伊豆小旅行二日目。
天窓洞ー洞窟めぐり遊覧船
堂ヶ島の天窓洞に行ってみることに。ここは去年も夏に来ているのだけど、洞窟めぐりの遊覧船は強風のため欠航になっていた。なので小高い山に登って上から見た。今回は晴天で風もなく遊覧船は随時巡航している。ウィークデイでも夏休みのせいか、子ども連れも多く、また外国人観光客もそこそこいる。いつもの夏休みの観光地風景。
最初は国道136号線の下田方面左側にある観光施設サンセットプラザ堂ヶ島側の駐車場に止めたのだが、車いすということで誘導員の方が、海沿いの駐車場を案内してくれた。残念ながら1台分ある車いす駐車場には、普通の車が止まっていたが、その前の部分が空いていて、営業車が1台止まっている。その前なら問題なしというので、そちらに移動した。
洞窟めぐり | 西伊豆・堂ヶ島「洞くつめぐり遊覧船」-伊豆遊覧船、堂ヶ島マリン
船は小型の遊覧船で、桟橋の乗り口までは車いすで行き、船に乗るところだけは歩くことに。そして船長が操舵するすぐ脇にあるベンチに座る。
海は波も穏やかだけど、洞窟に近づくとかなり狭い岩と岩の間を通る。毎日何便もこなしているとはいえ、見事に操舵する船長さんの技量には感心した。












波の浸食によって出来た海蝕洞、洞窟の中央部分に何度かの陥没、崩落により大きく空いた穴が、船からの見上げると天窓のようだということで名付けられたという。これはなかなかの奇矯なる景観だ。妻も喜んでいたが、自分的にもこれは一見の価値あるなとは思った。もっとも何度も見に行けば、感動も薄れるだろうとは思う。
とはいえ伊豆にはたぶんこれからしばらくも年に1~2回は訪れると思うので、たまに行くのもいいかとは思った。
伊豆の長八美術館
堂ヶ島からさらに国道136号線を南下。松崎町にある伊豆の長八美術館へ行くことにした。この美術館、一応名前だけは知っていた。工芸系の美術館なのだが、「日本随一の漆喰芸術の美術館である。
そもそも長八とは誰か。入江長八という幕末から明治にかけて活躍した左官職人で、壁に塗る漆喰で絵を描いたり、漆喰を素材にして塑像を作ったりした人なのだとか。ということで一介の左官職人が、その技術を高めて芸術の域にまで達したということ。
なぜこの地に長八の美術館が出来たかといえば、この地松崎が入江長八の生地だったから。
以下、館内のキャプションによる解説を引用。
漆喰とは
わが国固有の建築材料であり、主材料の消石炭に糊やスサを混ぜ合わせて作る。糊は漆喰の保水性をよくし、接着効果・施工性を高めるために用い、スサは亀裂防止のためつなぎとして混入する。
城郭や土蔵など伝統的建物に塗られた漆喰壁が広く知られるが、色粉を加えた色漆喰や材料に糊を使わない土佐漆喰などその種類は豊富である。糊
乾燥させた要などの海藻を煮詰めて作る
スサ
繊維質の材料(麻・わら・紙など)
入江長八
1815-1889入江長八は、天祐又は乾道と号し、文化12(1815)年8月5日、伊豆国松崎村明地の貧しい農家の長男として生まれました。
生来の手先の器用さに将来は腕をもって身をたてようと志し、12歳の時同村の左官棟梁関仁助のもとに弟子入りし、19歳の時江戸へ出て喜多武清に狩野派の絵を学びました。そしてついに、左官の技術と絵の画法を組み
漆喰鏝絵(しっくいこてえ)という独自の分野を築き上げました。
明治22(1889)年75歳に深川でその生涯を閉じるまでに、浅草観音堂、目黒祐天寺、成田山新勝寺など各地に名作を残し、鏝絵で「伊豆長八が日本一」と全国でその名が称賛されました。
しかし、関東大震災で東京の遺作はほとんど焼失し、伊豆の長八美術館に展示・保管するものの
現在では東京都品川区東品川の未社、足立区学催務合部の稲補社、三島の龍災等、松崎町の長八記念館、重文岩科学校などにとどめるのみとなりました。
長八の墓は、東京都台東区松が谷の正定寺と分骨された松崎町の浄感寺にあります。







入江長八は、全国左官職人の頂点に君臨する左官職人の神様ともいうべき人でる。そして伊豆の長八美術館は左官職人にとってのある種の聖地、そういう理解でいいのだろうか。美術館の設計は石山修武で「吉田五十八賞」を受賞している。建築には全国の左官職人が参加したという話だ。
漆喰による芸術というと、西洋のフレスコ画を連想する。こちらも漆喰に絵を描くものだ。その違いをAIに聞いてみるとこんな答えが。
フレスコ画と鏝絵は、どちらも壁に描かれる絵画ですが、技法と表現方法が異なります。フレスコ画は、乾かないうちに漆喰に顔料で描く技法で、鏝絵は、漆喰を盛り上げて立体的に表現するレリーフです。
壁に塗りこめた漆喰が乾かないうちに、その上に顔料で絵を描くのがフレスコ画か。そういえばシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの《最後の審判》もフレスコ画だったか。あそこまでスケールとは異なるが、鏝絵は、漆喰を盛り上げたレリーフとして異彩を放っている。とはいえ日本では寺院などに壁画を描くことはあまりなかったようで、鏝絵が大きな流行になったとはいえない。
そのせいか関東大震災や戦災によって、失われてしまった鏝絵も多いようだ。西洋建築が石やレンガによるものであるのに対して、日本の建築は基本的に木と紙だ。壁の材料として用いられた漆喰も、構造部分自体が木であるため、永年的に残るものではない。そのせいか伊豆の長八の作品も保存されているものはきわめて限定的だようだ。
漆喰壁の家や土蔵などをなんとなく普通に見過ごすことも多い。平瓦を漆喰を貼り、目地に漆喰をかまぼこ状に盛り上げて塗る、その形状がなまこに似ているということで、海鼠壁(なまこ壁)と呼ばれる伝統工法なども、話としては聞いていたけど、そんなものかとスルーしてきた部分もある。これからはもう少し注意を向けてもいいかと思った。
いくつになっても新たな知見を得る。漆喰という職人の技術にも、芸術の域に達するものさえある。無名の左官職人たちの頂点に、100年以上も前に活躍した伊豆の長八がいたということ。
しらかに橋

松崎町から県道15号下田松崎線を下田方面に走っていて見つけ橋。バス停の脇にひっそりと架かっている。高さもなく、住民の生活用に架けられた橋。こういう吊橋もあるんだな。


県道15号線はこの橋の手前に桜並木がある。さらに春頃には田んぼを使った花畑も有名だという。いつかそういう時期に花巡りをしたいと思っているのだが、その折にもこの橋をまた訪れてみようかと、そんな気がした。なんとも味わい深い吊橋。
浄蓮の滝
県道15号から途中で伊豆半島中央を縦断する国道414号に入る。国道414号は、上原美術館、河津の七滝、ループ橋のなどを巡ったときに何度も通ったところだ。そこから伊豆月ヶ瀬ICで伊豆縦貫道に入るのだが、その途中に一部ではそこそこ有名なこの浄蓮の滝がある。
浄蓮の滝観光センター 公式ページ | 浄蓮の滝の公式ホームページ
駐車場も広く、土産物屋も充実している。その駐車場から階段を200段ほど降りたところに滝はあるのだが、この階段がくねくねとしつつかなり急である。まだ降りるときはいいが、帰りが地獄。
いつも階段を見下ろして断念してきた。駐車場脇から小さく滝が見えるのでそれで良しとしてきた。望遠にするとこんな風に見える。

今回は根性決めて下りてみた。途中で行き交う人たち、特に中高年の人たちとは、「これ帰りシンドイね」と言葉を交わしたりして。
階段を降り切ったところに小さな茶屋と、鱒釣り入漁施設がある。その脇を抜けると滝にご対面だ。


滝つぼから流れる渓谷沿いにはわさび田が広がっている。これがまた美しい。

上の土産物屋ではわさびが売っているし、食堂ではわさび丼も食べられるらしい。今回は夕方近い時間だったので、土産物屋はパス。というか滝を見て上がってきた頃には、お店は全部閉まっていた。
時間は5時過ぎ。宿の夕食は6時からなのだが、ナビの到着時間は6時10分頃とか。車を走らせて、月ヶ瀬ICから伊豆縦貫道を行き、大仁中央ICから伊東大仁線に入り亀石峠を越えて宇佐美で出てから伊東に戻る。宿に着いたのは6時5分くらいだっただろうか。