村上春樹氏の原稿流出

 朝日のヘッドラインを見ていたら、こんな文字が目に入った。38面第二社会面に村上春樹の写真入りで「編集者から?原稿流出」との記事。
http://www.asahi.com/national/update/0310/TKY200603090524.html
 中央公論社の元編集者が流出元で、この編集者は03年に死去しているという。流出原稿は村上春樹が初期に訳したフィッツジェラルドの「氷の宮殿」だという。この流れだと流出元の編集者は安原顕だと直感したら、同じ朝日の文春の広告欄にきっちり載っていた。

「生原稿流出事件50枚 ある編集者の生と死−安原顕氏のこと」村上春樹

 ネットで、「村上春樹 原稿流出」で検索かけてみるとけっこう以前からこの話はでていた模様だ。http://antipop.gs/mt/mt-tb.cgi/964、この方のブログからくぐっていくとどうもこの話のネタ元は「en-taxi」創刊号(2003年春)の坪内祐三氏のコラム「記録の鞭。安原顕」にあるようだ。

去年の夏、かつての「海」や「リテレール」に載った作家たちの生原稿が大量に古書市場に流れた。特に村上春樹の手書き原稿は貴重で高値がついた。自分が口汚くののしっている作家の生原稿を売って金を得る神経を私は疑う。それが安原氏のアバウトな性格によるものだといわれたらそれまでだが、後世の文学史家(もしそんな人がいればの話だが)のために私がここで記録しておくのは、安原氏没後のどさくさでその多量の原稿が市場に出たのではなく、生前に氏が市場に流したという事実である

 かっての自称スーパー・エディター安原顕が初期の村上春樹の編集者の一人だったのは事実だ。時代的にいえば『中国行きのスロウ・ボート』の頃か。フィッツジェラルドの翻訳本やカーバーの翻訳も中公から出た経緯でいえば、デビューしたころの村上春樹を安原が育てたみたいな感覚をもっていたのかもしれない。その後、『ねじまき鳥』あたりではずいぶんと執拗に批判、酷評していた記憶もある。その一方で預かっていた自筆原稿を売りとばしたりしていたのかとも思う。
 安原顕は書評誌「リテレール」を立ち上げた頃には商売的にかなり悪戦苦闘して金に困っていたという話も聞いたことがある。生原稿の売りとばしも資金繰りに困ってやったことなのかなとも想像するが、それにしても編集者としての道義的な問題が問われる部分だ。著者と編集者の信頼関係がこういうことでいとも簡単に崩れてしまうことになりかねないわけだから。
 村上春樹は今回の提起について記事の中でこう語っている。

「事態が自然に沈静化することを期待して沈黙をまもっていたが、これ以上放置できなくなり、僕一人だけの問題ではなくなってきたようなので、事実を開示しようと決めた」

 これはやはりインターネットのオークションにかなりの原稿が流出したことを黙殺できなくなったということなのだろう。
 中央公論新社のコメントも苦し紛れの感があるなとも思った。

生原稿の所有権については様々なケースがあり、いちがいには言えませんが、村上氏のケースについては遺憾と思っております。

 ようは国民作家、村上春樹に指摘されたので陳謝したともとれるコメントだ。きしくも朝日の文春の広告の隣の紙面には中公の広告が載っている。そこには大きく「村上春樹翻訳ライブラリー」という新刊が大きく掲載されている。これでは中公としてもきちんと謝罪しなければ、今後の村上春樹との関わりにも影響してくるだろう。
 たぶん今日的な意味でいえば、日本の大出版社に対して影響力を行使できる作家は村上春樹だけだと思う。新作小説の質の部分でも、また必ずベストセラーリストにのってくるという意味でも、さらにいえば国際的な評価としてもだ。村上春樹が「原稿の所有権は著者にある」と宣言したことの意味は大きいと思う。これもまた彼の90年代以降のコミットメントの一つなのかもしれないとも感じた。
 中央公論はここは一つ、村上春樹だから陳謝したということではなく、原稿に関する社内規定等をまとめてそれこそプライバシー・ポリシーのように広く社外に宣言すればいいと思う。日本の出版業界がどんぶり的にやってきたこういう部分、原稿の取り扱い規定についてもきっちりしていくということになればいい。村上春樹が投げかけた今回の問題がそんな形でまとまっていけばとも思ったのだが。