プロメテウスの罠〜SPEEDIの真実

朝日の朝刊3面に連載されているプロメテウスの罠が面白い。福島原発災害に関するインサイド・リポートである。3.11以降の原発災害において、いかに情報が隠蔽されていったかを検証している。取材は多岐に渡っており、各方面から高い評価を得ている連載だ。原発報道においてきちんとした報道をすることができなかった朝日のある意味自己批判的記事とさえいわれている。
ただし、一方でこの連載を引用、転載した掲示板、ブログが朝日から削除要請を受けているという。
情熱空間:プロメテウスの罠(朝日新聞記事)削除要請とネット監視
これはどういうことだろう。秀逸な記事だからこそ、ネット上でも高い評価とともに転載、引用され、さらに多くの読者の目に触れさせようという意図を阻害しようとしている。原発を巡る問題に関しては、朝日内部でも様々な議論、意見があり、対立、暗闘が行われているのだろうか。原発推進派、あるいは東電を中心とした電力会社の膨大な広告料金を重んじる原発擁護派と原発事故の真実に迫ろうと考えているジャーナリスティックな記者たちとの間での暗闘。考えすぎだろうか。
原発を中心とした電力確保、エネルギー政策こそ、産業構造の根幹に関わるものとする唯原発主義。それがある意味、連綿と続いてきた日本のエスタブリッシュメントたちの基底にある。政官財に連なるメインストリームだ。彼らは福島がやばい状況になったときに即座に反応した。情報の隠蔽、責任等所在の霧散化、そしてすり替え。情報を意図的、あるいは無意識に隠蔽し続け、それにより様々な意思決定は遅れ、誤っていった。その瑕疵をすべて政治に転化した。菅パッシングは、まさしくそういうものだったのではないか。
1月に入って「プロメテウスの罠」は第6シリーズとして、「官邸の5日間」という3月11日直後の官邸に焦点をあてたリポートが始まった。その2回目で、3号機が爆発した3月14日のことを追う。菅直人は3号機の爆発による煙が水蒸気爆発のそれとは異なる黒いものだったことが気になり、関係者を呼び、「何が起きているんだ」と問いかける。しかし集まった海江田経産相官房長官の枝野、官房副長官福山哲郎、さらに保安院の安井正也、原子力安全委員長の斑目春樹のいずれからも答えはなかった。菅は「一刻も早く情報を集めろ」と指示したが、官邸には情報が届かなかった。
記事は続く。

文科省原子力安全委には原子力安全技術センターから1時間ごとにSPEEDIのデータが渡り、同じものが外務省を通じて在日米軍にも届けられていた。保安院も、独自に計算させたSPEEDIの予測図を次々とセンターから送らせていた。
SPEEDIを使いながら、官僚たちは肝心の官邸にその存在自体を伝えなかった。
菅の前には保安院や安全委の幹部がいたにもかかわらず、SPEEDIの利用を進言することはなかった。テレビの報道が先行する。官邸はその確認に追われる。情報は届かない。 2012年1月4日 朝日朝刊3面より

これはおそらく事実だろう。だとすれば、菅や枝野もまた国民と同じように被害者なのかもしれない。いやそれは言いすぎだろうか。彼らは最終的な責任をとれべき所轄の最高責任者たちだったから。でもこれだけはいえる。菅は悪くない。彼を無能呼ばわりする輩のそれは何の根拠があってのことだったのだろう。政治家にとって手足となるべき官僚たちが徹底的にサボタージュして情報を隠蔽し続けたのだ。そういう状況でどんな判断が、意思決定ができただろうか。
SPEEDIを巡る件に関しては国会の事故調査委員会でも、事故の直後にアメリカ軍に情報が提供されていたことが、参考人として呼ばれた文部省の担当者の口から明らかにされている。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120117/t10015315481000.html
文科省は、実態を正確に反映していない予測データの公表は、無用の混乱を招きかねないとして、一部を除き、事故の発生から2か月近く公表していなかった。それでいてアメリカ軍に情報提供した理由については、緊急事態に対応してもらう機関に、情報提供する一環として連絡したという。ちょっと待ってくれ、「緊急事態に対応してもらう機関」は第一義的に自国の機関だろう。自国の官邸(意思決定の中心のはずだ)に情報をあげずに、他国の軍隊に情報を提供する。日本はまだ在日米軍に進駐されているのか。日本政府の上部機関としてGHQがまだ実は存在しているのか。
だいたいにおいて「実態を正確に反映していない予測データの公表は無用の混乱を招く」というが、実態を正確に反映させるのは予測ではなく実測であると看破したのは、東大アイソトープ総合センター長である児玉龍彦先生だった。もともとSPEEDIは相当の予算を通じて「予測のため」に構築されたシステムだ。しかも結果としてその予測データは汚染地域を正確に表わしていたはずだ。それを「無用の混乱を招く」という勝手な判断から上にあげない。意図的、あるいは無意識のサボタージュ、隠蔽である。
はっきり言うぞ、少なくともSPEEDIの情報を隠蔽した文部官僚、保安院原子力安全委等の経産官僚たち、こいつらは国賊者だぞ。戦前だったら国家反逆罪者だ。陸軍だの海軍だのの青年将校とかに切り殺される可能性大だ。昭和天皇がお元気な頃だったら、きっとあの人は側近に対してたいそうお怒りをしめされたんじゃないか。と少しナンセンスかつレトロな思いさえ抱く。
なぜ官僚たちが、情報を隠蔽したか。結局のところ原発を中心とした電力エネルギーこそ国の根幹に関わる重大なテーマである。原発事故をなんとか矮小化して原発を守らなくてはならない。たぶんそういう信仰じみた感覚が官僚どもの間に蔓延していたのではないか。だからこそ、官僚として第一義に考えなくてはならないこと、国民の生活を守る、国土を守る、国を守るということを放棄してしまった。なにから守るのか、原発事故によってもたらされる放射能汚染からである。
官僚たちがしたこと、情報の隠蔽、矮小化、それにつきるのだろう。やれただちに影響はないとか、風評被害とかといったデマゴーグだ。政治家も同じように語っていた。民主党政権の中枢にいた政治家にも当然責任はあるだろう。それは間違いない。しかし、彼らに合理的な判断をさせるために必要な情報を隠蔽遮断した小役人どもには反吐が出るばかりだ。
とにかくSPEEDIの情報を隠蔽した役人どもには何らかのの懲罰があってしかるべきではないかと真剣に思う。