名曲喫茶

鶴ヶ島のジャズ居酒屋江奈が閉店して以来、ジャズ、あるいは音楽を聴きながら飲む、寛げる場所がなくなってしまった。ジャズ喫茶があるかどうかによってその町の民意というか、文化度がわかるみたいなこと書いたことがなかったかな。なんかそういう意味じゃ鶴ヶ島に住んでいる意味性みたいなものが、たいへん希薄になってきてしまった。ファミレスとチェーンの居酒屋さんくらいしかない町なんだから。
そんななか以前から気になっていた店が一つあった。若葉の駅から徒歩5〜10分くらいのところにある喫茶店だ。店名もあまりきちんと認識していないのだが、看板には名曲喫茶とあり、どうもクラシックが専門らしいというのだ。
一度行ってみようと思っていたのだが、火曜日、会議の後に意を決して出向いてみた。と、残念なことにお休み。看板には月、火が休みとある。営業時間は10時まで。随分と早い店仕舞だなとも思ったが、まあ喫茶店であればそれもいたしかたないのだろうと思った。
それで本日のこと。やっぱり会議があり、それが終わったのが7時少し前か。その後、経営資料を少し作って8時少し前に会社を出る。久々に駅近くのパチンコ屋に入って、まあ2〜30分時間をつぶすか、1万負けたら帰ろうくらいの気持ちで始める。すると5千円くらいつぎ込んだところで揃い5連荘する。久々効率的な勝利となったけど、まあここには書いていないけど、たまにやってはけっこう大負けしているから、全然ういてはいない。
そんでもって9時過ぎに、そういや例の名曲喫茶とかに一度は言ってみたいものよと思いつき出かけてみたわけである。そんでもって店の看板がこれだ。

あとでググってみるときちんとHPとかもあった。
サービス終了のお知らせ
店は小さな雑居ビルの1階にあるのだが、けっこう奥まっていてなんとも怪しげな雰囲気。お隣になるのが韓国パブだし、2階には雀荘である。これって女性一人では絶対入れない店構えという感じだな。それでも入り口のドアまで来るとちょうど女性客が出てきたところ。入れ違いで中に入ると、これがまたびっくりな作りである。なんというかもう完璧な音楽を聴く環境である。だいたいにおいて席のほとんどが一人掛けである。張り紙こそないが、完全におしゃべり厳禁の雰囲気である。
9時過ぎという時間帯のせいなのか、あるいはいつでもこんなものなのか、店には誰もいない。店主はどこでも好きなところに、真ん中が一番いいですよと案内してくれる。ただし遠慮して真ん中でも一番後ろの席に座る。メニューを見るとここはアルコールは一切なし。完全なる純喫茶である。まあとにかくコーヒーを注文する。
かかっていたのは比較的軽やかな協奏曲系。おそらくモーツァルトかなと見当つけていると、店主がディスクリストを渡してくれ、リクエストいいですよという。しばしかかっている曲に耳傾けながらリストに目を通す。
ページの最初には設置してあるスピーカーやらアンプやらの紹介。そっち方面は正直疎い。JBLとかを少しだけかじっただけ。この店に鎮座ましましているのは、タンノイ カンタベリー/SEという工芸品みたいな一品。アンプはマッキントッシュらしい。もう完璧である。
正直音にはうるさくない。へんな表現だな。どちらかといえば大音量で、ギンギンにというのが、ジャズ喫茶で基本的パターンだったから。でもこの店の音は、なんか凄いなと思う。音量小さめなのだが、温かみがあって澄んだ音色が心地よく聞こえてくる。まあ耳音痴の印象だからどうでもいいか。
この店は真性純喫茶、まさしく名曲喫茶である。しかもその求道的な店作り、姿勢はかなりレベルが高い。今時都内でもこんな店探しても見つからないだろうというくらいにハイレベルである。これで商売が成り立つのか、思わずそう考えてしまう。きっとお金持ちの余技みたいな感じなのかなと推測してしまう。まあどうでもいい。
こういう敷居が高く、求道的で、まさしく音楽道を究めるみたいな喫茶店に出合ったのは、それこそ野毛の老舗ジャズ喫茶ちぐさ以来である。吉田のおっちゃん、天国で元気にしているだろうか。あの店にはけっこう鍛えられたよな。高校生くらいの頃か、店入るなり座る席をおっちゃんに指定され、一人がけの椅子に居心地悪く座って、目をつぶり腕組みして出来るだけ深刻そうに聴く、聴く、えぐるように聴くべし、みたいな感じだった。
リクエスト一つするにしても、ポピュラーな名盤なんかを頼むと馬鹿にされそうなので、出来るだけ通っぽいものをとか、まあ勉強したもんだよ。それでもしょせん高校生だし、けっこうCTI系のものとかを普通に頼んでいたかな。意外とそのへんも揃っていたんだ。
ちぐさのことはいい。でもそれと同じ感覚というか、雰囲気がある店だと感じた。そしてなんとも居心地がいい。これならアルコールなしでもいいかと思ってしまう。リクエストはラヴェルのピアノ協奏曲。アヴァトの指揮なんで、おそらくこれだと思う。けっこう有名だし、私の持っているラヴェルの名曲集にも3楽章が入っている。

ラヴェル:ピアノ協奏曲

ラヴェル:ピアノ協奏曲

マルタ・アルゲリッチも実はあまり良く知らないが、アルゼンチン出身で現代、最高峰に位置する女流ピアニストらしい。
この曲はラヴェルアメリカ演奏旅行時に着想を得た曲として知られている。ジャズ的要素を取り込んだとしてよく語られる。確かにガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」とかを意識している部分もあるのかななどとも思ったりもする。まあいいか、基本クラシックは門外漢というか、正直知識がないから。ただ聴いていると心地よい、それだけだ。
店は10時閉店なので5分前くらいに出た。個人的にはたいそう心地よい一時を過ごすことができた。鶴ヶ島にはこんな恐ろしくハイレベルな思い切り敷居の高いお店があるのだということを認識した。この町もなかなかやるじゃないかという感じである。
ただし閉店が10時と私的にはやや早目なこともあるのでそうそうは行けないかなという気もする。また土日はジャズとかもかかるということが張り紙してあった。なんとか時間を作っていってみたいとも思う。こういうところで2〜3時間、本でも読みながら過ごすことができれば幸福というものではないかとも思う。コーヒー2杯で2時間。願わくば老後にそういう時間ができればいいのだが。ただしこういうお店だから、けっして流行るわけでもないだろう。はたして私がリタイアするであろう頃、後7〜8年というところか、その頃もまでやっていてくれるだろうか。