大塚国際美術館① (10月7日)

 淡路には基本的に二泊している。翌日は鳴門大橋を渡って恒例の大塚国際美術館へ行く。これはもう恒例行事というか、ある種の巡礼みたくなっている。去年来た時に何度目になるかを改めて確認したところ13回だったので、今回は14回目となる。

13回目の大塚国際美術館 - トムジィの日常雑記

 まあ自分の記録ということなので訪館記録を更新しておこう。

 1.2008年5月 淡路・姫路旅行

 2.2009年1月 淡路・奈良・大阪旅行(新世界・通天閣

 3.2010年1月 淡路旅行

 4.2010年5月 淡路・倉敷旅行 (大原美術館

 5.2011年1月 淡路旅行

 6.2013年5月 淡路旅行

 7.2015年1月 淡路旅行

 8.2015年5月 淡路旅行

 9.2016年5月 淡路・名古屋旅行(名古屋ボストン美術館

10.2017年5月 淡路・京都・名古屋旅行

11.2018年4月 淡路・倉敷旅行(大原美術館

12.2018年11月  淡路・神戸旅行

13.2021年11月  淡路・倉敷旅行(大原美術館

大塚国際美術館|徳島県鳴門市にある陶板名画美術館

 まあ西洋名画の陶板複製画の美術館、オリジナルじゃないっていうことでいえば軽くみられるかもしれないが、その規模、複製画のクオリティの高さは半端ではない。自分はこの美術館に通うようになって、各地の美術館に通うようになった。ここ何年かは1年で平均して50回くらい美術館に行くし、行けば図録を買って目を通す、美術史の入門書や概説書も両手以上は読んでいるみたいに、一応の美術ファンみたいにはなっている。とはいえ、相変わらずヘボな審美眼、生涯一ニワカみたいなものだが、やっぱりこの美術館に巡りあったことは幸いだったと思う。

 以前にも書いたことだけど、この美術館を創った大塚グループの二代目トップの大塚正士氏はこの美術館の創ったエピソードを「一握りの砂」というエッセイで紹介している。

大型陶板の誕生「一握りの砂」|レポート|大塚オーミ陶業株式会社

 その中でこの陶板美術館の意義をこう語っている。

順調に工事も進み、展示作品も1,000点を超える数字となり、現在このように陳列を終えまして、無事開館できる運びとなりました。本館では、東京大学青柳正規副学長を長として、色々な大学生に美術を教える、ということを基本に考えて古今の西洋名画の中から選んだ作品を展示してあります。
これをよく見ていただいて、実際には大学生の時に此処の絵を鑑賞していただいて、将来新婚旅行先の海外で実物の絵を見ていただければ我々は幸いと思っております。

なにしろ、この絵は陶器ですから全然変化しません。本物の絵は次第に変化しますから、実物の色と、陶板名画の色とでは今から50年、100年経っていきますと、色や姿がおのずと違ってくると思います。しかし、どうしても真実の姿を永遠に伝えたい、後世への遺産として保存していきたい、ということで陶板名画美術館設立に至ったわけでございます。

「一握りの白砂」(大塚正士)

 新婚旅行先の海外という訳にはいかないが、日本にやってくる名画を様々な企画展で観ることによって、この大塚国際美術館で観た複製画のオリジナルを多分100点くらいはすでに観ていると思う。そのときにも大塚で観たあの名画が来るのかということで美術館に通ったこともあるし、これ大塚で観たなと記憶を新たにするようにして観た名画もある。そしてまた大塚国際美術館に戻って、この絵は西美で観た、東美で観たと記憶を蘇らせる。そんな風にしてここ10年の過ごしてきたように気がする。

 この美術館はとにかく広大で多分一日で全部回るのは難しい。まあ観光気分で陶板複製画だからと緩い気持ちでスルーしていっても5フロアーを全部回るのは至難。B3の古代・中世から行くといつも1F、2Fの現代絵画が駆け足になる。

 そこで今回はというと、B3はシスティーナとスクロヴェーニの二つだけに限定して後は全部捨てることにした。すぐに2Fまで移動して現代絵画を観てからB2ルネサンスバロック、最後にB1の近代みたいな順路で行くことにした。まあそれでも結果として近代も駆け足になってアングルとかドラクロワは見逃してきてしまった。

 

 まずこの美術館に来ると一番最初に行くのはやはりシスティーナ礼拝堂の原寸レプリカである。多分、オリジナルを観ることは多分ないだろうから、徳島で雰囲気に浸るだけなんだがそれでもその荘厳さは判る。

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 ミケランジェロの渾身の作品・・・のレプリカなんだがこの手の宗教画はよく見るとけっこうわけがわからない部分がある。

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 正面の壁画は最後の審判の場面なのだが、右下にはなんともへんな人物が描かれている。これは地獄に落とされた人々を描いている部分で、船に乗った渡し守カロンによって三途の川を渡され、地獄の入り口で冥官ミロスに引き渡される場面だ。ミロスは人々の罪状に応じて、地獄のどの場所に行かせしめるかを割り当てる。

 このミロスの身体にはヘビがまきつき、あらぬことかミロスのペニスにかみついている。このミロスにはモデルがあり、以前ミケランジェロの裸体像を批判したことがある法王庁儀典監督ビアージョ・ダ・チェゼーナだとされている。ミケランジェロは自分の作品にケチをつけたことへの意趣返しとして彼をモデルにミロスを描いたという。巨匠も意外と人間らしい。

 これにはさらに後日談があり、チェゼーナはこの絵をみてモデルが自分だと気づき、教皇パオロ3世に泣きついたところ、「地獄のことは自分の手には負えない」とあしらわれたとか。それにしてもヘビに急所をかまれながら地獄に落ちた人々を選別する冥官ミロスというのもなんとも痛ましい。自ら苦痛に耐えつつ、絶対地獄に落ちた罪人たちにより酷い苦痛を与えようとするにちがいない。

 隣でこの絵を観ていた老夫婦がいた。ご主人の方が何気に奥さんに向かって、「なんや、こりゃ。〇ン〇ン、ヘビにかまれとるわ」と話しかけている。自分は微妙に笑いを堪えた。

 

 そして荘厳な絵にも下ネタ部分に注目する自分は、そのまま隣のスクロヴェーニ礼拝堂レプリカで再び神聖な気分を取り戻すことにした。う~む、ジョット・ブルー。

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 結局閉館ギリギリまで回って最後に古代の部分をほとんど駆け足で回った。最後にどのくらい歩いたかをアプリで確認すると5キロちょっと歩いているみたいだった。

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