2月の日誌的②

2月10日(月)

 箱根・伊豆旅行の初日。

 今回は保養所の抽選が外れ、たまたま空いていた11日の建国記念日に伊東とその前日に箱根に宿をとった。

 家を朝9時くらいに出て、圏央道から東名、小田原厚木道路と乗り継いでその日の目的地のポーラ美術館に。企画展は「カラーズー色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」。その感想はそのうちに。

 

 ポーラは最近力を入れている現代アート系の企画展。お洒落な抽象画など現代アートは若者に人気があるのかもしれない。箱根でお洒落アートしてきました的な。

 そういえば子どもが学生の頃に、友だちがアートしたいっていってるけど、どこがいいと聞いてきたことがあった。東近美か東京都現代美術館あたりを紹介したけど、たぶんあっていたんじゃないかと思ったり。

2月11日(火)

 旅行2日目、そして箱根から伊東への移動日。宿を後にして向かったのは幕山公園の湯河原梅園。ここは3年前に一度家族三人で来たことがある。そのときはほぼ満開状態だったが、今回はまだほとんどの木がつぼみ状態で一部も咲いていない感じだった。係りの人の話ではここのところずっと寒かったので開花が遅れているという。

 妻に言わせると、先日行った浜離宮の梅の方が咲いているとのこと。都内より湯河原は南で温暖地のはずなんだが。

 

 

 その後はまあいつものようにというか、熱海のMOA美術館に移動。展覧会は名品選展で、一応目玉は光琳の《紅白梅図屏風》。自分的には《洋人奏楽図屏風》を見ることができたのが嬉しかった。これは美術史の教科書などで図版を見たことあった。16世紀後半の南蛮美術で、宣教師が設立したキリスト教布教のための教育機関で学んだ日本人絵師が、胡桃油や荏油などを定着財として描いた油絵。おそらく西洋の中世銅版画などを見せられて描いたものとされているらしい。

 一部立体的な遠近法も取り入れられているけど、見たこともない動物たち描いた部分ではおかしなことになっていたりもする。

 

 

 これは羊か、あるいはネズミかアルマジロか。

2月12日(水)

 旅行最終日。河津桜が少しずつ咲き始めているというネット情報をもとに河津に行ってみることに。でもこのネット情報はどうもガセというか、盛りに持ったものだったみたいで、駐車場に車を入れると駐車場の係りおじさんは一言「全然咲いてませんよ」と。しかも駐車場料金を徴収してから。

 妻がトイレに行っている間に、別のスタッフジャンパーを着たオバサンが、なんか河津さくらまつり延長するようだけど、それはそれで人件費もかかるからいろいろねと。基本駐車場の係りの人やこのオバサンもみんなシルバー人材の人らしいのだが、ずいぶんと経営的立場からのお話に妙に納得してしまった。

 それでもほぼつぼみ状態の土手沿いの桜並木道をのんびりと歩いた。陽気も暖かく散歩するにはちょうどいい感じではある。これで桜が咲いていれば。それでも少しだけ頑張って咲いているのを見つけると、健気だなと思ったり。

 ウィークデイなので、自分らのような高齢者の夫婦連れや外国からの観光客の人など。せっかく海外から来て、それもガイドやサイトとかを見て楽しみに来て、一部咲きもないのはちょっと残念だろうなとみょうに同情してしまった。

 

 

 

 

 次に向かったのは定期的に源泉が噴き出すという大噴湯公園。入場料は無料で、園内でしばし待っているとど12時半ぴったりにお湯が噴き出してきた。これはこれでまあまあ見ごたえがあった。

 

 

 

 

 

 大噴湯公園を出てしばらく歩いていると、若い女の子二人に呼び止められる。どうも中国系の娘さんらしく、ジェスチャーとかでどうも自分のリュックのファスナーが開いていることを教えてくれているようだ。彼女たちが「パックリ」とか「オープン」とか一生懸命言ってくれているのがちょっと微笑ましかった。

 こちらも慌ててファスナーを閉めて「サンキュー」と言うと、笑って遠ざかって行った。オーバーツーリズムで、中国系外国人観光客に対して否定的な言説がよく聞かれるけれど、たいていの人たちはわざわざ日本まで観光に来るのだから、そこそこに経済的に余裕もあり、教育もきちんと受けている人が多い。だいたいはいい人たちだと思ったりもする。

 その後はまた河津川沿いの遊歩道を散歩。河津町役場のあたりまで行って右折。駐車場に戻る途中で河津桜の原木というのを見つける。

 

 そこにはこんな解説が。

河津桜原木物語
昭和三十年頃の二月のある日 この家の主人であった飯田勝美氏が、河津川沿いの冬枯れの雑草での中で芽吹いていた約一メートル位に育った桜の若木を個然見つけて庭先に植えたのが始まりでした。
約十年後の昭和四十一年一月下旬 やっと花が咲き始めました。同年四月 主の勝美氏は花が咲くのを見届け永眠しました。
その後きれいに咲く桜を見て譲ってほしいという話もありましたが、思い出の桜のため手放さなかったそうです。
当時、この家の屋号からこの桜は「小峰桜」と呼ばれ親しまれていました。
その後の調査で新種の桜とわかり、昭和四十九年には河津で生まれた桜であることから「河津桜」と命名され昭和五十年四月に河津町の木に指定されました。
(飯田ひでさん談)

 この原木から挿し木で苗を作り、それが河津川沿いの桜並木となり、全国に広まったというのはちょっとした感動ものかもしれない。これでこの原木や、桜並木が満開だったらもっとよかったのだけれど。

 この原木は道路沿いにあるのだけど、その前にいるとひっきりなしに車や観光バスがやってきて、この原木の前でスピードを落としている。一応観光コースの一つになっているみたいだった。

 

 次は、駐車場のスタッフのオバサンが時間があったら行くといいと教えてくれた来宮神社へ。ここには樹齢約一千年というクスの木があると。行ってみると、まあ田舎のどこにでもありそうな神社。畑の中にそこだけ木が生い茂っている一角があり、そこに神社の社があり、その裏に大きなクスの木がある。

 ここはあまり観光客も訪れないようで閑散としている。でも川沿いの屋台がところどころにあるような観光化しているところとはまったく違う雰囲気で、それはそれでなかなか良かったような。

 

 

 

 時間も2時を少し回ったくらいで、さすがにお腹が空いたなと感じ、どこで食べるかということになる。屋台でそばとかそういうのもちょっとと思い、ネットで探すとなんかレコードが沢山あるというカフェを見つけたので行ってみることに。

 Cafe & Records Delmonico'sというお店。

 

 

 中に入るとテーブルが三つくらいで狭い。そして壁面にはレコードがド~ンとこkんな感じ。

 

 入って席に着くといきなりスティーリー・ダンがかかり、次には懐かしいニック・デ・カルロが。

 

 

 さらにヤング・ブラッドがかったりと60~70年代のロックやポップスなど、個人的にはド・ストライクなところを攻めてくる。

 食べるほうはというと、妻がポークソテー、自分はスペア・リブとひよこ豆の煮込み。いずれもワンプレートでなかなか美味しかった。

 

 

 あとで調べると、オーナーは以前下北沢でバーをやっていて、そのお店には芸人で芥川賞作家の又吉直樹も常連だったとか。このお店は2019年開店だということだから、開店早々コロナでけっこう苦労したんだろうなと想像してしまった。

 かかる音楽、食べ物も美味ということで、機会があればまた来たいと思ったけれど、伊豆には年に2~3度は来るとしても、下田や河津に来るとなるといったい次はあるのかどうか。

 

 ほぼ一日、河津を歩き回り帰路についた。帰りは伊豆縦貫道から東名に。足柄SAで少し休んでから、東名、圏央道を通って帰った。

 

2月13日(木)

 強風の吹く寒い一日。

 錦糸町すみだトリフォニーホールでサマラ・ジョイのライブを聴いた。

 2時に友人と待ち合わせということで昼過ぎに家を出る。駅に着くと東武東上線は森林公園で人身事故のため遅れているという。ネットで調べるとJRや他の私鉄が軒並み強風の影響で遅れるのに、東上線だけが人身事故というのが微妙。

 池袋からは丸ノ内線お茶の水へ。そこからJRの駅に歩いていき総武線に乗るつもりでいると、中央線は来るのだが総武線はなかなかこない。ようやく来ると時間調整のためお茶の水で運航停止に。

 秋葉原錦糸町には、中央線で神田に出て京浜東北に乗れとアナウンスがある。案内のとおりにして秋葉原に着いてしばらく待つとようやく総武線が来たのだが、ひょっとしてこの電車ってお茶の水で運行停止になったやつだったのではと少しだけ思ったりした。

 結局、錦糸町に着いたのは友人と待ち合わせの約束時間から35分遅れ。その後はライブの前まで駅近くの居酒屋で友人と酒を飲む。

 サマラ・ジョイは一度も聴いたことがない。まだ26歳でグラミー賞のジャズ・ヴォーカル部門を2年続けて受賞する逸材。エラ・フィッツジェラルドとサラ・ボーンを掛け合わせたみたいに形容されることもあるとか。

 実際、聴いているとまさにそのヴォーカルは本物。そしてやや軽みのあるその声はまさにエラそのものみたい。バックはピアノ、ベース、ドラムのリズム隊に、アルトサックス、テナーサックス、トランペット、トロンボーンのセプテット。4管にさらにサマラ・ジョイの声が加わるハーモニーが心地よい。

 バックの雰囲気はちょっとウエスト・コースト・ジャズ、あるいはクールジャズ的な感じがする。それをバックにしたサマラ・ジョイの歌はあまり黒っぽくない。全体としてとにかく軽やかというか、軽みがある。このへんはまさしくエラ・フィッツジェラルド的。

 後半にビリー・ホリディの『レフト・アローン』なんかもやったのだけど、あの黒くて暗くて重い感じはあまりなかった。あの曲はある意味、マル・ウォルドロンのピアノが黒さ、暗さ、重さを規定していたのかもしれないと、また適当なことを思っている。

 ライブは1時間45分、アンコールも二度あるなどサービス精神も旺盛で、なかなか良きコンサートだった。サマラ・ジョイはきっともっとビッグネームになるだろうから、初来日のライブに行ったというのは何十年もしたら自慢できることかもしれない。もっとも年寄りの自分にはそのなん十年がもうないのだけど。

 

2月14日(金)

 一日、自室で日本庭園についていくつかの文献からメモとり。

 夕方、友人と酒を飲むため外出。

 なんとなく以前よりも酒量が落ちたような気がする。まあ年齢を考えれば当たり前か。同い年の友人は途中からノンアルにしてた。きけば翌日も仕事とか。そういうものだ。

2月15日(土)

 午前中にアンテナの点検。去年1月に設置したアンテナの無料点検とのこと。どうもブースターにトラブルがあるようだとか。うちに設置したものには問題はなさそうだという。

 午後は妻のリクエストで浅羽野のビオトープへ。雨が少ないので高麗川はいよいよ干上がっていて、小さな池がポツンポツンとあるような感じだ。

 

 その後はスーパーで特売のゴールドブレンド398円を2本購入。