「炎の人ゴッホ」

 だいぶ前にBSで放映されたのを録画しておいた。たまたま夜、時間があったので観始めたら結局最後まで観通してしまった。こういうことしているから、睡眠不足になる。
 この映画は一度テレビで観ている。多分、中学生か高校生の頃のことだから、かれこれ45年くらい前のことになる。その割にはけっこう鮮明に覚えている。自分のゴッホについての知識はこの映画に負うところがけっこう大なのではないかと思っている。それはまあ普通に、この画家が激情家で神経を病み、自分で自分の耳を切り落とし、最後は拳銃自殺する。ポール・ゴーギャンとは盟友の仲であり共同生活をしていたが、仲違いしそれも契機となって神経症を悪化させるなどなど。
 映画自体についていえば、ゴッホと容貌の似ているカーク・ダグラスがそれまで肉体派のアクション俳優だったが、この映画を機に演技派に転身を図ろうとしたなどなど。そしてアカデミー賞主演男優賞を受賞したのがゴーギャン役のアンソニー・クインであることなども。
 改めてこの映画を観るとまず色彩の見事さを思う。61年前の映画でありながらというべきだろうか。随所にゴッホの名画がスクリーンに大写しとなり、それが実写の景色とシンクロする。そういう演出の妙はヴィンセント・ミネリの真骨頂かもしれない。この人は映像、色彩感覚に優れた映画を多数ものにしている。また絵画的世界を映像化するのも得意としている。この映画に先立つ1952年に「巴里のアメリカ人」でもロートレックの絵をそのままダンスシーンに使っている。
 カーク・ダグラスの演技は少々暑苦しいような熱演で、それはそのままゴッホという暑苦しい画家のの人物像を再現している。この人は沢山の主演作がありプロデューサーとしても活躍した。代表作も多数あるが、もしアカデミー賞男優賞をとるとすればこの映画だったのではないかと思わない訳でもない。結局、カーク・ダグラスはオスカーをとることなくキャリアを終えている。とはいえこの人は100歳になる現在も存命で、ハリウッドの文字通りレジェンドとなっている。
 ちなみにこの1956年はというと、ハリウッド映画の全盛期であったようで大作、佳作が目白押しの年である。アカデミー賞にノミネートされた作品等からリストアップすると、「王様と私」、「ジャイアンツ」、「友情ある説得」、「八十日間世界一周」、「十戒」、「上流社会」、「雨を降らす男」、「戦争と平和」、さらにヒチコックの「知りすぎていた男」もこの年。さらにはオスカー外国映画賞を受賞したのはフェリーニの「道」である。ある意味映画史に残るような名画、傑作、大作の当たり年だった。
 そして男優賞にノミネートされたのはカーク・ダグラスの他には「王様と私」のユル・ブリンナー、「ジャイアンツ」からロック・ハドソンとジェームス・ディーン、「リチャード三世」のローレンス・オリヴィエ。順当にいけばローレンス・オリヴィエかと思いきや、受賞はシャムの王様を演じたユル・ブリンナーである。これは意外というかなんというか、ユル・ブリンナーにあげるならカーク・ダグラスでいいではないかと思わないでもない。
 「ジャイアンツ」でロック・ハドソンとジェームス・ディーンのダブルノミネートは、おそらく前年の1955年にジェームス・ディーンが非業の死を遂げていたことから、あえてのノミネートとなったのではないかと思う。さらにいえばこの傑作群の中でいえば、「雨を降らす男」のバートラン・カスターやキャサリン・ヘップバーンのノミネートがないのもおかしいようにも思う。あの映画の二人の演技は素晴らしいものがあったし、ダブル受賞であっても納得できるのではと思ったりもする。
 まあ61年前というある意味自分が生まれた年、大昔のタラレバをしてもしょうがないことではあるのだが、カーク・ダグラスは結局のところオスカーと無縁な大スターの道を歩んだ。
 話を戻そう、「炎の人ゴッホ」のタイトルクレジット、エンドクレジットでは、この映画が沢山の美術館、コレクターの協力の元にできたという献辞が映されている。実際、ゴッホの多数の名画がスクリーンに映し出される。そのへんの斬新さもあり、この映画は画家の伝記映画としても代表的な作品の一つになっていると思う。
 画家の伝記映画というジャンルでいえば、この映画の他に思い出されるのはロートレックの生涯を描いた「赤い風車」(ジョン・ヒューストン監督)、モディリアニの非業な人生を描いた「モンパルナスの灯」(ジャック・ペッケル監督)などがある。この「モンパルナスの灯」では若きアヌーク・エーメがモディリアニの若妻ジャンヌ・エビュテルヌを演じている。この人は本当い美しい女優だ。
 さらにいえばミケランジェロ教皇ユリウス二世との確執をシスティーナ礼拝堂の大作「最後の審判」の制作過程を通じて描いたオリバー・リード監督の「華麗なる激情」も画家の伝記映画ではないが、絵画芸術を題材にした傑作映画だった。この映画の原作アーヴィング・ストーンは芸術家の生涯を小説にするのが得意だったようで、実は「炎の人ゴッホ」の原作もこの人である。翻訳が出ているなら読んでみたいところなのだがどうなんだろう。
 試みに検索してみると「華麗なる激情」は『ミケランジェロの生涯』として二見書房から刊行され、「炎の人ゴッホ」は中公文庫で現在も稼働しているようである。

炎の人ゴッホ (中公文庫)

炎の人ゴッホ (中公文庫)