昨日、前から一度行きたいと思っていた府中市美術館へ行って来た。
埼玉からだと府中は車で1時間くらいの距離。関越所沢インターで降りてから下道を南下していくっていう感じか。


府中市美術館は府中の森公園の北端にある。周囲の環境もきれいだが、何より館内がゆったりとしてとても雰囲気がいい。駐車場は普通は公園の有料駐車場を使うようだが、身障者用には建物裏に平置用が1台分、地下に2台分がある。建物裏地上駐車場は3台分あり、そのうち2台は関係者用となっているけど、空いていれば利用可能なのかもしれない。ウィークデーで空いていたということもあり問題はなかったけど。
帰ってきてから調べると、こういうサイトがあり詳しい案内が紹介されていた。
東京 府中市美術館 車椅子利用ガイド バリアフリー情報 | 車いすお出かけガイド



展示室は2階にあり一般客はエスカレーターで、我々車椅子組はエレベーターを使う。このエレベーターは美術品や装備の搬入搬出にも使っているようで、作品保護のため昇降スピードが遅いという但し書きがあった。
2階の展示室はゆったりしていて、たいへん観やすい。とても居心地のいい雰囲気。



映えるNIPPON 江戸~昭和 名所を描く 東京都府中市ホームページ
企画展は「映えるNIPPON 江戸~昭和名所を描く」。まず「四人の広重」として、江戸、明治、大正の浮世絵風景版画師、歌川広重、小林清親、川瀬巴水、さらに鳥観図の吉田初三郎を四人の広重としてそれぞれの作品を紹介。
このコーナーでは広重の大胆な構図について詳しく説明されている。それが「近像型構図」で、これは遠近法の一つで近くのモチーフを大胆に大きくクローズアップさせる手法。これは西洋の遠近法にはない手法であり、印象派の画家たちにも影響を与えた、ある種、浮世絵=ジャポニズムの神髄のようなものである。




明治の広重として取り上げられるのは小林清親。
小林清親の浮世絵は一般には光線画といわれている。
光線画(こうせんが)とは、浮世絵の一種。明治時代初期に小林清親によって始められた、新しい様式の名所絵、風景画。同時期の他の浮世絵師たちが、明治期特有の毒々しい色彩を使用していたのと対照的に、清親らは文明開化の波に晒された江戸から東京に移りゆく都市景観を、光と影を効果的に用いて新しさと郷愁とが同居した独自の画風で描き人気を博した。
「明治期特有の毒々しい色彩」とはおそらく明治初期に流行った開化絵、錦絵をさしているのだろう。それに対して清親の浮世絵は光と影により郷愁、抒情性があふれる作品を多数描いたことで評判を得たという。
清親の作品はこれまでも多くの美術館で観てきたように思うが、多分一番最初に意識したのは山梨県立美術館で開かれた『夜の画家』展だったように記憶している。ラ=トゥール『煙草を吸う男』を目玉に夜の表現に着目した面白い企画展だった。その中で確か清親の作品が何点か出ていたように覚えている。記憶違いかもしれないけれど。
しかし明治期の夜は近代化によって随分と明るくなったのだろう。ガス灯や提灯により暗闇の中でもはっきりと人々のシルエットがわかる。とはいえそれでも随分と暗い。いったん街中から外れてしまえば漆黒の闇ということになるのだろう。
この『日本橋夜』の道行く人物たちのシルエットもどこか人であって人でない、異空間のような雰囲気がある。人物をシルエット化するのはなにかのアニメ映画の中であったような気がする。多分ジブリの作品だったような気がするが。
こうした夜の風景をみると現代の都市の夜はまさしく不夜城のごとく明るい世界が現出している。当時の人々が今の東京の夜の世界に紛れ込んだら、さぞや驚嘆するだろう。逆に現代の我々が明治期やそれ以前の時代の夜にタイムスリップしたら、その暗闇の世界に相当な戸惑いを覚えるのだろう。
それを思うと映画やドラマの時代劇のリアリズムというのはどうだろうか。時代劇で夜の町や室内で普通に人物がくっきりと描かれるが、実際は燈明、提灯、行灯などの明かりではぼんやりと映るだけ、まさにシルエットのようであったはずである。
18世紀のロウソクの光の中での室内風景をリアルに描いたのは確かスタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』だったが、あの映画のためにカメラやフィルムなどの技術面にも相当な工夫を行ったということが、解説書の類でも読んだことがある。リアリズム的な再現も困難さ、それを何の意識もなく消費してしまう自分たち観客たち、みたいなことをちょっとだけ考えたことがある。
川瀬巴水も人気の高い浮世絵師、版画家であり、その作品は様々な美術館で目にすることも多い。
もともと鏑木清方に入門し、一度は洋画に転じ岡田三郎助に師事したという。その後再度鏑木清方に再入門し、同門の伊東深水の影響で風景画、版画に転じたという。
吉田初三郎の鳥瞰図も何度か観たことがある。極端なデフォルメによって名所の位置関係を描いてみせるパノラマ図は観ているだけでどこか心がワクワクさせられる。この神奈川県鳥瞰図では富士よりも大山が大きく描かれる上に、富士山の向こうには遠くに下関まで描かれるサービス精神。
吉田初三郎のパノラマ図を楽しめる図録がこの美術館でも販売されていた。
3520円の価格ながらこの図録は強烈に欲しくなった。企画展の図録と天秤にかけてなんとか購入を控えたけれど、どこかで買うかもしれない。誰かプレゼントしてくれないかと思ったりもする。
その他では和田栄作の描く富士や、日本の原風景とその象徴のごとくに茅葺屋根の古民家を描き続けた向井潤吉の作品が楽しかった。特に向井潤吉の古民家にはある種の生命力みたいなものまで感じられる作品もあり、ちょっと岸田劉生の『切通之図』を連想してみたりした。
世田谷美術館の分館に向井潤吉アトリエ館があるという。機会があれば行ってみたいと思う。
府中市美術館の常設展では現代作家の抽象画が多く展示されていた。また二階の一室には牛島憲之記念館があり遺族が寄贈したという作品やおそらく所蔵していた他の画家の作品なども展示してある。その中には松本俊や長谷川利行の作品もあった。