再び国会包囲デモに行ってみる

首都圏反原発連合主催の7.29脱原発国会大包囲デモにとりあえず参加した。
日曜日、一人で出かけるのがけっこうこれがまた大変。朝は7時起き。家族の朝食作って、掃除をして、洗濯して、カミさん風呂に入れて。そんなことしてたらほぼ昼近くになる。時間のたつのは早いわ。それから近所のスーパーにカミさん連れて買い物に行く。卵が88円だから行かないわけにはいかない。それからマックへよって家族の昼飯買ってきて。
そんなことしてたから結局、家出たのは2時半過ぎ。日比谷公園での集会開始は3時半とかっていったから、まず間に合わない。この反原発デモは、基本的にはユルメだし、行こうとしているこっちも基本ユルメというか、半分物見遊山的な部分もなきにしもだから、多少遅れてもまあいいかという気分もある。しかし思うわけ、まあ普通に生活している人がデモとかいくのって、けっこうハードル高いのかもしれんなと。主婦とか仕事抱えた奥さんとかは特にそうなんじゃないかと思うわけ。一応仕事と家事を両立させようと日々苦闘している主夫の一人としては(まあそんな大袈裟なものでもないんだけど)、なんとなくそういうのがわかる。
仕事もっている人だと、土日ってけっこういろいろたまったことやらなくちゃならんだろうし。主婦とかでも例えば介護とかもあると土日だって休みじゃないものね。原発問題とかそういう大状況的というか、極めてマクシマムなことについて考えなくちゃいけないときに、それとは正反対のミニマムな日常的問題に囲まれて四苦八苦している。庶民というものは所詮そういうものなんだろうかね。
デモについてはたぶん参加した人がこれからいろいろ書かれるだろうし、たぶん人数もけっこう多かったし、これまでよりはマスコミとかに取り上げられるだろうとも思うから、まったくの個人的な感想を断片的に書く。
日比谷公園について最初にもらったのが「解放」、そう革マルも来ているのね。公園内にはけっこう労組系の旗、ノボリもあちこちにたっている。○○大学の自治会だの、全共闘だのという旗指物もある。けっこう動員もあるようだなと思いつつも、これはたぶんネガティブな批判にもさらされるのだろうとも思った。
左派系の労組やプロ市民の動員とか、たぶん2chnあたりはそういう書き込みだらけになるはずだ。まして革マルあたりまで出ているとなると、もろに過激派も暗躍みたいなことを書かれるだろう。
デモの参加者は主催者発表では17万、警察発表では1万数千人とのこと。現場にいた感覚でいえば、少なくとも1万数千ということはないかな。だってその人数だとほぼ武道館フルくらいの感じでしょう。それよりは多いだろうと。ただし、17万はどうかはわからない。ただし7時半過ぎに国会の正面で歩道から人があふれ出して一時騒然とした時の雰囲気ではかなりの数はいたようにも思う。個人的な感想としては少なくとも代表選見に行った国立のときと同等かそれより少し多くないかみたいな感じだったか。
デモの参加者は、圧倒的に年配が多いような感じがする。中高年中心みたいなイメージだな。「孫のために原発のない世界を」みたいなプラカードを幾つか見かけた。自分もそうだけど、年配者がとにかくいてもたってもいられないみたいな感覚なんだろうと思う。
さらにいえば団塊世代やその下の世代、ここ何十年かのこの国を支えてきた人たちの心象としては、なんとなく漫然と生きてきて、普通に原発とかも許容してきちゃったけど、3.11を経験してとにかく原発は「やばい」と本気で思ったということなんじゃないだろうか。実際、ひらたく言えば私自身がそうした一人だからなんだが。
それにしても熱い一日だったから、あえて思う。こんな日は冷房の効いた部屋でゆっくりオリンピック観戦とかしてたらいいのにとか思っている人もいただろうなと。実際、日本人の主流派、まあいつの時代にもいるであろうサイレント・マジョリティの人々はそうやって今日をお過ごしあそばれていたに違いないのだから。
権力者や官僚、財界人、マスコミといった、とにかく原発を続けていきたい大多数からすれば、大変いいタイミングでオリンピックがはじまってくれて、とてもよろしいということなのかもしれない。これで日本人が活躍してくれれば、反原発の声など霧散するかもしれないなどと、真剣に思っている輩がたぶんいるんだろう。
日比谷公園をデモ行進が出てすぐの内幸町の交差点のところだっけ、そこにデモ隊に非難、批判をぶつける集団がいた。日の丸や旭日旗を乱立させて、盛んにデモ隊を挑発している。所謂右翼、在特会あたりなんだろうか。でも様変わりしたね、戦闘服に身を包んだいつもの右翼の諸君たちじゃない。若者を中心にして、見た感じは学生風の子たちが多い。その周囲には制服、私服の警官たちが多数いる。
右翼諸君の挑発もけっこうソフトかつ悪意に満ち満ちた物言いである。もっとがつんとした体育会系の右翼的な言質じゃない。文科系的なネチネチさというのか。そうか2chnに生息するネトウヨはひょっとするとこういう奴等なのかなとも思わないでもない。赤尾敏先生とかの行動右翼や総会屋と同義の街宣右翼とは少し異なるイメージで、昔よく赤尾先生の演説を京橋あたりで聞いた者としては、なんとも拍子抜けするところもある。
しかし60年安保の時は保守党の有力政治家が右翼のボスやヤクザ屋さんに依頼して、反デモ隊の特攻部隊作ってデモに突っ込ませたとかいうこともあったと聞くから、やっぱりこういう動員も当然のごとくあるということなんだろう。反原発デモが今後も広がりを見せれば、それに掉さす側もけっこう派手な動員してくる可能性はあるのだろう。
デモ行進には結局加わらず、歩道にいてそれに追随するように歩いた。たぶんそのせいか国会周囲にはデモ隊よりも早めに着いた。相変わらず警察のソフトな規制は行き届いていて、歩道は二分されて立ち止まらせないようになっていた。さらには絶対に道路にはみ出させないという強い意志を感じさせた。とはいえとにかくソフトなソフトな警備である。
まあデモにしろ国会包囲にしろ、基本はユルイ、良くも悪くもたいへん牧歌的だ。だから安心して参加できる。子どもやお年寄りでもとにかく安全だという印象だ。この雰囲気が今後も維持できるかどうか、あるいは部分的に先鋭化していくみたいなことがあるのだろうか。
声を張り上げて主張するのではなく、拡声器をもった先導者の後に続いて、小声でつぶやくようにして[再稼動反対」と声を上げる。そのささやかさが普通っぽくて実は気に入っている。
デモの最中にtwitterしたことだが、ある意味私自身の本音の部分でもある。

原発デモがこの閉塞的な状況を変えるなんらかの突破口になるのか。あるいは管理されたデモとして、ただのガス抜きの役割を果たすのだろうか。

取りあえず、見届ける意味合いを含め、出来うる限り参加してみよう。仕事や家事とか諸々あるけど。

そう自分のため、家族のため、子どもたちの世代のためにも、原発をなくしていくために声をあげていかなくてはいけないんだろうとは真面目に思っている。