『ビリーブ 未来への大逆転』を観る

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ビリーブ 未来への大逆転 [DVD]

ビリーブ 未来への大逆転 [DVD]

  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: DVD
 

  これもネットフリックスで観た。昨年亡くなったアメリ最高裁判事ルース・ギンズバーグが弁護士時代に取り組んだ男女平等裁判を描いた社会派ドラマ。リベラル派最高裁判事ギンズバーグがなぜアメリカでリスペクトされていたか、その一端をうかがえるような内容だった。

ビリーブ 未来への大逆転 - Wikipedia

 それにしてもこのタイトルはちょっと酷い。法律に基づく性差別を改正するために生涯を捧げてきたルース・ギンズバーグを描く映画のタイトルとしてはまったく内容とマッチしていない。現代は「On the Basis of Sex」で性別に基づくという意味。彼女は性に基づく差別と闘ってきたことからこのタイトルが使われている。邦題つけるときにはそういう意を汲んで欲しいと思う。

 ルース・ギンズバーグは昨年87歳で亡くなった。その後任人事を巡っては最高裁判事のリベラルと保守派の員数がそのまま今後のアメリカ司法に影響を受けるということでかなり話題になった記憶がある。大統領選終了後に人事を行うことを主張した民主党に対してすぐに判事指名を強行したトランプ共和党みたいな図式だったか。

 ギンズバーグの公式的に使われる写真はこんな感じで理知的で美しいひとだが、映画で彼女を演じたフェリシティ・ジョーンズとはちょっと違うようにも思える。

 

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 しかし若いときのギンズバーグはこんな感じで、フェリシティ・ジョーンズは役作りに関してけっこう似せているのかもと思えなくもない。

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 映画では優秀な成績でハーバード・ロウ・スクールに進学し優秀な成績を残しつつ、育児とガンの病魔におかされた夫の看病も行うなどの彼女の労苦をたんたんと描いていく。彼女はバイタリティに溢れるスーパー・レディだったようだ。まずは意思の力とやり抜く力を有した女性ということ。

 その後、夫がニューヨークの法律事務所に移ったのをきっかけにボストンのハーバードからニューヨークのコロンビアに転学する。卒業後ニューヨークの法律事務所への就活を行うが10数社受けてもすべて不採用。60年代アメリカの法曹界には分厚いガラスの天井があったわけだ。弁護士の夢を絶たれた彼女は大学教授の職を得ることになる。

 そして70年代、彼女は法律に明らかな性差別があることから、その違法性を問う裁判を積極的に行っていく。映画で取り上げられるのは女性差別ではなく、未婚の男性が母親の介護を行うにあたりその費用を所得控除できないという法律の不備を問うものだった。

 映画はテンポもよくトントンと進む。弁護士としてのキャリアがないため知識はあっても法廷での陳述に不慣れなギンズバーグが、最後に見事な弁論を行い裁判を勝利に結びつけるところでハッピーエンドとなる。こういう社会派ドラマ、ハッピーエンドというアメリカ的映画の作りはある種のカタルシスを与えてくれる。勧善懲悪ではないが、努力は必ず報われるという作り、これは娯楽映画として重要なポイントかもしれない。

 それにしても70年代のアメリカがいかに性差別が当たり前の常識として通用されていたかについては驚かされる。女性は基本的に家庭で育児、家事を行う、それが自然の摂理である。こういう言説がリベラル派の人々の間でも常識であり、それに異議を唱えるのはラジカル=急進主義者というレッテルを押される時代だった。ほんの50年前のことである。

 そして今、日本ではオリンピック組織委員長にして元総理大臣が、女性がいる会議は長くなる、女性はわきまえずに競って無用な発言をするみたいなことを冗談めかして吹聴し、それが問題化されると発言が切り取られた、もともと女性差別の意図はないと弁明する。結果としてこの元総理大臣は職を去ることになるが、女性差別を冗談めかしていうことがこの時代にあっては完全にアウトであるという認識にたてない。それは日本社会が多分ギンズバーグが戦った70年代のアメリカとどっこいどっこいの所にあるということを示唆している。

 自分は元総理大臣の発言の報を聞いたときに、これは一発アウトだと直感した。実際そのとおりにはなったが、いざ辞任となるまでには一週間近くの時間が費やされている。元総理のこれまでのキャリアから、彼の失言を弁護するような意見も様々に出た。しかし女性という性を主語にして語られる言説は、ほとんどの場合性差別を示唆していもいる。もちろんそれは男性を主語にしても同様だ。

 女性が参加する会議は長くなる、女性は競争しあって我先に発言を求めるので会議は混乱し長くなる。そんなおよそ正当性のない言説が元総理という「偉い」人が述べると誰も異議を唱えることができない。これが男性社会、あるいは権威主義によって構成される古い秩序であることだと認識できない、あるいはわかっていても修正できない。それが残念ながら21世紀の遅れた日本なのだ。

 ルース・ギンズバーグは先駆者にして多くの成功的な実績を作り、最高裁判事という法曹界の頂点に上り詰めた稀有な存在だ。彼女の伝記映画はもっと知られてもいいと思う。オリンピック組織委のゴタゴタが連日のように報じられているが、この映画が地上波で放映されることはない。ゴールデンタイムにこの映画が放映されればもっと性差別に対する人々の意識が変わる端緒となるかもしれない。

 テレビ放映でもいい、映画館での単館上映でもいい、あるいはネット配信でも、TSUTAYAのレンタルでもなんでもいい。今、この映画はもっと人々の目に触れてもいいのではないか、もっと多くの人に観てもらってもいいのではないかとそんなことを思った。

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