岐阜県美術館

 以前から行ってみたかった美術館である。ルドンの絵のコレクションもかなり充実しているとも聞いていた。最近、11月から1年間リニューアルのため閉館となるとホームページに出ていたので、その前に一度観ておこうとも思っていた。
http://www.kenbi.pref.gifu.lg.jp/page5544.php
 今回、京都の後に岐阜で宿をとったのは、この美術館に行くと決めていたからである。
 ナビを頼みに宿から車で進むと30分と少しで着いた。駐車場は地下にあり、道路を隔てた図書館との共用で無料である。

 閉館前ということで所蔵品の蔵出しのような企画展が行われていた。「さよなら、再会をこころに。岐阜県美術館所蔵名品展」。
http://www.kenbi.pref.gifu.lg.jp/page5546.php

 いきなりの川合玉堂の作品5点に圧倒される。素晴らしい作品ばかりである。川合玉堂はMOMATにある「ゆく春」が大好きで、日本画の画家の中ではけっこう好きなほうだ。秩父に長く住み、秩父の自然を絵にしたということを聞いていたのだが、もともとは岐阜県出身らしい。そう地方の美術館がだいたいそうであるように、この岐阜県美術館も岐阜に所縁のある画家の作品を収蔵している。川合玉堂、山本芳翠、前田青邨熊谷守一などなど。図録の巻末に岐阜県ゆかりの作家生没年表があるので、試み数えてみると75名くらいいる。この数が多いのか少ないのか判断を下すことはできないが、なんとなく多いという気もしないでもない。
 この企画展の出品リストはこんな感じである。
<出品リスト>http://www.kenbi.pref.gifu.lg.jp/pdf/file/20180814meihinten.pdf
 川合玉堂の後は洋画が続く。そこで面白いなと思ったのが山本芳翠の「浦島」である。

 日本洋画草創期、洋画の技術、題材の取り入れ方などの苦闘の跡がなんとなくわかる。MOMATにある原田直次郎の「騎龍観音」と同じような印象を持つ。山本芳翠は明治初期、五姓田芳柳から洋画の手ほどきを受け、さらに工部美術学校でフォンタネージ に学んだ。明治11年にフランスに渡り、ジャン=レオン・ジェロームに師事する。帰国時には海難事故に会いフランスで描いた100点以上の作品をすべて失ったともいう。その後、画塾生巧館画学校を開設、明治美術会、白馬会の創設などに関わるなど、日本洋画の草創期をリードした。
 しかし本人はフランス時代に知り合った黒田清輝の才能を高く評価し、自分は黒田が帰国するまでの繋ぎに過ぎないと語っていたとも伝えられている。事実、黒田が帰国すると生巧館を譲り渡したという。
 山本芳翠の絵はというと、サロン派、新古典主義の模倣の域を出ていない。画力は抜群だが、とにかくも洋画の技術、題材を模倣した習作といっていい。黒田清輝がコランの影響下から出発しながら、外光派、バルビゾン派印象主義の技法を積極的に取り入れながら、日本的な叙情性を取り入れたオリジナリティを獲得していったことを考えると、そこまでに到達はできなかったのだろう。そのへんは多分、原田直次郎も同様だったのではないかと思ったりもする。騎龍観音」と同じ印象を持つというのもそのへんかと思ったりもする。
 この「浦島」も西洋の歴史画の魅力を、日本人にお馴染みのお伽話の主題で伝えようとしたのだろう。とはいえこの絵から伝わる違和感もなんというか半端のないものである。
 岐阜県ゆかりの作家の作品群とは別に、この美術館が売りとしているのがオディロン・ルドンのコレクションだ。例のリトグラフによるモノクロの目玉やクモといったものが多いのだが、カラー作品で目をひいたのがこの「ポール・ゴビヤールの肖像」というパステル画だ。パステルの細かい線がなにか新印象派の点描のような趣を感じさせる。心を惹きつける魅力的な作品だ。
<ルドン「ポール・ゴビヤールの肖像>     <ベルト・モリゾ「ゴビヤールの肖像」>

 ポール・ゴビヤールはベルト・モリゾの姪でポール・ヴァレリの義姉にあたり、本人も絵を描いていたという。ゴビヤールの肖像はモリゾも描いている。こちらは完全な印象派の技法によるが、絵の完成度はルドンのほうがはるかに上のようにも思う。モリゾはけっして嫌いじゃないし、どちらかといえば好きな画家なのだが、画力という点ではルドンのほうがかなり高いステージにあるようにも思う。
 収蔵作品の中に藤田嗣治の絵が一枚あったのだが、驚いたことにこの絵の額装にはガラスで保護されていない。しかもかなり至近距離からの鑑賞が可能になっている。思わず監視員にガラス保護なくて大丈夫なんですかと聞いてしまったくらいだ。そこでもう30cmくらいの距離からじっくり絵を観てみると藤田のいわゆる「素晴らしき乳白色」という下地の様子が確認できた。

 岐阜県美術館というと公式ツィッターに「ミュージアムの女」という四コマ漫画が時々アップされている。猫キャラクター化された美術館の監視員が美術館の裏話を披露するというもので、けっこう楽しんでいた。こんな感じである。
ミュージアムの女 - pixivコミック
 売店で図録を物色していたら、この四コマが単行本化されて販売されていたので図録と一緒に購入した。レジの女性に美術館の受付に本を持って行くと特典があるといわれたので、出てきたばかりの受付に本を持って行くとルドンのクリアファイルをもらえた。ついでだからと、受付にいた女性二人に、この四コマの主人公さんのモデルの方っていらっしゃるんですかと聞いてみると、一人の女性が「モデルということはありませんが、描いたのは私です」と言う。よく見ると、鑑賞中に藤田嗣治の絵の額装について質問した監視員の女性だった。
 なんとなく漫画のイメージから、少しおとなしいタイプの監視員を想像していたのだが、ちょっと正反対の活動的風に見える美人さんでした。そこで、「サインもらえますか」と聞いてみると快く応じていただいた。