ワールドカップ2022

 昨夜はずっとライブ的に決勝戦を観ていた。

 

 決勝トナーメントが始まってからすぐになんとなく今回はアルゼンチンの、メッシの大会になるような気がしていた。予選で苦しみながらもじょじょにペースをあげていくのは優勝チームのよくあるパターン。逆にフランスは順調だったが、それでも予選でチュニジアに一敗している。あの試合はメンバーを入れ替えていたのであまり参考にはならないか。

 決勝トーナメントに入ってからは、アルゼンチンはだんだんと調子があがり、メッシと他のメンバーの関係もうまくいっていた。前二大会ではとりあえずメッシにボールを集めて以上みたいな感じがしていた。メッシが押さえられたらそれでおしまいみたいな。

 それに比べるとフランスは本当に強い。バックライン、中盤のセントラルがとにかく強い。そしてエムバペという切り札がある。彼は本当にキレキレだった。個人的にはずっとイングランド押しだったけど、やはり今のフランスには勝てないなとは思ったよ。

 サウスゲートはずっとハリー・ケインと心中するつもりだったんだろうか。基本フォーメーションは変わらない。ケインが前線で試合を作る。あとはサイドで展開するだけみたいな。フランスとの試合では、アンカーのライスだけでなく予選リーグ第一線と同じくベリンガムとライスの並べるか、ベリンガムを前に残してジョーダン・ヘンダーソンの代わりにフィリップスを置くとか、そういうフォーメーションもありだったのではないかと思ったりする。

 フランスの1点目はほとんど偶然。2点目は、もうジルーが50回に一度どんぴしゃりであげるようなゴールだった。そしてあの場面で自由にグリーズマンにクロスあげさせたのは。とにかくグリーズマンを自由にさせなければ、あのゴール生まれなかったか。もっともデュシャンのことだから、グリーズマンが機能しなければ決勝のようにコマンやテュラム投入で対処したかもしれないけど。

 しかし決勝はジェットコースター・ムービーのような展開だった。

 前半戦的にいえばアルゼンチンの圧勝みたいな流れだったけど、後半急にフランスがギアチェンジして一気に同点に持ち込む。それにしてもエムバペは素晴らしい。彼こそが次代のスーパースター。おそらく怪我とかがなければ、世界のサッカーはこれから10年くらい彼を中心に回ることになるだろう。そのくらい早くて上手い。そして決めきるだけの技術と精神力を備えている。

 そしてこれまでの10年、いや多分15年くらいだろうか、世界のサッカーはリオネル・メッシ中心に回っていた。リオネル・メッシとクリスチャーノ・ロウナドの二人が世界のサッカーの中心にいた。この二人の技術、決定力は他を抜きんでていた。得点王を競い合うのが一般的に20~25点くらいだったときに、彼ら二人は30点以上のハイレベルだった時代が数年あったように思う。

 それでも二人はこれまでのキャリアの中でワールドカップを手にすることができなかった。サッカーはたった一人の力で勝ち抜くことはできない。超がつくようなスーパースターが一人いるよりも、及第点以上でタフかつ運動力豊富な選手を10人揃えた方がt-ムとしては強い、多分サッカーはそういうスポーツだ。

 メッシとロナウドが5人ずついるチームよりも、モドリッチとデブライネが5人ずついる方が多分強いような気がする。まあいい加減なことをいっている。

 とはいえメッシとロナウドが今回の大会でそのキャリアの集大成として勝ち上がり、どちらかが優勝杯を手にするのではないか、あるいはそれを密かに願う気持ちがあった。決勝でアルゼンチンとポルトガルが戦う、そういう絵図を想像していた。でもロナウドは37歳、さすがにコンディションを維持するのは難しかったか。いや年齢だけでいえば、モドリッチも37歳だがトップレベルのコンディションを維持し続けていた。

 ロナウドは明らかに衰えていた。一発の決定力はあるにせよ運動量は少なく、常に足元にボールを要求した。あれではマークする側はいかにロナウドだといっても楽だ。

 それに対してメッシはどうか。全試合に出場した。程よい運動量、メリハリを利かせた動き、ボールのさばき、周りの動かし方、すべてにおいて高いレベルでの動きを維持していた。そしてなによりも卓越した決定力だ。延長戦での得点はもうテクニックとかそういうレベルの問題ではなかった。あそこにボールが来る、そしてそこにメッシがいる、そして決める。華麗なプレーではなく泥臭い、身体で押し込むゴール。それをスーパースターのメッシが決める。

 あれで勝負はあったと誰でもが思った。しかし三度そこに立ちはだかるのが、これまたスーパースターのエムバペだった。もういい加減にメッシに花持たせろよ、お前まだ若いんだからと、そんなことを考えていた。素晴らしい活躍をした二点目は間違いなく大会でもベストに数えられるスーパーゴールだ。だからPK外しなさいと、そういう思いで見ていたが、このスターはきっちり決める。もの凄い精神力だ。

 そしてPK戦である。さすがに120分の死闘で若いプレイヤーの多いフランスの側は肉体的にも精神的にも疲弊していた。これで誰かが外せば多分なし崩しだなと思える展開だと思ったら案の定外した。

 アルゼンチンはどうか。チームが一丸となってメッシに優勝杯を掲げさせる、メッシと共に勝ち抜ける、そういう強い精神性が共有されていた。そして誰一人として外さなかった。キーパーの動きを読み切ったメッシの技巧的なキック以外、全員が強いボールを蹴った。ど真ん中にも蹴った。弱弱しいキック、置きに行くようなキックはなかった。

 もっともPK戦は運だけが左右する。心理戦やデータなどもあるかもしれないが、止めるか止められないか、外すか決めるか。いくらデータでこの選手はどちらの方向に蹴るか、このキーパーはどちらに跳ぶかといったデータを集め、確率を計算しても結局のところは蓋然性の世界である。止めるか止められないか、決めるか外すか。

 そして最初の一人が決めるかどうかが大きくその後を左右する。最初の一人・・・・・・、フランスはエムバペ、アルゼンチン。エムバペは3点目と同じく左隅に力強いキックで決める。キーパーは読んでいたがそれでも止めることができない。そしてメッシは、キーパーの動きを読んだうえで同じく左にややゆるいキック。もしこれが止められていたら、間違いなく勝利の女神はフランスに微笑み、大会最優秀選手はエムバペになっていただろう。エムバペは優勝、最優秀選手、得点王の三冠を達成していた。

 でもサッカーの神様は最後やはりメッシの方を向いた。メッシの長いキャリアの最後にご褒美を与えた。あのややゆるいボール、キーパーも遅ればせながらそちらに動いたが止められなかったあのボールがゴールネットを揺らしたとき、サッカーの神様はメッシを祝福した。

 ワールドカップ決勝をライブで観たのは久々だ。いつもは録画したのを翌日とかに観る。ここ10数年はずっとそんな風だ。でももともとサッカーを好きになったのは、1974年の西ドイツ大会、クライフとベッケンバウアーのあの決勝を深夜にライブで観たときからだ。もう48年になるのか。

 そして78年はケンペスの活躍によりアルゼンチンが初優勝し、86年にはマラドーナが神の手と5人抜きゴールといった伝説とともに二度目の優勝をアルゼンチンにもたらす。それから36年後、マラドーナの後継者ともいうべき希代のスーパースターが35歳、キャリアの最後にアルゼンチンに三度目のワールドカップをもたらした。

 本大会は中東での最初の大会であるとともに、多分科学が、IT技術が飛躍的に導入された大会となった。もはやゴールやオフサイド判定においての誤審はあり得なくなった。21世紀の新たなサッカーの幕開けとなる画期的な大会になったのかもしれない。もはや神の手ゴールはあり得ない時代、スーパースター、メッシによるメッシのための大会が幕を閉じた。そんな思いを寝不足な頭で思い巡らしている。