアップ、収入増をはかっていくしかないのかもしれない。
そしてこの記事の方のように40代で家を購入し、50代で部長に昇進しても、待っているのは役職定年である。そして今は以前のように退職金も多くはない。定年延長となっても、おそらく60歳で定年の後は再雇用しても65までは一年ごとの契約社員扱いで、給与は月20万の固定で賞与もなしというのがいまだに一般的だ。
以前、年金事務所で聞いたことがあるが、たしか60代以上で毎月の給与が28万以上あると年金支給が減額されたり不支給になるという。60以上の再雇用が毎月20万となっているのは、年金が満額もらえるようにとそういうことだったとか、そんなことだった。
自分は60を超えたときに年金事務所で年金支給の手続きをした。たしか62からは年金が出るはずだったが、幸か不幸か、いや多分幸いだったのだろうが、64で仕事を辞めるまでは役員報酬をもらっていたので、年金支給はゼロだったと記憶している。
でも自分は多分運が良かっただけだ。50代で家のローンを抱えている人は、給与がまず下がってくる。60とか61、2で定年となれば、再雇用でたいていの場合、月20万の固定制になる。なのでできるだけローンの繰り上げ返済しておかないと、かなりシンドイことになるのだろう。
この記事で紹介されていた人は自分よりもおそらく5歳、6歳下にのはずだが、その人生はある部分、自分にとってはけっして他人事とは思えない部分があった
私は結婚したのも遅かったが、最初にマンションを買ったのは40歳の時だった。たしか30年ローンで、金利は3.5%前後の固定だった。返済額を合計するとマンション価格の倍近い額を払うようなイメージがあり愕然とした記憶がある。もっとも当時は夫婦共稼ぎだったので、そこそこ余裕があり数年後には繰り上げ返済で支払いは20年くらいに縮めた。
そして47の時に買い替えで戸建てに引っ越した。ローンは20年で夫婦それぞれ毎月8万くらい支払うようだった。当時は出版社に勤めていた妻のほうが多少年収は上だったくらいで、たぶん順調にいけば繰り上げ返済とかもできて定年前には完済できるだろうと思っていた。でもそれから数年後に妻が病気で障害者となった。当然仕事は辞めることになり、収入は半減したうえでローンを一人で抱えることになった。
そのときはとにかく妻の介護、子育て、同時に仕事を両立させていくことなど考え、とにかく家は売却してもっと安い家に買い替えることを考えた。でも家はなかなか売れなかった。ちょうどリーマンショックの時期だったと記憶している。
先に会社にほど近いディープ埼玉の今の家を見つけ、購入して引っ越した。その時点では毎月の支払はトリプルだった。それでもダブルローンを組んだ物件は、比較的に良い立地にあったこともあり、その数か月後には売れた。そこでローンを返済し、さらには移り住んだ家のローンもほぼ完済できた。要するに移り住んだ家が田舎ということもあり、けっこう格安だったということだ。
その後は、運よく会社でもそれなりのポジションを得た。もちろん仕事も半端なくやった。通勤徒歩5分という職住近接だったこともあり、土日を含めて仕事をすることも多かった。逆に子どもの用事で学校へ行くことも、ちょっと会社を抜けて済ますみたいなこともできた。
もろもろ運が良かったこともあり、50代、60代で普通なら収入が下がるところが逆にどんどん上がっていった。本当に運が良かっただけだ。
でも今思うに、妻が病気になりダブルローンを抱えたときに、一つ状況が違っていたら、とんでもない経済的な破綻が待っていたかもしれない。妻は脳血管の病気で半年以上入院し、障害者として家に帰ってきた。その後は様々な手続き、障害者としての手帳や年金の手続き、介護保険の手続きなどが続いた。
1年の休業後に退職となってからは失業保険の手続きで毎月ハローワークにも行った。もう仕事などできないことは、こちらも職安の担当もわかっているのに、手続き上は求職活動をするという立て付けだった。当時の妻は毎月、ハローワークに行けば、私と外食ランチができるくらいのお気楽さでいた。脳をやられてある部分童女に戻っていた時期だった。
そうした仕事を休みがちだった私は、当時比較的仕事が楽な部署に配置転換させられた。たしか現場仕事の部署で、自分はそこのほとんど何もしなくてもいい上司的立場だった。まあ会社的には温情的な措置だったのだろう。でも1年かそこらで、元居た部署が回らなくなり戻された。そのあたりからけっこうフルタイムで仕事をしたし、妻や子どものことで休んだ部分は、休日出勤などで取り返した。たぶんそのあたりで、家庭に事情があっても仕事には影響なしと認められたのだろうか。
会社は業績的には横ばいだったが、とりあえず業績悪化による破綻とかにはならなかったし、自分の生活も諸々あってもなんとか維持できていった。妻は病気を再発することもなかったし、子どもも問題なく普通に成長していった。
とりあえず家のローンもなく、仕事も64でリタイアするまでなんとかこなすことができた。でもそれは本当に運が良かっただけで、住宅ローンを抱え、収入減、健康不安、そして持ち家の売却に至るという「住宅ローン破綻」は、自分もそこに陥ったかもしれない現在だったかもしれない。まさに紙一重のところで自分はそうならなかっただけ。
今、この国はセーフティネットがなくなった社会であるかもしれない。仕事をしていても、例えば本人や家族が病気になれば、たちまち現在の生活から一気に下降してしまう。仕事が順調だったとしても、勤め先の状況も変わる。普通に勤めていて、なんとなく日々数字とかが厳しいなと感じていても、それが一気に破綻するとはなかなか想像もできないはずだ。でもそれが突然現実となることもあるのだ。
上向きな人生、あるいは下降化する人生、それぞれに想像力を巡らせ、それに対する用意する、準備を怠らない。そしていざ何かあったら、今なすべきこと、次になすべきことを判断し即行動する、想像力を働かせて準備をする。多分、生き残るためにはそういうことが必要なのだろう。とはいえ「言うは易し行う難し」だろう。
いつも思うことだが、人生は様々な蓋然性に支配されている。そして自分は多分少しだけ運が良かったのだろう。それも今のところというカッコつきでしかないのだが。