ラロ・シフリンが亡くなったとか

 

 昨日の朝刊の訃報欄に載っていた。

 そうか、ラロ・シフリンが亡くなったか。しかも93歳、けっこう長命だったようだけど。

 ラロ・シフリンというとアルゼンチン出身の作曲家、アレンジャー、映画音楽などで活躍した人ということになるのだろうか。アルゼンチン出身というと、自分はピアソラガトー・バルビエリとこの人くらいしか知らない。あっ、マルタ・アルゲリッチもアルゼンチンか。

 

ラロ・シフリン - Wikipedia

 長いキャリアの最初はディジー・ガレスピー楽団のピアニスト兼アレンジャーだったとか。アルゼンチン時代はバレンボイムの父親にピアノを習ったとか。

 

 自分にとってラロ・シフリンはジャズ・アレンジャーだった。最初にこの人を知ったのはジミー・スミスの「The cat」だっただろう。これである。

 1964年作、ジャズとしては異例の大ヒットした。ビルヴォードで100位に入ったんだから。ジミー・スミスも一躍売れっ子になった。

 とにかくこのカッコいいアレンジは印象的、スタイリッシュで、ギターリフやドラム、パーカッションを多用するような感じだったか。

 とはいえ1964年というと、自分はまだ7~8歳。おそらくこのアルバムを聴いたのは中学に入った頃だっただろうか、ジャズ好きの兄の影響で聴き始めた頃。エイト・ビート・ジャズ、ジャズ・ロックというのだろうか、入りやすかった。自分的には「キャット」とリー・モーガンの「サイド・ワインダー」がけっこう入り口だったか。

 そしてラロ・シフリンのこのアレンジはジャズ・アレンジを強く意識させられた。ジャズ聴き始めで、ジャズ・アレンジというと、ギル・エヴァンスラロ・シフリン、オリバー・ネルソンあたりが聴き始めた。そしてCTIのドン・セベスキーやクラウス・オーガーマン、デオタードなんかを聴き始めた。

 この頃のアレンジャーのスタイルっていうのは、なんとなく特徴的な感じがしたような記憶している。もちろん中学生、高校生なのであまり聴きこんでいないから、受け売り的な皮相的な部分での理解だけど、なんとなく聴いていると、これってラロ・シフリン? ドン・セベスキーみたいな反応していたかもしれない。そのなかでもラロ・シフリンギル・エヴァンスのアレンジはなんか特徴的で、独自のスタイルがあったような気がする。

 いまでこそビッグ・バンド的なアレンジ、しかも映画やテレビ・ドラマのテーマ曲というと、クインシー・ジョーンズが代表格だけど、1960年代後半から70年代というと、ラロ・シフリンはまったく負けていない。双璧というとか、ある意味クインシー・ジョーンズを凌ぐような感じもあった。

 当時のクシンシー・ジョーンズというとこれ一択だったかな。『愛のコリーダ』以前ということでいえば。

 

 そしてラロ・シフリンのテレビ・ドラマのテーマ曲といえばこれか。

 

 『スパイ大作戦』は1966年から、『アイアンサイド』は1967年でほぼ同時代。ラロ・シフリンは一時期クインシー・ジョーンズの楽団にも在籍していたらしいから、どっちがどっちということなく、二人ともジャズ・ロック的なアレンジというと点でいえば、影響しあっていたのかもしれない。

 そして70年代に入ってクインシーは『愛のコリーダ』が大ヒット、ラロ・シフリンも『燃えよドラゴン』のテーマが大ヒットした。

 

 

 70年代、ラロ・シフリンの映画やテレビ・ドラマでの活躍はある種怒涛の進撃みたいな感じもしたか。『ブリット』、『ダーティ・ハリー』、『スタスキー&ハッチ』などなど。Wikipediaの記録をみると、クリント・イーストウッドが彼を多用しているような印象。そして個人的には好きな監督だったピーター・イエーツドン・シーゲルもよく使っている。そういう点では自分が好きな映画音楽、作曲家、アレンジャーだったのかもしれないな。

  1990年代にはレイ・ブラウン、グラディス・テイトらとオーケストラをバックにしたジャズ・フィルハーモニー的な演奏を行っている。トータルなコンポーザー、アレンジャーだったんだなと改めて思ったりもする。

Jazz Meets the Symphony - Wikipedia

 

 また一人、自分がよく聴いてきた音楽家が旅立った。なにかとても淋しい思いになる。ラロ・シフリンのご冥福を祈ります。