訃報一つ 畑正憲

 ムツゴロウこと畑正憲が亡くなったという。

畑正憲さん死去 作家、「ムツゴロウ」 87歳:朝日新聞デジタル

 87歳、心筋梗塞による死だという。そういものだろう。

 ムツゴロウについていえば、彼を有名にした「ムツゴロウの動物王国」もらテレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」もよく知らない。ただし彼の二つのエッセイを高校生の頃に愛読していた。

 

 自分が高校生の頃、1970年代のある時期には、著名作家のエッセイが流行っていた。面白エッセイというようなジャンルだったか。北杜夫のドクトルマンボウシリーズもそうだし、遠藤周作の狐狸庵先生モノ、五木寛之の『風の歌』や『ゴキブリの唄』などなど。特に北杜夫マンボウシリーズは『航海記』や『青春記』などを愛読した。それは戦後すぐの頃ではあったが、まだまだ旧制高校的なバンカラ気質に溢れていた。

 そうした流れの中で畑正憲の二つのエッセイもよく読まれていた。九州の高校でのバンカラ高校生であった頃から東大で生物学を研究する頃までだったか。畑正憲の高校生活は面白くまた鬱屈した高校生だった自分にはなんとも羨ましいものだった。畑は中学生の時に好きになった女性とつきあいそのまま学生結婚して添い遂げた。彼がどのようにしてつきあい始めたのか、それもエピソードとして詳しく書いてある。

 男子高校に通い、ガールフレンドもいない自分には昭和二十年年代の九州という片田舎にありながら、今風にいえばリア充バンカラ高校生であるムツゴロウは憧れの存在だったかもしれない。

 ムツゴロウはその青春記の中でそもそも勉強はほとんどしていないと書いていた。それでも東大に合格している。彼は確か英語については、一冊を丸暗記したとかそんな破天荒な学習方法を自慢気に書いていた。数学は大学の教養課程の教科書である高木貞二の『解析概論』を入手して勉強したという。それだけで数学は完璧になったという。

 アホな私はアホであることも忘れ、自分も『解析概論』を買い求めた。当時の高校生にはけっこうな買い物だった。しかし数ページで当然のごとく挫折した。その本の最初に書かれている「デデキント切断」だけは妙に印象深く覚えていたけれど。

 その後、三流大学の法学部に入学した自分にとって『解析概論』は無用の長物だったが、たしか麻雀の負けの代わりに上級生に進呈したような記憶がある。

 ムツゴロウのエッセイについては多分三十代くらいまでは本棚のどこかにあったように思うのだが、その後の引っ越しのどこかで処分してしまったようだ。四十代の頃にはムツゴロウやマンボウのエッセイをまたどこかでまとめて読んでみようかと思った時期もあったが、なんとなくそのままになってしまった。

 21世紀に入るか入らないかの頃、なぜか昔読んだものをまとめて読み返していたことがあった。村上春樹カート・ヴォネガットトルストイなんかをまとめて読み返した。その頃に軽めのエッセイだの星新一のショート・ショートなんかも読もうかと思ったことがあったのだが、なんとなくそのままになってしまった。

 今、還暦も遠に過ぎた今となっては、もはやそんな気力もないし、青臭い青春モノなどまったくページが進まないだろうとは思う。ああいうのにハマるのは十代の、まだ自分の未来への可能性だの、漠然とした不安だのを諸々抱えた時期だからこそなのだろう。

 それでも一時期自分が愛読した作家が亡くなるというのはやはり淋しいものだ。畑正憲さん、ムツゴロウ先生、ご冥福を祈ります。