川本三郎と衣装デザイナーについて

 川本三郎が亡き愛妻について綴ったエッセイを時々読み返している。

 

いまも、君を想う

いまも、君を想う

 

  このエッセイは癌で亡くなった亡妻への愛惜に溢れていて時にウルウルとしてしまう淋しい、淋しい文章がが続く。

 川本三郎の著作とのつき合いは長い。文芸評論家としてデビューしたての頃に『同時代の文学』を偶然読み、それから遡って『朝日のようにさわやかに』、『同時代を生きる「気分』も読んだ。正直にいうと『同時代の文学』で初めて村上春樹の名前を知った。確か『風の歌に聴け』について紹介する一文があり、そこにカート・ヴォネガットブローティガンの影響を受けた文体という記述に興味を覚えた。当時、大学を出たかそこらの頃でいっぱしのヴォネガディアンだったので、ヴォネガットに影響を受けた村上春樹とはなんぞやみたいな感じで、これは読んでみなければと思った。

 それから村上春樹との読書的つき合いが始まった。もう40年近い歴史みたいな話になるのだ。

 川本三郎のエッセイ、文芸批評、映画評論を読んでいくうちに彼が朝日ジャーナルの記者で、例の赤衛軍事件の時に犯人幇助でパクられた記者だということを知った。もちろん赤衛軍事件は知っていたし、その時に逮捕された朝日の記者がいたということも新聞記事で知っていた。あれが川本だったのかということも驚きだった。

 川本三郎はある意味村上春樹を教えてくれた文芸批評家として、またニューシネマについての秀逸な評論などから、自分にとっては信頼できる書き手の一人であった。

 話はなかなか辿りつかないな。その川本の愛妻記の中で、亡くなった奥さん川本恵子がファッション・ライターであったこと、その著作の中に映画と衣装デザイナーに関するものがあることを知り、なんとなく目を通しておきたいと思い、つい深夜アマゾンでポチってみた。それがこの本だ。

 

  新装版が出ているようだが、マーケットプレイスで古本の方で入手した。定価は3200円、そこそこする。古本だと2000円程度で購入できたか。

 まだ全部を読んでいないが、目次と美しい衣装に身を包んだ大スターのモノクロ写真を見ているだけでもうワクワクとしてくる。ハリウッド黄金時代に活躍したエイドリアン、オリー=ケリー、ウォルター・ブランケット、アイリーンといった衣装デザイナーの名を追っていく。そして50年代にブレイクし、ほぼ半世紀に渡ってハリウッドの衣装デザインを牽引したイーディス・ヘッドについてはほぼ一章を割いて紹介している。

 このアカデミー衣装デザイン賞受賞8回(個人では最高の受賞回数)、ノミネートは実に35回という伝説的なデザイナーについてだけは、自分も名前だけは覚えていた。

なので紹介されるエピソードはもう本当に楽しく読むことができた。

 今、試しにウィキペディアでイーディス・ヘッドについて見てみたのだが、彼女が衣装デザインした映画作品を見るだけでもう本当に楽しくなってくる。ある意味、彼女が参加した作品と自分の映画鑑賞歴がだいたい重なっているように、ほとんどの作品を観ている。

 衣装を通じて映画を楽しむ。それは音楽やセットによって映画を楽しむのと同じ趣がある。映画はまさに総合芸術なのだ。

 またしても老後に親しむべき一冊を手にしたという気分である。