東京富士美術館「ヨーロッパ絵画 美の400年」(12月4日)

 東京富士美術館の「ヨーロッパ絵画 美の400年」に行ってきた。

 ヨーロッパ絵画 美の400年 | 展覧会詳細 | 展示をみる | 東京富士美術館(Tokyo Fuji Art Museum, FAM)

 この企画展はルネサンスから20世紀の近現代美術までの西洋絵画400年の流れを、美術館所蔵コレクションの中から約80点を通してトレースするという企画展だ。その作品には、ティントレット、ヴァン・ダイク、クロード・ロランといったオールド・マスターから、モネ、ルノワールゴッホ、モディリアニ、マグリットといった人気画家までを網羅する。作品を通じて西洋美術史を学ぶことができるような形になっている。

 さらにいえば、この80点の他にも常設展示でほぼ同じくらいの作品が展示されている。恐るべし富士美といった感じである。たしか2017年だったか、西洋絵画の所蔵品中心に「とことんみせます!富士美の西洋絵画展」が開催された。そのときの展示作品数は約275点。海外の美術館ではよく見ることができる、展示作品を上下に2点、3点と展示するようなあの展示を、自分は国内で初めてみた。改めて、「恐るべし富士美」である。

 そのときに国内でこの規模のルネサンス以降の西洋絵画を所蔵しているのは、たぶん上野の西洋美術館と富士美くらいかと思ったりもした。ちなみに西洋美術館の所蔵品はだいたい6000点くらいといわれている。それに対して富士美の方はというと、西洋絵画、浮世絵、彫刻、写真などすべてを網羅すると約3万点ともいわれている。すげえな富士美と思う。そして宗教の力、その資金力には驚かざるを得ない。

 西洋美術館の所蔵品のベースとなったのは、言わずと知れた松方幸次郎のコレクションだ。彼は戦前に西洋美術品約3000点、浮世絵8000点を蒐集したといわれている。しかし昭和金融恐慌で事業は破綻し、多くのコレクションが売立にあったという。そのうえで西洋美術館のコレクションは戦後フランスから返還された松方コレクション約370点が各となったともいわれている。

 なにかコレクションの点数だけをみていると、そしてコレクションの売立などが行われなかったことなどからすると、なにか松方幸次郎よりも池田大作の方が凄いみたいなことになるかもしれない。

 宗教家がその豊富な資金力から美術品を蒐集するというのはよくある。たぶん国内的には池田大作岡田茂吉が群を抜いているかもしれない。それが東京富士美術館とMOA美術館という形となっており、我々はそのコレクションを鑑賞という形で享受できる。

 ただしMOA美術館も熱海という観光地にありおいそれとは行けない。東京富士美術館も八王子の山の中、けっこう辺鄙なところにある。車で行くか、八王子からバスでとなる。なぜそんなところにあるかというと、美術館は創価大学のキャンパスの一角にあるからということになる。

 創価大学の学生は多分ほとんどが創価学会員の子息なんだろうと思うが、彼らは授業の合間にあの名画をいつでも観ることができる。たいへん羨ましいキャンパスライフではないかと思ったりもする。

 

 話はなんとなく、いつものごとく脱線した。

 ルネサンス以降の西洋絵画にはジャンルによるランク付けがある。これはイタリアルネサンス初期の人文学者アルベルティの著書『絵画論』で展開されたものだ。それは歴史画を最高位として以下のようなランクとなる。

  • 歴史画

  歴史的事実、神話や聖書などの物語をビジュアルに再現したもの

  王侯貴族など高貴な身分の人々を神格化して描いたもの

  • 風俗画

        市井の名もなき人々の生活を描いたもの

  • 風景画

  自然や都市の景色を描いたもの

  命のない「物」を描いたもの

 そして歴史画という高尚なジャンルを描くためには、幅広い古典の教養に加え、幾何学的な遠近法も使いこなすなどの高いレベルが必要とされ、歴史画を描く画家は詩人や人文学者と同列の存在とされたという。このへんはおそらくルネサンス期まで、画家はある種職人と見られていただけに、歴史画を描く画家の地位は大きく向上したということになる。このヒエラルキーは17世紀のフランス王立絵画彫刻アカデミーの設立によって確立していくという。

 こうした中で歴史画以外のジャンルは、最初は歴史画の一部として描かれる。それは背景として描かれる人々の生活であったり、自然の風景であったり、人物の近くに置かれた果物や器、花であったり。それらが「風俗画」として独立していく。

 今回の企画展はそういう流れがトレースするようにして、ルネサンス期、バロックロココ新古典主義ロマン主義自然主義などの作品を展開していく。

 一方で、絵画の表現方法はというと、ルネサンス期、三次元的な世界をいかにして二次元的な絵画表現の中に落とし込むかについて、さまざま試行錯誤ななされ、奥行き方向のすべての平行線を一つの消失点に集中させる透視図法、遠くにあるものが大気と同化しかすんで見えるように、ぼやかして描くことで遠近感を再現する空気遠近法、この二つの遠近表現に収斂されていく。

 これらの遠近表現によって、二次元の平らな画面に、空間の広がりを表現することが可能になっていく。

 一方で、19世紀後半になると、印象派の画家たちは、光による色彩の変化を画面に写しとることで、現実世界を視覚的に再現すること追及する。さらに20世紀になると、対象を分解し、多視点から捉えようとするキュビスムの手法などが生まれる。そこでは固定した視点から世界をみる遠近法を否定する。

 今回の企画展「ヨーロッパ絵画 美の400年」はそういう、西洋絵画のジャンルの生成と変遷、さらに表現技法の変化などを作品を巡りながらみていくことになる。そういった点ではきわめてまっとうかつ西洋美術史をトレースすることができる。

 この企画展は2019年から全国13か所で巡回してきたものだ。コロナ流行時期の2020年から2021年に6か所で開かれるなど、なかなか困難な状況の中で地方巡回してきた大型企画展だ。そして5年余りをかけてようやく富士美に戻ってきたということになる。

 開催期間は 2025年10月4日 ~2026年1月18日まで。できればもう一度は行きたい展覧会でもある。

 

ベルナルド・ストロッツィ

《アブドロミノに奪われた王位を返還するアレクサンドロス大王》 
ベルナルド・ストロッツィ 1615-17年頃 
油彩/カンヴァス  123.0×175.0cm

 初期にはジェノヴァで、のちにヴェネツィアで活躍したイタリア、バロック期の画家。歴史的な題材を同時代的な市井の人々に模して描いているような感じだ。様式的にはカラヴァッジョの影響下にあるが、人物の頬の赤みがかかった表現など、どこかルーベンスを思わせる部分もある。

ヘラルト・デ・ライレッセ

《天使たちを迎えるアブラハム》 ヘラルト・デ・ライレッセ
 17世紀後半 油彩/カンヴァス 116.5×178.0cm

 右側の座った二人、左の立っている一人が天使だが、三人とも天使を表す翼や光輪は描かれていない。中央の髭をはやした老人がアブラハム。かしずいて天使の一人の足を洗っているのは召使の少年。三人の天使たちはアブラハムと妻サラの間に息子が生まれると予言する。その子がイサクである。

 ライレッセは17世紀から18世紀にかけてオランダで活躍した画家で、美術理論家でもある。のちに『素描芸術の基礎』、『大画法書』などを出版した。その『大画法書』は長崎に伝わり、江戸時代末の洋風画家、小田野直武、佐竹曙山司馬江漢、亜欧堂田善らにも伝わったという説もあるようだ。

ティントレット

《蒐集家の肖像》 ティントレット 1560-65年
 油彩/カンヴァス 111.0×90.0cm

 ルネサンスヴェネツィア派の代表的な画家で、ティッツィアーノの後継者であり、ティッツィアーノの彩色やマチエールを発展させたという。たしか10代でティッツィアーノの工房に入ったが数日で追い出されたという逸話があったような。その理由は確か絵が上手すぎるとかなんどか。

 日本でティントレットの作品というと西洋美術館の《ダヴィデを装った若い男の肖像》を思い出すが、この作品をそれに勝ような見事な作品だと思う。

アンソニー・ヴァン・ダイク

ベッドフォード侯爵夫人 アン・カーの肖像》 アンソニー・ヴァン・ダイク 
1639年 油彩/カンヴァス 103.0×79.5cm

 17世紀のフランドルを代表するバロック期の画家。大型の肖像画が有名で、この企画展では他に《アマリア・ファン・ソルムス=ブラウンフェルスの肖像》が展示してあった。国内では西洋美術館に《レガネース侯爵ディエゴ・フェリーペ・デ・グスマン》が常設展示されていたように記憶している。

ジャン=マルク・ナティエ

《フェルテ=アンボー侯爵夫人》 ジャン=マルク・ナティエ 1740年
 油彩/カンヴァス 145.0×115.0cm

 上流階級の女性たちをギリシア・ローマ神話の女神になぞらえて描く「扮装肖像画(歴史的肖像画)」を流行させた画家。この人が描く女性はたいてい美人で、ほぼ同じようなポーズをとっている。かなり盛っているのだろうが、フェルテ=アンボー侯爵夫人が25歳の時のものだそうだが、かなりの美人だとは思う。

フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス

《ブルボン=ブラガンサ家の王子、ドン・セバスティアン・マリー・ガブリエル》 
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1815-20年頃 
油彩/カンヴァス 144.0×105.0cm

 ゴヤはロココ期の画家なのだそうな。昔、美術史の本でそんな記述を見たときに、あの暗い絵のイメージがあったので、なんとなく違和感を覚えたが、こういう王侯貴族の肖像画を見ると、まさしくロココという気もしないでもない。

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン

ルイ16世の妹エリザベート王女》 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン
1782年 油彩/カンヴァス 76.5×61.0cm

 エリザベート王女は、兄ルイ16世と王妃マリー・アントワネットに忠実で、革命勃発後も行動を共にし、二人とともに断頭台に送られたという。画家ルブランは当時女流画家として人気を博し、マリー・アントワネットのお気に入りだったという。彼女も一時獄中にあったが、死刑になる直前に逃亡した。ロココ趣味の王侯夫人の肖像画の雰囲気は、彼女の作品によって流行したという。

ジャン=フランソワ・ミレー

《男の肖像》 ジャン=フランソワ・ミレー 1840-41年頃 油彩/カンヴァス 59.0×47.0cm

 バルビゾン派を代表する農民画家のミレーである。バルビゾンで自然主義的な作品を描く以前、ミレーは肖像画をもっぱら描いていた。おそらくその頃の作品だが、あまり売れなかったらしく、かなり貧しい生活を強いられていたとも。その頃、若い妻ポリーヌ・ヴィルジニー・オノと結婚したが、病弱な妻を早くに失くしている。彼女の肖像画はたしか山梨県立美術館で観たような記憶がある。

ジョシュア・レノルズ

《少女と犬》 ジョシュア・レノルズ 1780年頃 油彩/カンヴァス 77.5×63.5cm

 子どもに愛くるしい衣装を着せて、ポーズをとらせるファンシー・ピクチャーというジャンル。中には男の子に女の子のドレスを着せて描いた作品とかもあるという。レノルズやゲインズバラが得意としていた。確かに「かわいい」のだが、どこか倒錯的な雰囲気もある。こういう風俗画的肖像画の受容って、単にうちの子かわいく描いて的なものだったのだろうか。

カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)

ヴェネツィアサン・マルコ広場》 カナレット 1732-33年頃 
油彩/カンヴァス 61.0×96.5cm

 ヴェドゥータ(都市景観画)である。17世紀、イギリスの上流階級の若者がイタリアに旅行するのが流行する。グランド・ツァーである。そのときに、彼らが好んで購入したのがカナレットの都市景観画だ。一作もののかなり高い絵葉書といったところだろうか。ただこの遠近法によって描かれた写真のような精密な写実絵によって、当時の実像を知ることができる。歴史をヴィジュアルに見るという点で、こうした絵が得難いものだと思ったりもする。

アンリ・ファンタン=ラトゥール

《葡萄と桃のある静物》 アンリ・ファンタン=ラトゥール 19世紀後半
 油彩/カンヴァス 30.0×41.0cm

 印象派の周辺にいた画家でモネとも親交があったが、戸外制作に関心はなく、肖像画やこうした静物画を多数描いた。そういえば西洋美術館で開かれているオルセーの印象派展には数点作品が出品されていたのを思い出した。

ジャン・バティスト・カミーユ・コロー

《もの思い》 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1865-70年頃 
油彩/カンヴァス 46.3×38.1cm

 バルビゾン派の先輩筋にあたる風景画家コローである。彼は風景画とともに、アトリエで様々な衣装、特に農民の衣装をつけたモデルによる「空想的人物像」を多数描いているという。この絵もイタリアの農民の衣装をつけた女性の人物画だ。コローはイタリア旅行して、そのときの思い出、記憶をもとに多数の絵も描いている。この絵もその一環のようだ。

 こうした「空想的人物像」、「空想的農民画」はコロー以外にも、ジュール・ルパージュやジュール・ブルトンなんかも描いていたような気がする。いずれも農民の女性を描いているのだけど、農民にしては美人過ぎるみたいな印象があった。たしかジュール・ルパージュなんかは人気の美人モデルに農民の衣装をつけさせて、アトリエで描いてから、あとで背景を田園風景にしたりしてたとか。

 そういうのはおいとくとして、この《もの思い》はコローの作品の中でも一番好きなものの一つだ。しばらく富士美で観ていなかったなと思っていたのだが、地方を巡回していたのか。

《ユディト》 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1872-74年頃 
油彩/カンヴァス 105.5×62.2cm

 旧約聖書外伝『ユディト記』に登場するユダヤの女性。敵軍の将ホロフェルネスを泥酔させ彼の首を切り落とした勇敢な女性として、多くの画家に描かれている。著名なところではカラヴァッジョやカラヴァッジョに影響されたジェンティレスキの凄惨な絵などがある。たしか西洋美術館ではルーカス・クラナハのものなどがあったような。

 コローの《ユディト》には凄惨な断首シーンもホロフェルネスの首も描かれていない。ただしよく見るとユディトが右手に袋らしきものを持っていて、その中にホロフェルネスの首さしきものが透けてみえるのだそうな。

 

 なんとなく見えるようなそうでないような。

ピエール=オーギュスト・ルノワール

《赤い服の女》 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1892年頃
 油彩/カンヴァス 65.4×54.5cm

 富士美の所蔵品の中でも人気の高い作品の一つだ。以前、学芸員の解説を聞いていたときに、「当館の三大美人の一人」と紹介していたような記憶がある。あとの二人はというと一人はマネの《ガンビー夫人》で、もう一点はなんだったか。たしかルージュロンの《鏡の前の装い》だったような気がするのだが。

アメデオ・モディリアーニ

《ポール・アレクサンドル博士》 アメデオ・モディリアーニ 1909年
 油彩/カンヴァス 100.5×81.5cm

 モディリアーニが25歳の時の作品。モデルは医師で当時モディリアーニの支援者で彼の作品を買い続けたという。存命中にほとんど絵が売れなかったモディリアーニにとって得難い支援者だったのだろう。

ルネ・マグリット

《観念》 ルネ・マグリット 1966年 油彩/カンヴァス 41.0×33.0cm

 正直なところマグリットの作品はよく判らない。好き嫌いを含め、判断がつかない。面白いかと聞かれれば面白いと答える。実際のところ面白いと思う。人を食ったような画想、絵とまったく乖離したタイトルを含め、とりあえずは面白い。以上。

アルフレッド・シスレー

《レディース・コーヴ、ラングランド湾、ウェールズ》 アルフレッド・シスレー 1897年 油彩/カンヴァス 65.0×81.0cm

 もっとも印象派的な画家だと思う。この絵の海岸はなんとなくモネ風だが、海は穏やかでモネのそれではない。なんとなくマルケのような静的な感じだが、マルケはこういうシスレーの絵をどこかで観ていたのだろうか。シスレーは1899年に困窮のなか喉頭癌で亡くなっている。亡くなる2年前、すでに病魔蝕まれながらイングランドウェールズを訪れ25点ほどの絵画を制作している。

ポール・セザンヌ

《オーヴェールの曲がり道》 ポール・セザンヌ 1873年
 油彩/カンヴァス 59.7×49.0cm

 セザンヌの中でも大好きな作品。ピサロとともに戸外制作をしていた頃で、筆触分割などの技法をピサロから吸収していた時期だという。

アンリ・ル・シダネル

《森の小憩、ジェルブロワ》 アンリ・ル・シダネル 1925年
 油彩/カンヴァス 150.5×126.0cm 

 これも好きな作品。シダネルはアンリ・マルタンとともに点描技法と象徴表現、美しい色彩感覚豊かな作品を描いた。彼のこの手の絵には、人間の不在、それも今までいたはずなのにいない、そういう不思議な象徴性を込めたものがある。あるいは家の中に明かりが灯っている。でもそこに本当に人がいるのかどうか。

 この絵も以前思ったことだが、森の奥は異界、いままでいたはずの彼らはみなそこに吸い込まれてしまったのではないか。

モーリス・ド・ヴラマンク

《セーヌ河畔の家並み》 モーリス・ド・ヴラマンク 1910年頃
 油彩/カンヴァス 60.0×73.0cm

 フォーヴィスムヴラマンクが、それ以前セザンヌ的画風からキュビスムへと向かう頃の作品。形態と多視点、そこから激しい色彩表現に、そして最終的には緑青な寒村の風景へと変化していく。そんな流れだっただろうか。

クロード・モネ

《睡蓮》 クロード・モネ 1908年 油彩/カンヴァス 101.0×90.0cm

 富士美の看板作品の一つ。展示される最後の作品はジョアン・ミロの作品なのだが、富士美のヨーロッパ絵画美の400年のトリはなんとなくモネかなと思ったりもする。