追憶のアメリカ旅行10(最後のディズニーランド)

 最終日の26日も午後になってからディズニーランドに向かった。やっぱりここが聖地みたいな感じでしょう。記憶的には前日なのかこの日だったか曖昧だけどメインストリートUSAのすぐ右手にあるオペラハウスでリンカーンの生涯とかを見た。こういうのはレアだと思う。

 さらにメインストリートの入り口のところでバンドが厳かに国家とかその手の曲をやっていて、国旗降納式をやっていた。するとガタイのいいお爺さんたちが集まってきて、みんな直立不動の姿勢で歌い出す。するとその周囲の観光客もみな襟を正して歌い出す。多分歌っているお爺さんたちは間違いなく元軍人さん、いわゆるベテランといわれる方々だと思う。こういうのがアメリカの草の根保守というかナショナリズムを支えているんだと実感しました。

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 その後はどうしたんだか。とにかくアトラクションはもうあまり乗る時間がないので、出来れば日本にはないものを幾つかとあと最後にもう一度スター・ウォーズ・ギャラクシー・エッジの周辺をぶらつくかという感じ。さらにいえばお土産物も買わなくてみたいなこともあったし。

 それでまず乗ったのはクリッターカントリーのプーさんの冒険。これはTDLにあるハニー・ハントとは少し趣が違う。あんまり大掛かりじゃないものでしたが、それはそれ本場のものだし、割と楽しめた。

https://disneyland.disney.go.com/attractions/disneyland/many-adventures-of-winnie-the-pooh/

 さらに不思議の国のアリスも。

https://disneyland.disney.go.com/attractions/disneyland/alice-in-wonderland/

 そして最後にマッター・ホーン・ボブスレーにも。ここはだいたい30分待ちくらいだったか。このアトラクションもここアナハイムにしかないもの。11年前も乗ったけれど、古き良き遊園地のジェットコースターっぽくてまあクラッシックなアトラクション。最後に出てくる雪男はかなりバージョンアップしてるみたいだった。

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 暗くなってからは最後の晩餐ならぬ軽食をクリッターランドのハングリーベア・レストランで食した。ここは11年前も食べたところでまあ定番のハンバーガー屋さん。

ハングリーベア・レストラン | ディズニーランド(アナハイム)のクチコミ・感想

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 前回はあまり食事らしい食事はできなくて、それこそこのハングリーベアがパーク内での唯一の食事みたいな感じだった。それもあってか最後の日に意を決してホテル内のレストランのディナーを予約した。それからすると今回の旅行では昼、夜の2食はきちんと食事をとった。まあこれというのもスマホで注文から決済までオーケーのモバイル・オーダーがあったから。パーク内ではほとんどこれに頼った。

 そして最後にメインストリートUSAのお土産物屋さんで買い物して終了。まあ基本は子どもの卒業旅行の付き添いみたいなポジションなので、子どもが好きなことをさせてやった。なんというか最後の親バカみたいな感じか。そのお陰で最後の最後に、ディズニーとコラボしているとかのブランド品まで買わされた。

https://www.shopdisney.com/disney-parks-icons-crossbody-bag-by-dooney-bourke-400035251956.html?isProductSearch=0&plpPosition=31

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 このドゥーニー&バークって、そこそこ知られた皮製品のブランドみたいで、地味目のコーチみたいなところだろうか。アメリカではほとんどカードで済ませていたので、一応持って行った現金がけっこう残っていたので、このへんは全部現金を使った。えらく高くついたけど、帰ってきて楽天とかのサイトを見てみたら倍以上で売っていたのでビックリした。子どもにメルカリかヤフオクに出すかと言ってみたら即効却下された。

 結局5日のほとんどをアナハイムで過ごす旅行で、ほとんど11年前と同じ行程だった。まあ最初にも書いたと思うが、車椅子のカミさんを連れての海外旅行なので、あまり移動はしたくない。出来れば同じホテルに連泊しての観光が望ましい。そういうことでのディズニー・リゾート旅行ということになった。おまけにディズニーであればなんとなく勝手もわかっているという強みもある。

 治安の点でもバリアフリーの点でも、ディズニーリゾートはもっとも安心な場所といえる。実際怖い思いなどしたこともないし、ウィークデイの家族で遊びに来る、しかもかなり高額なパークチケットを買って来るという点でも、ここに集まるアメリカ人はまさしく中産階級の人々。そこそこに教育もあり、経済的余裕もある人たちばかり。なので、みんな優しいし、車椅子の我々には親切でもあった。

 カリフォルニア・アドベンチャーでだったか、ガタイのいい子連れのおっさんが尻のポケットに差したサングラスを落としたので、拾ってあげた。後ろから背中をトントンすると振り向いて怪訝な顔するので、サングラス差しだして「your glasses?」みたいなこと言うと、急に満面の笑み浮かべて「thanks」と言う。こっちもいいことしたという気持ちにもなるけど、相手もまったく裏表のない感謝を口にする。こういうところはなんとなく古き良きアメリカみたいな感じがした。まあなかなか街中ではこういうのはないだろうなとも。

 11年前も思ったことだが、最大のバリアーはやっぱり言葉だと思う。言葉さえ通じ合えれば多分たいていのことはうまくいく。もしくはうまくいかないことが明確化する。言葉がわからないということは、コミュニケーションが取れないということは、人間関係にあっては最大の障壁になる。

 そういう教訓を11年前に覚え、今度来るときのために英語を少しは勉強しなくちゃとか思ったのだが、結局果たすことができなかった。その間に英会話のスクールに通ったり、いくつかの学習教材買ったりもしたんだけどね。

 次に行くときは今度こそ言葉を少しは覚えて・・・・・、というのは多分もうないのだろうとは思う。もう63歳なのだし、10年スパンで考えたら次は73とか74とかである。後期高齢者に足突っ込む状態での海外旅行、しかも車椅子のカミさん連れてというのは難しいだろう。それを思うとこれが多分最後のアメリカ旅行なのかなと思ったりもすr。

 子どもはというとこれから何度も海外に行く機会があるだろう。せいぜい語学の勉強をしてくれたらいいと思う。

 今回の旅行もまた子どもにとっては卒業旅行、親にとっては子育ての卒業旅行でもある訳で、無事に終えることができてまあ良かったと思っている。

 多分、まだしばらくは補遺みたいな形で旅行の記憶を綴ることもあるとは思う。とりあえず新型コロナウイルスに喘ぐ世界にあって、その感染爆発のほんの少し手前で、小市民的に、海外旅行が出来て良かったと思う。