府中市美術館再訪

 前週に引き続き府中市美術館に行って来た。

 良い環境と美しい美術館、けっこう気に入ったみたい。ちょっと調べてみると、美術館のある府中の森公園は、かっての陸軍燃料廠、戦後米軍に接収され府中基地として使われていたところ。1975年に返還され、基地跡地の再利用計画のもとすすめられきて、2000年に公園の開園と同時に美術館も建設されたということらしい。

府中基地跡地の土地利用について 東京都府中市ホームページ

この公園について|府中の森公園|公園へ行こう!

施設概要・沿革 東京都府中市ホームページ

 企画展『映えるNIPPON 江戸~昭和名所を描く』もけっこう気にいった。特に広重、小林清親川瀬巴水の作品をまとめて観ることができたのは、浮世絵版画に風景表現の変遷みたいなことが感じられた。この企画展は7月11日で終わってしまうのでもう一度観ておきたいというのが再訪の理由。出来れば前期展示(5/22~6/13)の時にも来てみたかったかなと思う。

 企画展で浮世絵版画以外で気になった作品をいくつか。

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『江の島図』(高橋由一) 神奈川県立近代美術館所蔵

 江ノ島は引き潮の時のみ砂州となって陸続きになるが、関東大震災以後ほぼ陸続きとなったとか大昔、学校で習ったような記憶があるのだがどうだったか。この作品は、1876年~1877年頃の作品とか。当時は引き潮引き潮時には、こんな風に行商や江島神社への参拝などで人が行き来していたんだろうか。明治期の景勝地の姿がこのようにして記録されているという点でも価値ある作品だと思う。遠近法と写実表現、この作品と同時期の写真が並列されていて、その近似性について説明されていたのだが、ひょっとしたら由一は写真見て描いたんじゃないかと適当に想像してみる。

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『墨水桜花輝耀の景』(高橋由一) 府中市美術館蔵

 図録によると高橋由一は10代で狩野派に学んだのち、西洋絵画の技法に関心を示し、横浜でチャールズ・ワーグマンに入門して油彩画を習得したという。この作品は浮世絵の画題を油彩で描いたある種の習作的なものだと思う。広重の『名所江戸百景』などにある近景モチーフを極端に強調する「近像型構図」を油彩技法で描いた作品。こういう和洋折衷的な作品は日本における洋画の黎明期にはよくあるもので、秋田蘭画司馬江漢の作品などにも見られるものだ。単なる習作というよりも新たな技法の中で苦闘する先人たちの足跡を思ったりもする。

 

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『小笠原父島から南島・母島を望む』(三栖右嗣) 小杉放菴記念日光美術館蔵

 1977年の作品である。三栖右嗣は川越のヤオコー美術館でまとめて観ているので印象深く記憶している。とにかく美しい絵と構図に特徴がある。この絵も近像型構図の典型である。現代絵画でも特徴的な風景画の技法は生きていると、多分そういうことでこの絵が選ばれたのかもしれない。しかしこの絵を持っているのが日光美術館だというのもちょっとだけ意外である。

 

 企画展とは別に常設展のほうでは「1960年代の美術表現」「絵のなかであそぶ」、さらに牛島憲之の作品を中心にして「風景をえがく」という3つのテーマで多くの興味深い作品が展示してあった。 

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『登呂井富士』(立石大河亜)

 あのタイガー立石である。観ているだけで楽しくなってくる作品だ。自分のような古い人間にとってタイガー立石はナンセンス漫画の人という印象があるのだけど、とっくのとおに漫画家からアーティストに転身していたうえ、1998年にガンで亡くなっていることを知った。けっこうあちこちで回顧展が開かれているようなので、まとまってこの人の作品を観てみたいとそんなことを思う。とにかくこの作品は大好きだ。

タイガー立石 - Wikipedia

 

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『morrow』(神谷徹)

 初めて観る、知る画家だ。1969年生まれだから50代の現役バリバリな人のようだ。技法とかどういう傾向の方なのかもまったくわからないけれど、どこか琴線に触れる美しい絵だ。自分的にはイケムラレイコや丸山直文と同じような雰囲気かなと思ったりしている。けっこう気になる画家だ。

 しかし現代美術に関してはもうまったく門外漢というか、知識もなにもない。絵の鑑賞についてはここ数年観始めた俄かで、日々勉強中だけど、現代美術までスパン広げられるかどうか。もっと若ければいっぱい素敵な作品を観て、いろいろ知識も増やしていけるのにと、そんな焦燥にかられる。まあこればっかりはいたし方ないか。

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『光景』(遠藤彰子)

 俯瞰から魚眼レンズで観たような面白い構図。この人の作品、多分何度か観ていて、その都度面白いなと思うのだが、はてどこで観たのか。多分、一つは東京国立近代美術館だと思うのだが、それ以外でも観ているはず。この独特な構図と、どことなくメキシコの壁画を想起させるような雰囲気、嫌いじゃない。

太田記念美術館『江戸の天気』

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 前から行ってみたいと思っていた太田記念美術館へ行って来た。

太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art

太田記念美術館 - Wikipedia

 ここは浮世絵専門の美術館。東邦生命保険相互会社の社長を務めた太田清蔵のコレクションを基に1980年に開館したという。しかし原宿の一等地にこんな素晴らしい美術館があるなんて。自分はというと、この美術館知ったのはここ数年のことだけど、友人知人と話をすると、行ったことはないけれど知ってる人がけっこう多い。「ああ、ラフォーレの裏にあるやつ」みたいな返事がかえってくる。

 所蔵品は1万2千を超すということで、その作品を1~2ヶ月単位で企画展にして展示している。少し前まで鏑木清方と鰭崎英朋の企画展を行われていた。そして現在、開催されているのは『江戸の天気』という企画展。

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江戸の天気 | 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art

 浮世絵にはさまざまな気象現象が描き込まれています。晴れわたる空、土砂降りの雨、しんしんと降る雪、雨あがりの虹。刻々と変わる天気を、浮世絵師たちは繊細な色彩の変化によって、あるいは大胆にデフォルメし表現してきました。
日本の、季節によって変化する多様な気候は、今も昔も人々の暮らしにも大きな影響をあたえています。江戸時代には大雨による洪水が度々おこり、また予期せぬ天候不順が飢饉を招くこともありました。科学の発達した現代においても、私達は天候をコントロールすることはできません。天気予報を頼りに日々の気象の変化に備えていますが、近年では大雨や酷暑など異常気象が話題となり、気候変動への関心も高まりつつあります。
本展では、絵の中の天気に注目し、葛飾北斎歌川広重小林清親らの手によって生み出された風景画をご紹介いたします。浮世絵師たちの個性あふれる表現を通して、うつろう空模様を愛でる日本人の美意識はもちろん、時には風雨に翻弄されながらも繰り広げられた人々の営みにも触れていただけることでしょう。

(図録より)

  その切り口として「雨」、「晴れ」、「雪」、「夜の空」、「夜明けと夕暮れ」、「さまざまな気象現象」、「天気と装い」、「さまざまな雲と空」、「物語のなかの天気」という9つのテーマによって作品を紹介している。

 例えば雨の表現といえば歌川広重ように線で描いたものが有名。これは西洋絵画にはなかった表現のようで、印象派の画家たちが驚嘆したというようなことを何かで読んだ記憶がある。

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『名所江戸百景大はしあたけの夕立』(歌川広重

 これに対して明治期の光線画小林清親の手になる雨の表現は、白抜きの線となる。

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『梅若神社』(小林清親

 この絵については先週行った府中市美術館にも展示されていた。同じ絵を多くの美術館で観ることができるのも複製芸術=版画であるからこそである。この作品の技法については府中市美術館の作品へのキャプションに詳しい。

 京の貴族の子であった梅若丸は、人買いにさらわれた挙句に、墨田川のほとりで亡くなる。墨田区にある木母寺は、この梅若丸伝説ゆかりの地であり、明治の一時期には梅若神社が置かれていた。この作品は、雨にけぶる梅若神社を捉えたもの。浮世絵版画の雨というと、広重の《名所江戸百景 大はしあしたけの夕立》を思い浮かべるだろう。そこでは激しい雨の様子が、幾本もの細い墨線で示された。対してこちらでは、直線状の白抜きで表現されている。版の凸部による墨線に対して凹部による白線と、逆の技法を用いており、広重へのオマージュとも挑戦とも受け取れる。重ねられた色版がズレることは許されず、彫師や刷師の高度な技術あってこその作品である。

(図録P73)

  府中市美術館での企画展『映えるNIPPON』で展示された作品で、この『江戸の天気』でも観ることが出来たのは広重で『大はしあしたけの夕立』、小林清親『梅若神社』、『大川一之橋遠景』などがあった。

 しかし改めて浮世絵版画を観ていると北斎、広重の神髄は構図にあるのかなとと思ったりもする。

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富嶽三十六景 駿州江尻』(葛飾北斎

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東海道五拾三次 庄野白雨』(歌川広重

 

川越水上公園

 午前中、妻の通院の送迎。

 明け方までNetflixで『グレイズ・アナトミー』を観てたので完全に寝不足。妻が検査、診察受けている間、車の中でずっと寝てた。

 『グレイズ・アナトミー』は病院を舞台に若き外科医たちの仕事、恋愛、成長を描いた群像劇。すでにシーズン17に入っている長寿ドラマ。医療系ドラマは韓国ものの『賢い医師生活』を観始めてから大ハマりしている。6月に入ってから『グレイズ・アナトミー』を観始めてすでにシーズン3もほとんど観終わる感じ。観終わったらすぐ忘れる感じで次へ次へといってるけど、多分エピソードにすると60くらい観ている勘定。大河ドラマを一気に見するような感じになってる。

 昼過ぎにようやく診察終了。その後、昼食とってから妻のお出かけ欲求に応えるべく、室内=美術館系と屋外=公園系、どちらにすると聞くと、「今日は天気もちそうだから公園」という答えが。なので近場の公演ということで選んだのがここ。

公園概要 | 川越公園(川越水上公園) | 公益財団法人埼玉県公園緑地協会

 ここは子どもが小さかった頃に何度か来たことがある。プールに2回くらい、あと花見で1回くらいか。いずれにしろ多分訪れるのは20年ぶりくらいになるんじゃないのか。まだ妻も元気だった頃で、仕事や子育てに追われる日々ではあったけど、我が家にとっては一番良い時期だったかもしれない。

 園内は思いのほか広く、入間川の脇の土手のあたりは遊歩道になっている。桜は遊歩道の脇に植えてあり、その辺りはずっと桜並木になっていて、シーズンになると花見客で賑わう。家族三人で弁当をもってここに花見に来たこと、子どもと一緒に走り回ったりしたことをかすかに覚えている。妻はというと病気になる以前のことはあまり覚えてないということで、花見の記憶もないと言っていた。

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 最初、ボート池で鯉に餌をやる。池に餌を投げ込むと、大群の鯉が群がってくる感じ。池に落ちると鳥とかでも食べちゃうんじゃないかとちょっと恐怖を感じる。

 その後、妻は一人でボート池の周囲を車椅子で自走。その間、自分はベンチに座ってしばし寝落ち状態。曇り空で湿気があるけれど、心地よい風も吹いていて過ごしやすい。多分30分くらい寝てたかもしれない。池の景色は水面に映る木々とかちょっとした風情を感じて、どことなく浮世絵っぽくあったり、印象派ぽかったり。

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 その後は車椅子を押しながら遊歩道をずっと歩いて行くと関越道のところで途切れる。下の道に行くには獣道みたいなところを下っていくことになるので、来た道をまた戻ることにする。

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 この手の一本道を写真に撮るとみんな東山魁夷風になるね。

 それからプールの脇、駐車場の周りを通って公園内を一周。全部あわせても4キロちょっとの道程。ちょっとした運動にもなるので、たまに来るといいかもしれないなと思った。

 ウィークデイということもあり、人はあまり来ていない。コロナのために去年はプールはやらなかったみたいだが、今年も多分難しいだろうな。来年、桜の時期にはコロナ終息しているだろうか。

 

府中市美術館「映えるNIPPON 江戸~昭和名所を描く」

 昨日、前から一度行きたいと思っていた府中市美術館へ行って来た。

 埼玉からだと府中は車で1時間くらいの距離。関越所沢インターで降りてから下道を南下していくっていう感じか。

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  府中市美術館は府中の森公園の北端にある。周囲の環境もきれいだが、何より館内がゆったりとしてとても雰囲気がいい。駐車場は普通は公園の有料駐車場を使うようだが、身障者用には建物裏に平置用が1台分、地下に2台分がある。建物裏地上駐車場は3台分あり、そのうち2台は関係者用となっているけど、空いていれば利用可能なのかもしれない。ウィークデーで空いていたということもあり問題はなかったけど。

 帰ってきてから調べると、こういうサイトがあり詳しい案内が紹介されていた。

東京 府中市美術館 車椅子利用ガイド バリアフリー情報 | 車いすお出かけガイド

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 展示室は2階にあり一般客はエスカレーターで、我々車椅子組はエレベーターを使う。このエレベーターは美術品や装備の搬入搬出にも使っているようで、作品保護のため昇降スピードが遅いという但し書きがあった。

   2階の展示室はゆったりしていて、たいへん観やすい。とても居心地のいい雰囲気。

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映えるNIPPON 江戸~昭和 名所を描く 東京都府中市ホームページ

  企画展は「映えるNIPPON 江戸~昭和名所を描く」。まず「四人の広重」として、江戸、明治、大正の浮世絵風景版画師、歌川広重小林清親川瀬巴水、さらに鳥観図の吉田初三郎を四人の広重としてそれぞれの作品を紹介。

 このコーナーでは広重の大胆な構図について詳しく説明されている。それが「近像型構図」で、これは遠近法の一つで近くのモチーフを大胆に大きくクローズアップさせる手法。これは西洋の遠近法にはない手法であり、印象派の画家たちにも影響を与えた、ある種、浮世絵=ジャポニズムの神髄のようなものである。

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   『名所江戸百景水道橋駿河台』 『名所江戸百景深川洲崎十万坪』(歌川広重) 

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   『名所江戸百景浅草金龍山』   『名所江戸百景上野山内月のまつ』(歌川広重

 

 明治の広重として取り上げられるのは小林清親

小林清親 - Wikipedia

 小林清親の浮世絵は一般には光線画といわれている。

光線画 - Wikipedia

光線画(こうせんが)とは、浮世絵の一種。明治時代初期に小林清親によって始められた、新しい様式の名所絵、風景画。同時期の他の浮世絵師たちが、明治期特有の毒々しい色彩を使用していたのと対照的に、清親らは文明開化の波に晒された江戸から東京に移りゆく都市景観を、光と影を効果的に用いて新しさと郷愁とが同居した独自の画風で描き人気を博した。

  「明治期特有の毒々しい色彩」とはおそらく明治初期に流行った開化絵、錦絵をさしているのだろう。それに対して清親の浮世絵は光と影により郷愁、抒情性があふれる作品を多数描いたことで評判を得たという。

 清親の作品はこれまでも多くの美術館で観てきたように思うが、多分一番最初に意識したのは山梨県立美術館で開かれた『夜の画家』展だったように記憶している。ラ=トゥール『煙草を吸う男』を目玉に夜の表現に着目した面白い企画展だった。その中で確か清親の作品が何点か出ていたように覚えている。記憶違いかもしれないけれど。

 しかし明治期の夜は近代化によって随分と明るくなったのだろう。ガス灯や提灯により暗闇の中でもはっきりと人々のシルエットがわかる。とはいえそれでも随分と暗い。いったん街中から外れてしまえば漆黒の闇ということになるのだろう。

 この『日本橋夜』の道行く人物たちのシルエットもどこか人であって人でない、異空間のような雰囲気がある。人物をシルエット化するのはなにかのアニメ映画の中であったような気がする。多分ジブリの作品だったような気がするが。

 こうした夜の風景をみると現代の都市の夜はまさしく不夜城のごとく明るい世界が現出している。当時の人々が今の東京の夜の世界に紛れ込んだら、さぞや驚嘆するだろう。逆に現代の我々が明治期やそれ以前の時代の夜にタイムスリップしたら、その暗闇の世界に相当な戸惑いを覚えるのだろう。

 それを思うと映画やドラマの時代劇のリアリズムというのはどうだろうか。時代劇で夜の町や室内で普通に人物がくっきりと描かれるが、実際は燈明、提灯、行灯などの明かりではぼんやりと映るだけ、まさにシルエットのようであったはずである。

 18世紀のロウソクの光の中での室内風景をリアルに描いたのは確かスタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』だったが、あの映画のためにカメラやフィルムなどの技術面にも相当な工夫を行ったということが、解説書の類でも読んだことがある。リアリズム的な再現も困難さ、それを何の意識もなく消費してしまう自分たち観客たち、みたいなことをちょっとだけ考えたことがある。

映画 ロウソク キューブリック 川本ケン バリーリンドン

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日本橋夜』(小林清親

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『海運橋(第一銀行雪中)(小林清親

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『千ほんくい両国橋』(小林清親

 

 川瀬巴水も人気の高い浮世絵師、版画家であり、その作品は様々な美術館で目にすることも多い。

川瀬巴水 - Wikipedia

 もともと鏑木清方に入門し、一度は洋画に転じ岡田三郎助に師事したという。その後再度鏑木清方に再入門し、同門の伊東深水の影響で風景画、版画に転じたという。

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東京二十景芝増上寺』(川瀬巴水

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東京二十景池上市之倉』(川瀬巴水

 

 吉田初三郎の鳥瞰図も何度か観たことがある。極端なデフォルメによって名所の位置関係を描いてみせるパノラマ図は観ているだけでどこか心がワクワクさせられる。この神奈川県鳥瞰図では富士よりも大山が大きく描かれる上に、富士山の向こうには遠くに下関まで描かれるサービス精神。

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『神奈川県鳥観図』(吉田初三郎)

  吉田初三郎のパノラマ図を楽しめる図録がこの美術館でも販売されていた。

  3520円の価格ながらこの図録は強烈に欲しくなった。企画展の図録と天秤にかけてなんとか購入を控えたけれど、どこかで買うかもしれない。誰かプレゼントしてくれないかと思ったりもする。

 

 その他では和田栄作の描く富士や、日本の原風景とその象徴のごとくに茅葺屋根の古民家を描き続けた向井潤吉の作品が楽しかった。特に向井潤吉の古民家にはある種の生命力みたいなものまで感じられる作品もあり、ちょっと岸田劉生の『切通之図』を連想してみたりした。

向井潤吉 - Wikipedia

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 世田谷美術館の分館に向井潤吉アトリエ館があるという。機会があれば行ってみたいと思う。

世田谷美術館分館 向井潤吉アトリエ館

 

 府中市美術館の常設展では現代作家の抽象画が多く展示されていた。また二階の一室には牛島憲之記念館があり遺族が寄贈したという作品やおそらく所蔵していた他の画家の作品なども展示してある。その中には松本俊や長谷川利行の作品もあった。

牛島憲之 - Wikipedia

『スノーピアサー』

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スノーピアサー | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

映画『スノーピアサー』公式サイト

 ポン・ジュノの旧作を遡行している。これもまたNetflixで観た。

 2013年の作品で、クリス・エヴァンスティルダ・スウィントンエド・ハリスオクタヴィア・スペンサーなどスター俳優を揃えた米、仏、韓の共同制作作品でポン・ジュノのハリウッドデビュー作品だ。

 ストリー(公式サイトから引用)。

2014年7月1日、年々深刻化となる地球温暖化を防ぐため79カ国によって人工冷却物質が散布された。その結果、地球は新たな氷河期に突入。地球を1年かけて一周する列車「スノーピアサー」に乗り込んだ者だけが生き残った。それから17年後の2031年。氷に覆われた地球上では、永久不滅のエンジンを有する「スノーピアサー」だけが人類にとって唯一の生存場所だ。だが、最後の人類を乗せたこの「ノアの箱舟」は、富裕層と貧困層とに分けられ、無賃車両である最後尾車両は、スラム街さながらにみすぼらしく汚れ、飢えた人々で溢れている。その一方、豪華クルーズ船のような前方車両の乗客たちは氷河期以前の地球上での生活と変わらない日常を送っている。列車が走り始めて17年間、この列車の主、ウィルフォード産業によって虐げられてきた歴史を変え平等な世界を取り戻すべく、カーティスは仲間と共に革命を企て、ウィルフォードがいる先頭車両を目指すが――。 

  この作品はエンターテイメント的にも、SF近未来物語としても傑作の部類に入ると思う。とにかくダレ場がない。お話自体にはリアリティがない。地球が氷河期に突入し、地球上を永久機関によって走り続ける列車の乗客だけが生存者。しかも列車内は先頭車両をヒエラルキーの頂点に、最後尾車両を最下層とする並列的な階級社会が構成されている。永久機関、列車内の階級社会、まずありえない設定でありながら、それをリアリスティックに描くところは、ポン・ジュノの脚本力、演出力である。

 ポン・ジュノは、『スノーピアサー』、『オクジャ』とキャリアを重ねて、その先に『パラサイト』の成功、アカデミー賞4冠(作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞)があるということがうなずける。

 『オクジャ』では宮崎駿作品を想起させるような部分があり、ポン・ジュノもそれをインタビュー等で話している。韓国の山奥での巨大生物と少女の交流が、『となりのトトロ』の雰囲気に似ているとはよく話題になる。これに対して『スノーピアサー』はなんだろう。

 列車を舞台にしたアクションやサスペンス、スター級俳優が多数共演、しかも雪原を疾走し雪崩に襲われるとなると、思い出されるのは『アバランチ・エクスプレス』だ。

アバランチエクスプレス - Wikipedia

 『スノーピアサー』はもともとフランスのグラフィックノベルが原作だということだが、映像化に際して『アバランチ・エクスプレス』がポン・ジュノは意識した部分はあるだろうか。

 さらに列車内の階級社会、その中でのグロテスクな近未来ディストピアという世界観は、自分にはどことなくテリーギリアムの映画を思い出させる。『未来世紀ブラジル』や『12モンキー』のような未来なのに、どこか前近代的な雰囲気が漂うディストピア世界。醜悪でグロテスク、そして悪趣味。『スノーピアサー』で最後尾の貧民たちに支給される食料、ようかんあるいはういろうのようなあの食べ物の原料をみた時、あっ、これはテリー・ギリアムモンティー・パイソンだなと直感した。悪趣味の極みだもん。

 たぶんポン・ジュノは様々な映画を観て、それを消化してきた映画少年だったのだろう。かってのヌーベルバーグの監督たちが、あるいはスピルバーグら現代の巨匠が、みんなかっては映画少年であり、その作品は先人たちのオマージュともいうべきものがちりばめられている。ポン・ジュノの作品にも当然そういうものがあるのだろうと思う。

 『オクジャ』を観て思ったが、ポン・ジュノティルダ・スウィントンを高く評価しているのだとは思う。しかしその使い方はというと悪趣味というかなんというか。多分にティルダ・スウィントンの冷たい美しさ、スマートな立ち居振る舞いの中に、どこか異常なものを感じとったのかもしれない。

 自分も実は彼女の異常性を『バーン・アフター・リーディング』を観て感じた。あの時の彼女は確か、ヒステリックかつサディスティックな小児科医を演じていた。子どもが泣こうが騒ごうが、冷静かつサディスティックに治療を続ける。正直、こんな医師、小児科医は嫌だと思ったもんだ。ポン・ジュノは彼女のクールな表情の中に、ある種の変態性、異常性を見つけたのではないか。それが今回の映画の中ではこういうキャラクターになったということだ。

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 とりあえずもうしばらく、ポン・ジュノ過去作品の周遊を続けようかと思っている。次は『母なる証明』とか『殺人の追憶』あたりか。

 『スノーピアサー』は2020年からアメリカでテレビドラマ化され、今年からはシーズン2も開始されている。ポン・ジュノは製作総指揮をとっており、日本ではNetflixで配信されている。とりあえずこっちについては今のところ観る予定はないかな。

世界貿易センタービル建て替え

 新聞の夕刊を開いたら一面に大きな記事。

元日本一のノッポ生まれ変わる

世界貿易センタービル東京・浜松町で建て替え

 東京・浜松町のランドマーク「世界貿易センタービルディング」が30日で閉館し、解体工事に入る。高さ152メートルのビルは、1970年の完成当時「日本一」を誇った。その名の通り、「貿易振興の重要拠点に」という、日本経済界の期待を背負って生まれた。それから半世紀余り。ビルの役割も街の風景も変わったが、ビルをみつめる人たちの愛着はそのままだ。ビルは2027年、新たに生まれ変わる。(北沢拓也

元日本一のノッポ、生まれ変わる 世界貿易センタービル、東京・浜松町で建て替えへ:朝日新聞デジタル

  そうか世界貿易センタービルが解体になるのか。日本最初の超高層ビルとして1968年に開業したのが霞ヶ関ビル(147メートル)だったが、それに次いで1970年にできたのが世界貿易センタービルで高さ152メートル。たぶん自分は中学生くらいだっただろうか。高度経済成長のある種のシンボルとして、超高層ビルは子ども心になんとなくワクワクさせられた。兄と二人で霞ヶ関ビルやこの世界貿易センタービルのあたりを見物に行ったことを覚えている。多分、新宿の超高層ビル群が建つまでは日本一の高さを誇っていたのではないだろうか。

世界貿易センタービルディング

 そしてもう一つ、このビルには特別な思い入れがある。

 恥ずかしながら結婚式をあげたのがこのビルに入っている結婚式場スカイホールだった。

【公式】PENTHOUSE THE TOKYO by SKYHALL | 東京都港区の結婚式

 自分は30代の後半だったから結婚式などどうでもいいとは思っていた。でも妻はというと30代半ばとはいえ四人兄弟で最初に結婚するということで、式をやらないという選択肢はなく、とりあえずどこかででやらねばと二人で都内の式場探しに奔走した。妻の実家が長野で、親族が列車で来るので理想は上野周辺、もしくは上野からアクセスのいいところでかつ比較的割安なところということで選択肢を絞っていった。

 式場選びというとやれ広さだの、料金プランだの、料理だのと様々なことを考えるのだが、最終的には高いところでやれば展望とかそのへんで諸々ごまかせるのではという、訳のわからん理由をつけてスカイホールにした。

 結婚式の写真に写る自分はというと、ほとんど死にそうなくらいに暗い顰めっ面をしていて、友人たちからは「よっぽど結婚したくねえんだな」と揶揄われたが、実際あの数時間は悪夢のようだった。とはいえやはり建物がなくなるとなると、淋しい思いがある。

 多分、解体立て直しはけっこう前に決まっていて発表もされていたのかもしれない。そのニュースをもっと前に知っていたら、一度妻と行ってみてもよかったかもしれない。電車を乗り継いでいけば車椅を押していても行けないところではない。ましてあのビルは浜松町駅に直結しているのだから。

 1970年開業だから51年、自分たちの結婚からは26年くらいになる。20世紀も遠くに過ぎ去っていくということだ。新たなビルは2027年に高さ235メートル、地上46階建てとなる予定だ。

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『オールド・ガード』

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オールド・ガード | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

  シャーリーズ・セロンの映画が観たいと検索してヒットした作品。2020年Netflix制作による配信映画である。

オールド・ガード - Wikipedia

 何世紀もの間、ひそかに人類を守ってきた不死身の戦士の物語。シャーリーズ・セロンはそのリーダーである戦闘のプロ。もう彼女のアクションが最高にカッコいい。もはや彼女はアクション女優という感じである。この流れは『マッドマックス』のフュリオサや『アトミック・ブロンド』以来そういうイメージが完全に定着している。一方で『ダーク・プレイス』『タリーと私の秘密の時間』などでこじらせ系女子を演じているか。

 自分の場合、彼女の映画といえば『モンスター』、『スタンドアップ』あたりからだったと思う。『モンスター』は最底辺で生活し犯罪に染まる以外に生きる術を見いだせない女性を描いたもの。もう陰々滅滅映画の頂点みたいな作品。傑作だけど二度と観ることはない、観れない作品の堂々1位にラインナップされてる。『スタンドアップ』はセクハラ、パワハラに立ち向かう炭鉱労働者の女性を演じた作品。この映画もけっこうシンドイ内容、シンドイテーマだがいい作品だった。

 ようはシャーリーズ・セロンは美人だけど、演技力抜群という女優の範疇だった。演技のためなら肉体改造にもトライする。『モンスター』『タリーと私の秘密の時間』ではそれぞれ10数キロ短期間で太り、それをまた短期間でスリムな体系に戻すという過酷な肉体改造を行っている。最初にその話を聞いたときは、この人は女ロバート・デ・ニーロかと思った。確かデ・ニーロも演技のため肉体改造やったことがあったと記憶してたから。たしか実在のボクサージェイク・ラモッタを演じた『レイジング・ブル』だったか。

 『オールド・ガード』で不死身の戦士の女リーダーを演じるシャーリーズ・セロン、その役名はアンドロマケ、通称アンディと呼ばれている。アンドロマケっていうと確かギリシア神話かなにかだったような。

アンドロマケー - Wikipedia

 名前の意味は「男の戦い」か、なるほどなるほど。そしてアンドロマケといえばヘクトールの妻であり、ヘクトールがアキレスに殺されると、アキレスの子ネオプトレモスの愛人となり一児をもうける。こういう数奇な人生についてはホメロスの『イリアス』の記述らしい。『イリアス』は要約版の『イーリアス物語』を大昔に読んだはずだが、ほとんど忘れている。

 さらにいうとヘクトールとアンドロマケというと、この二人を題材にしたジョルジュ・デ・キリコの不条理抽象画を思い出す。あれは富士美かポーラ美術館のどっちかで観たんだったか。

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ヘクトルとアンドロマケ』(ジョルジュ・デ・キリコ

 これは第一次世界大戦に出征して精神をやられたキリコが戦争のへの不安、不条理を描いたものだとか。まあこれは余談というか関係のない話だ。

 『オールド・ガード』は、人類の危機を救ってきた戦士たちと、その不死身の秘密をDNA情報の解析によって暴こうとするコングロマリット製薬会社との対決というのがお話。まあ不死身の情報を解き明かし汎用化させれば、多大な利益を得ることになるということだ。

 製薬会社のトップを演じるのはハリー・メリング。ちょっとオタクっぽいというか狂気な目つきのひ弱な男というのが特徴的。この人はハリーポッターシリーズで知られているようだが、最近だと確か『クイーンズ・ギャンビット』に出ていたのを覚えている。

 この作品、Netflix制作モノだがラストがいかにもTo be continued的で、絶対これ続編ありでしょうみたいな感じだが、今のところそういう発表はないようだ。ただし、ディズニーがマーベル系で様々なシリーズ・コンテンツを持っているだけに、Netflixとしてもシリーズものをぶち上げたいと狙っているはず。登場人物も白人、黒人、さらにアジア系の女性も今後キーになってきそうだし、シリーズ化すればここにさらにヒスパニック系とか登場させるんじゃないかとか適当に考えている。

 映画としては荒唐無稽なアクションだけど、そこそこストーリーもこなれているし面白い。シャーリーズ・セロンの際立った魅力に依拠している部分あるけど、彼女が降板してもさらなる登場人物の登場でどうとでもなりそうなコンテンツではある。もう1、2作は十分いけそうな気がする。